【短編】南国の器【小説】

秋風ススキ

本文

 南の国にやって来た。小さな島国にやって来た。島国とは言っても大陸の近くに位置する、群島の中の1つの島である。世界には大陸まるごと1つが1つの国家のようになっている国もあれば、たいして大きくない島がさらに複数の国に分割されている場所もあるから、興味深い。小さいとはいえ1つの島で1つの国というのは、境界の引き方としてわかりやすいと言える。

 わたしは大学時代、地理学を専攻し、それから学内新聞を作るサークルに入っていた。そのサークルの出身者にはメディアやジャーナリストの世界で働いている人が多い。だからそういう業界へのコネクションを得る機会の多いサークルである。わたしもうまいこと人脈のおこぼれにあずかることができた。大手新聞社の記者やテレビ局のスタッフというわけにはいかなかったが、報道に関わる会社に入ることになった。

 戦場ジャーナリストや戦場カメラマンというほどではないが、海外の治安の悪い地域やハードな問題に直面している地域に取材しに行くことの多い仕事である。

 今回の、小さな南の島国への旅行はプライベートであった。


 重工業やハイテク産業は存在しないし、古代や近代の巨大建築物も存在しない。それでも治安は良く、景気もけっこう良い。住民の多くは農業や漁業を本業としている。暖かくてのんびりとしている土地ということで、けっこう昔から、知る人ぞ知る観光地というか、休暇で訪れる人はいたそうだ。

 10年ぐらい前からは観光客の数がさらに増えている。観光地としての大規模開発は行われておらず、宿泊施設もその国に昔からあるような建物と、外観が似せられている。

 観光客がささやかに増えた理由を、旅行への出発前に情報としてわたしは知っていた。プライベートの旅行ではあったが、その情報が正しいかどうかを確かめることも、旅行の目的であった。


 民家が集まっている場所からも、観光客向けの宿泊施設がある場所からも、少し離れた場所。やや凸凹とした地形の場所。島の大半は緑豊かであるが、その場所は緑が少なめであり、茶色や黄土色の地面が露出している。

 遺跡や化石の発掘現場を思わせる外観。実際そういう場所なのであった。

「お客さん。日本の方でしょう? 掘ってみられますか?」

 現地の人が英語で話しかけてきた。アロハシャツのような服装の、中年男性であった。

「いえ。掘るのはけっこうです。出土した器を見てみたいと思って来たのですが」

「それなら、あっちが良いですよ」

 小さな博物館のような施設に連れて行かれた。そこはコンクリート製のモダンな外観の建物であり、その国の中において少し異質であった。

 中に展示されているのは土器であった。陶器のようなものも存在する。磁器はないようであった。

 アロハシャツの男性が、その施設の学芸員、あるいは案内係と思われる女性に、わたしを取り次いでくれた。そしてその女性が館内を案内してくれた。アロハシャツの男性よりも流暢な英語であった。

「これが10年くらい前から出土し始めたという器なのですね」

「そうです」

「どれも素朴ですけど芸術的ですね。わたしの国にも縄文式土器というものがあるのですけど、それと少し似ています」

「縄文土器はわたしも存じ上げておりますわ。但し、ここの土器や陶器が作られたのは、今から500年ほど前ですので。縄文土器に比べればずっと現代に近い時代のものですね」


 1時間ほど見た後でその施設を後にした。わたしは海岸を散歩した。それからいったん宿泊施設に戻ってシャワーを浴びた後、酒を飲みに出かけた。その国のことをよく知るには、お酒の飲める店や賑やかな食事の店に行ってみることが有効である。

 お客が観光客と地元の人と半々くらいの店に入る。地元の酒を注文しようと思ったが、国内での酒の製造はせいぜい個人レベルであり、こういう店で出すような酒は近隣の国やもっと遠い欧米から輸入した製品であると、ウェイターの人から説明された。そこで、近隣の国から輸入されたという酒を注文した。それから地元の料理を。

 席について注文の品が届けられるのを待っていると、声をかけられた。先ほどのアロハシャツの男性とスタッフの女性であった。

「わたしたち仕事の後の一杯なのです」

 わたしは一緒のテーブルにつくよう勧めた。向こうはもとよりそのつもりであるらしかった。

「このあたりも20年ほど前には、少し停滞していた。つまりわたしが少年だったころだけど、よその国に出稼ぎに行ったほうがよいのではと思っていた」

 酒が進んだところでアロハシャツの男性が語り始めた。酒が入ると英語が引っ込み、現地語の割合が増えた。それで女性が通訳してくれた。

「今ではこうして賑わいを取り戻している。女神さまのおかげだ」

「女神さま?」

「ああ、うん」

 男性は口を動かさなくなり、そのまま半分眠りの世界に行ってしまった。

 店の経営者の人がやって来て、この人はいつもこうなのですと言った。わたしが責任を持ってこの人の家まで届けますとも言った。


 わたしは土器の展示施設で働いていた女性と一緒に、夜の砂浜を歩いていた。星々が目に美しく、波の音が耳に美しかった。

「さっきあの人が言っていた女神さまというのは何ですか?」

「器を作った人よ。昼間にあなたが見た器を」

「1人で作ったのですか?」

「ええ。この島では伝統的に、木や葉っぱで作った器を使うの。食事にも貯蔵にも。でも500年前、その女神さまが。本名は伝わっていないわ。もとから予知能力や人に的確な助言を与える能力があるとして、みんなから信頼されていたのだけど。ある日を境に、せっせと器を作り始めたの?」

「何のためにですか? 儀式のためですか?」

「それが謎ということで、偉い学者の人や若い研究者の人もよくこの島に来るのよ。そこから広まった情報を知って、器を見に来る観光客の人も多いわね」

 わたしも目的の1つはその器なのであった。

「出土し始めたのはおよそ10年前ですよね。それまでは誰も掘り返さなかったのですか? それにしては伝承がしっかり残っていますね」

「あなた、職業的な記者さんか何かみたいね。まあ、いいわ。言い伝えとして残っていたのよ。その女神さま自身が言い残した言葉を含めて」

「はい」

「この島が、大きな戦とか天変地異とか、そういう危機に直面した場合は無理だけど、ちょっと賑わいを失う時が来たら、その器を掘り返せば救われると言い伝えられていたのよ。場所も伝えられていたわ。できれば、その土地を休暇で訪れる人の数がそのまま、その土地の豊かさにつながるような時代まで待て、ともね。そういう時代が来ているとは、これまでの数百年間の人は思わなかったから、掘り返さなかったの」

「なるほど」

「それで10年前。今こそその時だと決意したというか、なんとなく流れで掘り返す作業が始まったのよ。そして観光は賑わいを取り戻したの」

 星々と月の光が彼女の顔を上品に照らしていた。その顔は人間が知的な喜びを得ている時によく顔に浮かぶタイプの、笑みを浮かべていた。

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