第34話 決別と決意と決断
貴族の、それも王族のパーティともなれば賑やか、華やかなのは当然ともいえるけど、この無駄に豪勢な食事や飾りつけはどうだ。
私も、映画やテレビではこういうものを見たことあるし、小さい頃はあこがれもしたけど、実際の目の当たりにするとちょっと騒がしいのが嫌だ。
それに、今は戦争間近なのに。そりゃ直接この国がよそと戦争するわけじゃないけど、友好国が戦火に巻き込まれるのは秒読み段階に近い、とゴドワンは言っていた。
しかも、私が何より一番気に入らないのは、ダシに使われた事だ。
今回、私が重たい腰を上げて、王都まで来たのは私こといすずとゴドワンの結婚報告及び、ゴドワンの功労賞などの受け取りの為だった。
私もそう聞かされていたし、ゴドワンもそのつもりだったらしい。
しかし、今現在の主役はゴドワンでも私でもない。パーティ会場の一番華やかなステージに若い男女が腕を組んで、万来の拍手の中にいた。
男の名はガーフィールド、女の名はグレース。片や我が国の王子、片や王子の心を射止めたシンデレラ。
世紀のカップルは真実の愛を育み、そして今日、婚約を発表したというわけ。
「まぁ、喜ばしいことで」
「顔に出ているぞ。終わるまでは笑顔を絶やすな」
ぼそりとつぶやいたつもりだったけど、隣にいたゴドワンには私の不満げな表情が見えたらしい。軽く肘で小突かれた。
「しかし、良かったではないか。これでお前は目立たないし、正体が露見することもないだろう」
「先に帰っちゃ駄目ですか?」
「無理だな。不敬に当たる。別に処罰はされんが、貴族というのはこの手の問題には難癖をつけるものが多いのでな。拍手が止んで、スピーチが終わった頃にはテラスに出て涼んでいると良い。夜には私も理由をつけて帰るつもりだ」
「はぁ、そうします」
正直、他人の結婚ほどどうでもいいものはない。
かくいう私は立場の為の偽装結婚しちゃってるけど。今考えると、私、結構とんでもないことしてるわね。日本じゃまず考えられないことだわ。
人間、やろうと思えばいろんな事が出来るものなのね。
「しかし、元のお前はあの王子の婚約者だったのだろう。何か、思う事はないのかね?」
「ないです。興味もわきません。ただまぁたった一年で新しい女の子を捕まえる余裕があったのは驚きですけれど」
ま、世の中には一か月の交際で結婚するカップルもいるぐらいだし、別にいいか。
私なんて恋愛したことないのに、これだし。
他人の事はとやかくは言えないわね。
といっても、じゃあ王子様との結婚が出来なかったことを後悔しているかと言えば全くそれはないと断言できる。
正直、私の趣味じゃない。
それだけで理由としては十分だろう。
「終わるみたいですね。外に出ています。ここ、暑いですよ」
王子と若きお姫様の婚約発表は滞りなく終わって、今ではコネ作りの為に権力者たちが二人に元に駆け寄っていた。
私はその人波に逆らないながら、テラスに出て、大きく背伸びをする。
室内では魔法か何かで空調を整えていると聞いたけど、実際どうなのやら。
魔法よりも外の風の方が気持ちがいい。あとドレスが窮屈で息苦しい。でも緩めるとはしたないって言われるし、どーすればいいのやら。
けだるいから気分転換の為に手すりに体を預けて、眼下の街並みを覗く。
白いタイルのような屋根がずらりと並んでいるさまは結構圧倒的だ。
「ふーむ、眺めは良いわね。エッフェル塔じゃないけど、鉄で大きなタワーを立てて望遠鏡とか設置したかも」
日本風に言うならば、スカイツリーや東京タワーかしら。
でも、電波の送受信をするわけでも中継するわけでもないし、あんまり大きくする必要もないか。
となると別にタワーじゃなくてもいいわね。
そんな風に私が新しい名所でも作ろうかと考えていた矢先のことだ。
「あの、もし」
ひどく小さくてかき消されるかと思った声の持主は……さっきまでステージの上にいたグレースだった。
グレースは今でこそ豪奢なドレスに身を包んでいたけど、ちょっと前までは制服だけが唯一の財産だったはず。
実際お金に困っていた苦学生だったようだし、ある意味、お后様になれたのは良かったのかもしれない。
私は嫌だけど。
「……なんです?」
「あの、もしよろしければ少しお話しませんか?」
私が反応をすると、グレースはちょっとだけ焦ったような、それでいて申し訳なさそうな表情を浮かべてから、それらを取り除くように頭を振っていた。
そして第一声がこれだった。お話ねぇ。
「構いませんが……私はあまり面白い話なんてできませんから、そのおつもりで」
正直面倒くさい。
私は速く終わらないかなぁと思っていた。
次の瞬間までは。
