三章 革新の時

第68話 予想外の訪問者

 ハイカルンとの戦争が終結してかれこれと二か月の時が過ぎようとしていた。

 彼の国は、王族の姿もなく、衰えた国民と土地が残るだけで、賠償金なんてものは支払える能力もなく、結局のところ、この戦争で得られるものは少なかった。

 むしろ、抱えたのは大量の難民とどう扱えばいいのかわからない土地だけだった。

 土地があるのだからそれでいい、というわけにもいかない。土壌の性質の問題もあるし、廃墟から立て直しというのは想像以上にお金を使う。


 ただ、それでも、国を追われ、土地を無くした難民たちにとっては、かつての生活が戻ってくるかもしれないという希望もあったし、何より復讐を果たせたという意味は大きい。


 ただ、ハイカルン側の難民の処理をさてどうしたものかと悩む始末だった。これはサルバトーレ王家の悩みの種なので、私たちには大きくかかわりあいのないことではあるのだけど、そうも言ってられない。


「……またこっちに来たの?」

「えぇ……追い返すのもなんですから、一応、教会の協力を得て、対応はしていますが」


 汗っかきのコスタがハンカチで額をぬぐいながら、ここ最近の日課になりつつあるとある報告をしてきた。

 それは、ハイカルン側の難民が、どーいうわけかマッケンジー領やその息のかかったゲットーにやってきているということだった。

 まぁ、理由はわかりやすい。一時期、こちらは労働力確保の為に難民を受け入れて、土地を与えて、仕事を与えた。その結果、彼らはお金と食べ物を手に入れることができた。もといた国と同等ではないにしても、安定した生活を取り戻せるようになりつつあった。

 ダウ・ルーのアルバート曰く、その働きのおかげで、私はなにやら聖女だとか言われるようになったという。恥ずかしい話だけど。


 つまり、ハイカルン側の難民も行き着く答えは同じだったということだ。

 どうやら私は慈悲深い女だと思われている。そしてマッケンジー領は仕事があり、お金が出る。だったら人が集まるのは当然と言えば当然だった。

 戦争で出した赤字は回復してきている。ダウ・ルーとの交易以外にも他諸外国とのやり取りで輸出は軌道に乗っているしね。

 とはいえ、もうそろそろ土地がパンクしてきている。マッケンジーはいくつか土地を金で買いはしたけどそれが埋まりそうなのだ。

 当然だろう。単純な話、二つの国の難民を収めようというのだ、足りるわけがない。


「はぁ……ゴドワン様とも相談ねぇ。こればっかは国の力がないと無理ね。それに、この戦争で滅んだ国の再興もあるし」


 ハイカルン、そしてハイカルンに滅ぼされた同盟国、その名をアタテュルクというのだが、こちらは王族関係者がサルバトーレに避難、亡命をしているのでいつでも再建は可能だ。ただ状況と、時間と、その余裕がなかったので後伸ばしになっていた。

 もっと言うと、主要な男系王族が戦死していて、残ったのは幼い王子一人だけという状況なので、結局保護するしかなく、独立させるにしても再興させるにしても、無理がある。

 結局、サルバトーレの後援を受けての復興ともなれば、それは再興ではあっても元の国を取り戻したということにはならない。便宜上、そういう建前が出来ても、状況としてはサルバトーレの領地の一つみたいな具合になるんだとか。

 このあたりはよくわからない。政治的な話に飛ぶ。


「図らずしも、サルバトーレは二つの国を併合してしまったわね……」


 なんだか、日本の戦国時代みたいなことが起きてて混乱してきたわね。

 かつては一国の主だった者たちが、他者の配下に加わり、一地方の領主として任命される……なんて感じだし。

 あ、いや、これはヨーロッパでも同じだっけ? まぁ、どっちでもいいんだけども。


「とにかく、怪我人とかがいるなら仕方ないわ。医者や魔法の心得のあるものを送ってあげて。売れる恩は売っちゃいましょう」

「は、ではそのように……」

「頼むわね」


 去っていくコスタを見送りながら、私はちょっとだらける。

 ベッドから解放されかと思えば、また忙しい毎日。

 はぁ、やれやれね。

 国内も国内で結構慌ただしいことになってるし。裏切りものの粛清とかが王家の勅命を受けて騎士団たちが乗り出して、数人規模だけどハイカルンへと情報を垂れ流していた大臣が捕まったとか。

