第122話 大空を征く
その知らせが入ったのは早朝だった。時計がないから何時かはわからないけど、大体の感覚で言うなら四時か五時。そんな朝早くからたたき起こされるように報告を受けた私は飛び起きるしかなかった。
「飛行時間は?」
「燃料の関係もあり、十五分程の飛行を行い、着地したとの事です。また蒸気エンジンに異音があったということで」
「重点的に調べて。万が一のミスも許されないわよ」
部下たちの矢継ぎ早の報告を受けながら、私は小さく深呼吸をする。
飛行船の飛行テストが完了したとの知らせをうけた。上昇テストは何度か行っていたけど、実際に空中を進むというのは慎重にならざるを得ない。
なんせ、風任せな気球とは違い、実際に動力を積んでそれを稼働させるわけなのだから、しつこいぐらいの重量テストを行い、基礎構造の強化を図ってきた。
「一度目は蒸気機関が重すぎて崩れる。二度目はそもそも飛べない。三度目は引火事故……」
蒸気飛行船のテストは陸上、海上のそれとは違い困難をきわめた。
私が直接携わる以外にも何度かテストを行うけど、完全に満足のいくものは少なかった。当たり前だけど、飛行船なんて技術は中世、近世から考えれば超未来の技術として受け取ってもいいぐらいには高い。
それを、無理やりにでも実現させようと言うのだから多少の問題は起こる。
何よりまともな計器もなかったのだ。これからそれを作ろうというのだし、多くの作業は感覚によるものとなった。
もちろん、これをもとにして計器なども作成していくのだけど。
「だけど、今回は成功と言ってもいいわよ。大きな進歩よ」
ついにこの時が来たと。そのための準備はしてきた。
飛行船の航行テストが成功した。この技術と経験、そしてデータを吟味して、洗練してさらに精度を高めていけば飛行船はこの世界を自在に飛び回れるようになるはずなのだ。
「とはいえ、異常な発達速度よね、これ」
私が技術革新を施したのは事実。
それをものにして、形にできる天才がいたというのも事実。
それであって、この発達速度は凄まじい。だけど、それは私にとっては嬉しい誤算である。
まるで、世界そのものが発展を望んでいるかのようだし、なんだかそれはそれで意図的なものを感じなくはないけど、まぁいいわ。
「全員聞きなさい。飛行船の航行テストが成功したと言ってもこれは始まりに過ぎないわ。至急、データをまとめて。不具合の調整も始めるわよ。休みは返上と思いなさい。だけど、これが成功すれば、諸君らには満足のいく休暇を約束するわ!」
あと一歩。超えるべき壁を越えてしまえば、この苦労も終わる。
完全なる航空戦力の充実は、おそらくどの国もまだのはず。これを先んじて充実できる我が国はまさしく最強の国家となる。
だらこそ、完成度を高めたい。
「ここまでやって、勝てなきゃ嘘よね」
サルバトーレには空軍を用意させた。
ダウ・ルーにおける鉄鋼戦艦は最大で三隻を用意した。たった三隻とは言え、従来の戦艦の比にならない堅牢な装甲と蒸気機関による速力はそれだけで武器だ。
懸念があるとすれば結局、大砲の火力増強を望めなかった事だけど、木造戦艦が相手ならそれでも十分だ。
もちろん、相手側にも鉄鋼戦艦が現れるという危機感は持つべきだけど、たぶん、そこは大丈夫。
連中には蒸気機関の技術はないはず。あの技術は、まだ海を越えて伝えてはいない。国内、大陸内のスパイも懸念してまだ国外にもグレードダウンしたものしか教えていない。
少なくとも国家の重要機密となる大型の戦艦動力としての蒸気機関はまだ作れないはず。
そして何より、今回投入する虎の子の新兵器。気球以上に、船のように移動可能な飛行船は多少の不安要素は残しつつも、飛行を成功させ、上昇も規定値に達することが出来た。
報告によれば、当初予定していた飛行速度が得ることはできなかったけど、それは良い。とにかく、遅くとも空を行き、自在に進むことが出来るという点だけは何ものにも代えられない要素となる。
「行きなさい、この世界で初めて空を進むもの……飛びなさい、あれこそは希望……」
社長室の窓から私は外を眺める。気球が見えた。観測用の気球だ。それらはいつしか飛行船に変わるだろう。そして……いずれは複葉機になるだろう。
「準備が済み次第、王都まで飛行させる。これは失敗が許されない。成功させる。そして今度はダウ・ルーにとばす。戦闘行動時間のテストの代わりをさせなきゃ」
その雄姿を見せつけ、士気を高める。もし、これで途中で墜落することがあればそれこそおしまいだけど、たぶん、大丈夫。
そう、もう私にできることはない。少なくとも、今この場において私はやるべきことをやった。
不安も残る。完璧とは言えない。だけど、本番はいつもそんなものだ。
「さぁ、始めましょうか。戦争の時間よ」
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