24. 新章というか終章だよね


 






 昔の忍者ってのは商品の流れ、つまりは物流ってので戦の準備をしているかしていないのかを判断したらしい。武器や食料を戦の前には蓄えるのだとか。


 そして、美姫の城も、水羊羹の城も、戦の準備を始めていた。


「おい。ハゲ。戦の準備をしてるらしいじゃねえか」


 そこまで豪華とは言わないものの、手入れがしっかりとされた天守閣? みたいなところ、城の頂上の部屋で俺と美姫、そして立花は美姫の父親たる城主と会っていた。


「それが娘を貰いに来たヤツの言うセリフか」


 別に貰いに来たわけではない。というか、話の矛先を変えようとしているな、コイツは。


「じゃあ、貰ってもいいのか?」


 ハゲは目を丸くする。


「ちょっと、フランちゃん!? 何を言ってるんですか!?」


「何故お前が動揺している。美姫」


「いやっ!? 私、当事者ですよね!? 父上は私以外に娘を作っていたんですか!?」


「さ、さて。なんのことかな」


「ちょっと!? なんですか、さっきの間は!」


 なんというか、少しは仲良くなったのか。離れ離れになるとお互いのなんとかがなんとやらということか。


「まあ、ともかくだ。ハゲ。この鬼とお前を切り刻めばいいのだな」


「おい、待て。刀を抜くな」


 立花の満面のスマイル。初めてこんな笑顔見たぜ。日本刀とハッピーセットじゃなけりゃテイクオフだったのにな。


「で、だ。ハゲ。お前も俺たちが真面目な話をしに来たんだとわかっているだろう?」


「娘はやらん」


「そうだな。そうとも取れない発言だったな。それはそうと堂々巡りだからそろそろやめないと立花が調理するぞ」


「立花、お料理できないよ」


「姫様。当然のように暴露するのはおやめください」


「人肉だけは得意だろ」


「やめろ。わたしのキャラが崩壊する」


「崩壊してんだよ、バカ野郎」


「真面目な話をしに来たんじゃなかったのか」


「黙れ、ハゲ」


「うるさい、ハゲ」


「鬘を送りますか? 父上」


「お前らさっきからハゲを無視してたらハゲハゲ言いやがって! 本気で悩んでる読者がいたらどうするんだ!」


「お前の下の毛を――」


 きらり、一番星。もとい、日本刀の煌めき。


「真面目な話だ、ハゲ。どうやら戦争の準備をしているみたいじゃねえか、ハゲ」


「ハゲ言いたいだけじゃなかろうな」


「なんだ? もっと醜い声で鳴いて見ろよ、ハゲ」


「美姫。文字だけだからって俺を装って変なこと言うなよ」


「ほら。こうやって嬲られるのがいいんだろう? ハゲ」


「鬼。貴様、姫様に何ということを教えているんだ――」


「話が先に進まねえだろ!」


 いつものことなんだがな。


「明日の夜明けとともに戦を開始する」


「随分と急な話じゃねえか」


 なるべく動揺を悟られないように話す。情報よりも随分と早い。準備不足で戦に臨むのか、それとも、腕だけは一流のツキカゲに悟られずに物事を運んでいたのか――


 恐らくは両者だ。


「平野を戦場にするのかよ。復興には長くかかるだろ」


「そうじゃのう。でも、そう悠長なことも言ってられん。だんだんと時代の流れが変わってきておる。今までは均衡を保っておった勢力が崩れ始め、戦はさらに混沌を極め始めた」


「ここではリントの言葉で話せ」


「生き抜くためにはより強い国にならねばなぬ」


「それだったら、向かいの国の人と一つの国になれば――」


「それが例え張り子の虎であっても、本物のネズミと張り子の虎。どちらが脅威に思える」


「つまりは、合併なんてしたら舐められちまうから、中身がボロボロでも外面だけは取り繕いたいってことだな」


 俺は鼻で笑う。


「そんなことしても、すぐバレちまうぞ」


「戦乱の世の掟に逆らうものは嫌でも目立つ。先に攻め入られる。しかし、周りもまた、自身らの周囲の対処でいっぱいいっぱい」


「時間稼ぎにはなると」


 俺とハゲは穴が開くほど睨みあっている。美姫と立花がどんな顔をしているのか分からない。決してお互いに弱みを見せないようにと気持ちを張り詰めて。一瞬でも隙を見せたら潰されると分かっているから。そして、これが今の時代の全てなのだ。