 報告書に魔法で写されていた顔はなんとも、悪人でございますな小太りの男で、わめいている姿が描かれていた。

 あぁ、確かあれは、マヘリアの両親の友人だったかしら。すっかり、名前も存在も忘れていたけど、マヘリアを身請けする気満々の奴だった、はず。駄目ね、興味がない相手すぎて、つかまったのならどうでもいいやと思ってしまう。

 ちなみにその男はいまだに牢屋の中だとか。処刑するにしても、今は情報を吐かせる為に生き永らえさせているとかなんとか。


「んあぁぁぁ! 蒸気機関作ろうとか言ってるのに、なーんもできないじゃない!」


 領民には絶対に見せられない姿。

 ばりばりと長くなってきた金髪をかきむしりながら、私はまただらんとする。

 なかなかやりたいことができない。一応、科学者たちには研究をさせてはいるけど、ちょっと研究費を回せてないし、確認もできていない。

 おかしいわね。戦争が終われば楽になると思ったのに、全然なってないわ……おかしいわ……。


「なのに、書類は消えない……気が狂いそう」


 気が狂いそうなので、私は普段なら絶対に考えないようなことをした。


「そうだ、森林浴いこう」


 森林といっても工場横の林だ。しかも規模は小さいし、そばでは製鉄炉がやかましいけど。でもいいの、なんだか初めて外に出たいと思ったから。

 というわけで、私は背伸びをして、あくびをしつつ、工場の外に出る。そこでは古くからの従業員たちが色々とせわしなく働いている。鉄を打つ者もいれば石炭を運ぶ者もいて、食料の仕入れや、若い新入社員の教育をしている者もいるし、休憩に入って水を飲む姿み見られた。

 私が外に出ると彼らは珍しいものを見たという風な顔をするけど、すぐさま姿勢を正し、頭を下げてくれる。

 私としては堅苦しいのは好きじゃないけど、この世界と時代はまだまだ権威がものをいう時代だから、私もそういう風な態度で返す。これが本当に疲れる。


「ふーむ、散歩っていうのも存外悪くはないわね」


 工場をぐるりと一周するだけでも結構な運動量になる。拡大した関係もあってか、かつては廃工場で、狭い土地だったここも立派な大工場へと変貌した。

 といっても、生産のメインは別の工場に移してあるので、ここは本当に早朝としてのこっている。緊急事態などでもなければここをフルで稼働させることはもうないだろう。


「……つ、疲れてきた」


 運動不足かそれとも寝不足か。

 なぜかとても疲れてくる。あれ、私、こんなに体力なかったっけ? それとも普段使わない筋肉のせいかしら?

 

「ちょ、ちょっと休憩……」


 私は近くの大きめの樹木に体を預けた。水持ってくるべきだったと今更に後悔。

 ぱたぱたと手をうちわのように仰いだり、服をの襟首もってぱたぱたと中々お行儀の悪いことをする。

 でも本当に疲れているんだ、私は。

 などと思っていた矢先のことだ。

 林の奥で、がさりと音がした。


「……動物?」


 聞き間違えは風でこすれた音ではない。明らかに何かが枝にこすれた音だ。

 誰か呼んでくるべきか、それが普通なのだろうけど、あまりにも近くで音がしたせいか、私はその現場まで近づいてしまう。


「え?」


 すると、そこにはボロボロになり、倒れているやせこけた女性と彼女に手をつながれた女の子を見つけてしまった。灰色の長い髪、うつむき加減だが、それでもわかる赤い瞳、ドレスっぽくはないが、スカートを身に着け、白い肌が見え隠れする。

 母娘だろうか。いや、それにしては母親と似てさなすぎる。それか、父親似?


「あ、あぅ」


 やせた女の人は何か、私に訴えかけているようだった。


「え、なに?」

「せ、聖女様にお願いが……ございます、このお方を……どうか、どうか……」


 そういって女性は小さく血を吐き、せき込み始めた。やがて喘息のような呼吸を引き起こす。

 それでも女性に手をつながれた女の子は茫然としていた。感情がないというより、心ここにあらずで、放心状態だ。


「ちょ、ちょっと! いきなり聖女とか言われても困るわよ! 誰かー! 来てー!」


 とりあえず叫ぶ。

 叫んでから再び女性の言葉に耳を傾ける。彼女はまだ何かを言っている。


「この、お方は……ハイカルンの……正統、後継者……ラウ様……で、ございます」


 そういって、女性は気を失った。

 いや、それよりも待って、気を失わないで、今なんて言って!?

 この子が、ハイカルンの、後継者!?

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