「あの、イスズさんは……」
そこまで言いかけてグレースは黙ってしまう。
それされると凄い気になるのですけど。グレースはちらちらと上目遣いで私を覗いている。
早く本題に入らないかしら。
「イスズさんは……マヘリアさん、なのでしょう?」
グレースの意外な言葉に、私は思わず言葉を失った。
ばれていた。それも次期お后候補にだ。私は平常心を保つように顔色だけは変えなかった。
深呼吸して、落ち着く。
「……いきなり、なんのご冗談でしょうか」
「違ったのならごめんなさい! 謝ります! でも、髪型や日焼けをしても、わかりますよ。あなたは、間違いなくマヘリアなのでしょう?」
グレースは一応周りに気を使っているのか、声のトーンは抑え気味だ。
そのせいでちょっと聞き取りにくいけど。
それにしても、まさかバレていたなんて。女の観察力は侮れないってわけね。
しかし、どうしたものか。ここで逃げだすとゴドワンにも迷惑かかるし……。
「……私が、そのマヘリアだとして、なんだというのですか? 軍隊に突き出します?」
「そ、そんなことは……でも、あの日、いなくなったと聞いて、死んだって言われて……」
「ならそういうことなのでしょう。マヘリアという少女は死んだ。それですべては終わり。ともかく、私はマヘリアじゃありませんので」
ここはさっさとこの場から離れるべきね。
私は急いで通り過ぎようとするのだけど、それをグレースが待ったをかけた。
「待って、待ってください。助けたいんです」
「……はい?」
「私、ガーフィールド様に相談します。マヘリアさんを許してあげて欲しいって。生きていたのなら、それは……」
「やめて」
冗談じゃない。あの王子様にこんな事がばれたら絶対に面倒になるわよ。
今更マッケンジー領を取り上げるとかはないでしょうけど、ややこしい事が増えるじゃない。
それに、バレるのはまだ早い。バレるなら、もっとセンセーショナルじゃないと。
「え?」
それでもってこっちはこっちで、理由がわかっていなさそうな顔。
仕方ないけどさ。
「必要ないわ。そんなこと。誰が頼んだことなの?」
「でも、だって……あんな、年上の人となんて」
「あのですね、この手の話は珍しい事でもないでしょう? それに、私は別に無理やり手籠めにされたわけじゃありません。私が望んで、今、ここにいるのです」
どれだけ私が頑張ったと思っているのかしら。
別に話さないけど。
「あなたはお優しいのね。そのマヘリアとかいう子の事を覚えているのはきっとあなたぐらいよ。でもね、その親切は、今は邪魔よ。不愉快といってもいいわ。私は、私のやりたいことをやっているの。今ね、面白い所なの。この世界がどうなるか、私は見たいし、どれだけやれるかを試したい所なの。そんな楽しい研究を邪魔するなら、許さないわよ。我が領地が練り上げた製鋼技術を他国に売り渡すわ。そうね、今ちょうど、鉄や鋼を欲しがっている国もあるようだし」
「ま、待ってください。どうしてそんなことを!」
「あなたが邪魔をしなければ、私は何もしないわ。事実、この一年間、我が領地は国の発展を助けてきたでしょう?」
鉄の進歩は文明の進歩と同じだ。
「だから、邪魔をしないで。それって、とっても、迷惑だわ。あなたは、その親切が他人にどう思われるかを少しは考えなさい」
これだけ釘を刺せば、何もしないはずだ。
脅しもかけた。この子、グレースの事はゲームでしか知らないけど、頭は良いはず。そして底抜けにお人よしだった記憶。
もうプレイして一年も前だし、特に興味なかったから忘れかけてるけど。
「まぁ見ていなさい。私、今の生活にはまだ満足していないから。もっと盛り上げてあげます。そうねぇ、国中に走る鉄の塊を敷く事だって計画しているわ。その時、この国は、もっと発展するわよ。あなたの暮らしもきっと今よりももっとよくなるわよ」
鞭だけじゃない。飴も与えないと。
私はそれだけを伝えると、会釈だけしてテラスから離れる。
背後からはグレースの視線を感じているけど、気にしないわ。
でも、彼女に投げかけた言葉。
これは、嘘じゃない。私の明確な目的の一つ。
さぁ、もっと精進しなきゃ。
***
その日の夜の事だった。
屋敷に戻った私たちの下に伝令兵が慌てて駆けつけてきた。
その内容は、ついに、近隣の国同士の戦争が始まったというものだった。友好国は奇襲を受け、軍は大打撃。これにより、予想されていた避難民の数は倍以上に膨れ上がっているとの事。
それだけじゃない。敵は、サルバトーレ王国にもその進路を向けているとの報告も、あった。
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