第70話 毒の鉱石
ひとまずの落ち着きを取り戻したラウは、「申し訳ありません」と言って、恥ずかしそうに顔をうつむける。落ち着いたと言っても、即座に明るい笑顔というのは無理なようだ。
そもそも、少し頬がこけている。肌の色も、髪の艶もよくない。素人目から見ても、若干の栄養失調を疑うレベルだ。
ある意味、その華奢な体のおかげで女装を疑われなかったのかもしれない。
目立つ灰色の髪も、どうやらハイカルンではそう珍しい色ではないらしく、結構な割合でハイカルンには灰色の髪を持った人たちがいるのだとか?
「騒がしく、取り乱してしまいました……どうか、お許しを」
「そういわないで、ラウ王子。あなたは、王子とは言え、まだ幼い子供じゃないですか。悲しいなら、悲しいと、涙を流しても誰も咎めませんわ」
見たところ、十歳ぐらいの顔立ちだろうか。それにしてはずいぶんとしっかりしているのだが。
王家ということもあって、教育は行き届いているのだろう。
「いえ、そうも、言っていられません。私は、王子ですから。男なのです」
ラウはちらっと私を見てから、まるで自分に言い聞かせるように答えた。
強がりだろうか、そうは言っても、彼の手はまだ震えている。抑えられない感情があるのだろう。それを我慢する子供を見るのは辛いものね。
「あの、ところで、ネリーの方は……」
「あの侍女のこと?」
ラウをここまで連れてきて、倒れた女性。彼女はネリーというらしい。
「今、治療を受けているはずよ。どうなっているかはわからないけど」
いずれ元気になる。なんて保障のできないことは言えないわ。
あの女性、はっきりといって、驚くほど軽くて、吐血までしていた。内臓へのダメージがあるのだろうか。疲労や飢餓だけでそうなるだろうか。もしくは、そんな状態でなお、体を酷使し続けたのか。
今はまだ、何もわからない。
「ぜひ、助けてあげて欲しい……ネリーは、私を今日まで逃がしてくれた若いメイドなのです……一年もの間、彼女は、私に尽くしてくれたのです……ですから、お願いいたします……彼女を、どうか……」
本当に、しっかりしている子供だわ。でもそれは無理やり、正しい姿を演じているようで、かわいそうにすら見えてくる。
彼はそうでもしないと、自分を保てないのかもしれない。支えの一つなんだろう。
そんな風にかしこまるラウに対して、ゴドワンは膝をつき、首を垂れる。相手が、仮に敵国の王子であっても、このように礼儀を尽くすのはある種のマナーなのであった。
「王子、こちらも全力を尽くす所存です。ですので、今しばらくをお待ちを。我々は医者ではありません。それに、こちらから出向いても、医者の邪魔になるだけでしょう」
ゴドワンも、必ず助けるというニュアンスの言葉は使わなかった。
彼とて、難しいということはわかっているのだろう。
「ですので、王子。再び、無礼を承知でお伺いします。一体、ハイカルンで何が起こったのです。我々も調査を続けていますが、あまりにも不可解な点が多すぎる」
ゴドワンとしても、現状を知りたいという思いがある。それは私もアベルも同じだが、それを今、問いただすというのも気が引ける。
しかし、ゴドワンはある意味では容赦がなかった。
「軍のクーデターにより王家は消滅。そもそも、一体全体、何がどう起こったというのですか。少なくともわしが聞いたことのあるハイカルンは圧政などを敷くような国ではないはずだった。交易はなくとも、話ぐらいは耳にはいるというものです」
ゴドワン自身も、酷なことを聞いている自覚はあるようだ。表情ににじみ出ている。
ラウはしばらくは押し黙っていたが、やがてぽつりぽつりと語りだす。
「ハイカルンは決して豊かな土地がある国はありません。さりとて、軍事力も……そんな折、軍の方から、領土拡大に関しての提案がなされたのです」
「それが……戦争ですか?」
ラウがこくりと頷く。
「父上たちはそれに反対していました。国力がないからです。第一、そのようなことをすれば国際的な信用を失うことは目に見えていました。ですが……将軍たちは、一体どのように武器を揃えたのか、王城を包囲してみせたのです。国民の不満もあり、それを煽り、何もしない王家よりも軍部の方が頼りになるという空気も蔓延していました」
「うぅん、クーデターの展開としちゃ、おかしくはないが……それでもちょいと無理がないか?」
話の途中であったけど、アベルが質問をする。
確かに、話が唐突な気がする。それに、そんな大事がなぜよそに漏れなかったんだろう。って、そうか、鎖国しているってコスタが言っていたわね。
「別に、支援を求めりゃいいだろう? 金はかかるだろうが、それでも不可能じゃない。それに、騎士たちに聞いた話じゃ、ハイカルンの荒廃具合はここ数週間でできるものじゃねぇぐらいだったと聞く。病人だらけで、何人かは釣られるように倒れたって言うぜ」
「ちょっと待って、それ、報告に聞いてないわよ」
「ショックのあまり……ってな具合で処理されていた。実際、倒れたのも数人で、今は元気だからな。ただ、一応、薬と治療を受けてはいた。戦場じゃたまにあることだと聞いている」
そりゃ、そうかもしれないけど!