「そのために大いなる犠牲を払うんだな。そして、その覚悟があると」


 ハゲは城主として大きく頷いた。嫌いな顔だ。決意の顔。誰かのために自分を殺すことを決めた顔。


「お前の城主としての覚悟は分かった。じゃあ、美姫の父親としての、ただのハゲとしての気持ちはどうなんだ」


 ハゲの瞼がひくひくと動く。


「嫌だ。誰かが傷付くのも。誰かを傷付けるのも。本当は嫌なんだ。でも、皆死んでしまうよりかは誰かを生かすために戦うほかない。自分の娘すら犠牲にしてでも、民を守る責任がわしにはある」


 大人ってのは本当に強くて弱い。泣きたいときに泣けなくて、泣き言すら言うことが許されなくて。そして、それを子どもにすら強要させるんだ。この世界は。


 こんな世界、いっそ無くなってしまえばいい。


 俺はこの時本気でそう思ってしまった。




 自分の親父を説得に行った水羊羹とツキカゲのチームも同じ様な感じだった。むしろ、相手が話を一向に聞かない分、より質が悪そうだった。


 自分の父親はこんなヤツじゃないとまで水羊羹は言い出す始末で、つい笑ってしまう。笑ってはいけないのかもしれないが、どうしようもない時は笑うほかないんだ。


 だって、俺たちはもう、いつの間にか、誰かを傷付けるのが怖くなっちまったんだ。


 笑顔が大切だからこそ、その笑顔を壊すことができない。


「全く、どうしようもねえよなあ。ったく」


 綺麗な星が瞬いていた。500年後と今とでは少しは星が違うらしい。でも、宇宙からすれば秒単位の出来事なんだ。人間が生まれて絶滅するくらいなんて。


「なあ、美姫」


「どうしたの? フランちゃん」


 俺たちはずっと星を見ていた。希望を見つめ続けていた。手が届かないのは分かっている。手が届かないからこそ希望なんだって。分かっている。


「俺、世界を壊してしまいたいって気持ち、分かっちまった。こんなどうしようもない世界ならいっそ消してしまいたいって。そう思っちまった」


「そうなんだ」


 美姫は世間話をするかのように気にせず相槌を打つ。この時ばかりはそんな態度がうれしかった。


「俺は世界を壊したいと願った少女を知っている。そして、その少女は実際に世界を破壊してしまった。その時の俺には何も理解できなかったんだ。人間の心も、考えも。そして今だって、それほど分かっているわけじゃない」


 世界を壊した少女は星を見ていたのだろうか。希望の星に届かないことに絶望して、世界を壊すことを願ったのだろうか。


「その子は、本当に世界を壊したいと願ったのかな」


 そんなこと、分かりはしない。


「きっとその子はとても辛かったと思うよ。だって、自分以外の全てを壊すのはきっと、とっても辛いことだと思うから」


 分からない。


 でも、俺はもう、世界を壊すことなんてできそうにない。これが人間の心なのだろうか。


 ボクには分からない――


 でも、ボクは知った。


 多くのことをこの時代で知った。


 星を掴むことなんてできるはずがない。


 でも、掴もうとすらしないのは違う気がする。


「絶望するのはまだまだ早いってか。まあ、俺たちはまだまだ、まだまだ未熟で。だから、もっともっと失敗しなくちゃいけない。きっと、多分、そうなんだろうな」


「自分で答えを出したら、私のいる意味ないよ」


 少し怒ったように美姫は言った。


「いいや。誰にだって、俺にだって、意味はあるんだ。俺がこの時代のこの世界に来た意味が」


 生まれ育った遠い星空へ。


 俺はまだ答えなんて出せはしません。


 そしてきっと答えは永遠に出せないのだろうと思います。


 でも、一つだけ言えることがあります。


 それは、まだ諦めるには早いんだと。


 人間は俺たちの想像を超えた奇跡を起こすのだと。




 そして。


 俺の存在に引きつけられるように、生まれ出でた災禍は産声代わりに叫び声を上げた。




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