結構重要なことじゃない!
「毒物でも撒かれてたらどうするのよ!」
「わかってる。それに関してはベルケイドの旦那も文句を言っていた。ただ、現場の混乱だ、それ以上とやかくはあの人も言えんだろうさ……それに、毒と言っても、それらしいものは発見されなかったっていうぜ?」
「無味無臭の毒でもあったらどうするのよ!」
「俺に文句をいうなよ! だ、第一、王子、そっちはどうなんだ。あんたの国の事だろ!?」
「こら、アベル! 王子に無茶を!」
そりゃ私も聞きたいけども!
「わ、わからない……突然だったんです。国民が、病で倒れて……父上と母上も、それで……」
「の、呪いでもかけられたの?」
「わからない……わからないんだ。ハイカルンでは銀の食器が人気だった。それが流行りだしてから、病に倒れるものが増えていった。どこからか、宝石の贈り物も来た。それを身に着けた母上は、美しかった母上は……」
再び、体が震えだすラウ。いや、これは、ちょっと異常だ。
トラウマを刺激している。
「落ち着いて、大丈夫です。落ち着いて、ね? それ以上は話さなくてもいいわ。ごめんなさい、辛いことを思い出させているかもしれないわね。ごめんね」
私はそういいながら、彼の首にかかっていたアンチマジックのアイテムを取り外し、アベルとゴドワンにうなずいた。
二人とも、こちらの意図を読み取って、眠りの魔法を施す。すぐさま、ラウは深い眠りに落ちていく。これで、体が休まるといいけど……。
「はぁ……なんだか、厄介なことになったわね……それにしても」
私は、腕の中で眠るラウを見つめながら、ふと彼の語った言葉に引っかかりを感じていた。
それは、彼が意識して語った言葉じゃないと思う。とにかく、おこった事実を思いつく限り並べてみただけだろう。
「あら?」
手にしたペンダントを見て、私はそれが開くことに気がついた。確か、こういうのをロケットっていうんだっけ?
悪いとは思いつつもそれを開く。するとその中には奇妙なものがあった。
「銀……?」
そう見えるものがそこにはある。でも、なぜか砕けている。確かに銀も砕けることはある。でも一番おかしいのはその形。まるで刃物のようにエッジの効いた塊だった。
「っ!」
その瞬間。私はロケットを閉じて、思わず投げ捨てた。
「おいイスズ!」
アベルがそれを拾おうとした。
「触るな!」
私は自分でも驚く声をだしていた。
「まさか、そんなことって……これ、毒よ……」
ラウの語ったことは脈絡がなく、混乱から出たもの。
でも、その中に、わずかな真実が含まれていると私は感じた。
それは、血を吐いて倒れた従者にも同じことがいえる。
「ねぇ……ハイカルンへいけない? 一応、サルバトーレの軍で占拠しているのよね?」
「あ、あぁ? でも急にどうした」
「いえね、私の考えすぎって話なら、それでいいの。でも、こんな短時間で、ハイカルンが荒廃する理由。しかも病? 一国が滅びる寸前の病があって、なんで軍隊だけ元気なのよ。いえ、元気だったのは上層部だけかしら?」
「何が言いたい、イスズ」
ゴドワンとしてはさっさと真相を語れと言いたい感じかしら。
でも、私だってこれは仮説でしかない。若干の荒唐無稽も入る。
なぜなら……
「スティブナイト……」
「うん?」
「鉱物には、大なり小なり、毒性がある。石炭だって、極論を言えば体内に入ると体を壊すわ。でもね、それ以上に危険なものってあるの。銀の食器? 銀は古くから浄化の金属、毒物に反応して黒ずむという性質があるわ。だから、権力者たちはこぞって銀の食器を使っている……そうではなくて?」
これは歴史が証明していることだ。銀は化学変化で黒ずむことがある。その性質は古くから知れ渡っていて、貴族たちが銀の食器を大層重宝していたのはそういう理由があるのだと語られてきた。
でも、銀の食器なんてものが流行る? 国中で? そりゃ流行るでしょうけど、庶民にそう簡単に降りるわけがない。
いや、私も宝石の屑石使ってぼろい商売してるけど、銀はごまかしがきかないのよ。
でも、それに似た鉱物ならどうか。
過去、食器やその飾りとして使われ、時には顔料として使われた、銀に似た鉱物がある。それは、高い中毒性を有して、多くの人命を奪ったともいわれる。
その名はスティブナイト……別名、輝安鉱……。
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