第11話 食い物にされてたまるか
「しかし、だ。このままだと意味はねぇよなぁ」
私の知識が世界を変える。
アベルはそう言ったが、次の瞬間には腕を組んで、口をへの字曲げていた。
「お前の知識は素晴らしい。そしてお前のものの見方は正しい。石炭は木炭の代わりとなる。森林資源は遠からず枯渇する。それはわかる。だが、その程度の事、金にがめつい連中が理解できないはずがねぇしなぁ」
彼の意見はもっともだ。
私は何の肉かわからない干し肉をかじりながらその先を考える。
森林資源に先がないことを理解している人物がどれだけいるのかはわからないけど、ゼロってわけじゃないはずだ。
代わりに石炭を使うことぐらい誰だって思いつく。
私が持つアドバンテージはその石炭を加工する事だけ。その他、鉱業学的な知識もなくはないけど、今、この時点で活用できるほどのものはない。
言って、すぐに結果が出る業界じゃないもの。地質調査の知識で先立って良い資源の山を見つける? 無理無理。大がかりな機械や土地データがあるならまだしも、何もない状態でそういうのわかる知識は私にはないもの。
第一、どれだけ技術が進歩しても、ここよさそうと思って調べたら、全然ダメダメだった事なんてよくある。
土が脆かったり、地下水が豊富すぎたりして、地滑りが発生して、事故多発なんて事だってありうるのだし。
「コークスを、量産して、どこかに売る……うぅん、これじゃ駄目。結局石炭が安く買いたたかれるだけだわ。いえ、それどころか、コークスなんて理論を理解したら簡単だもの」
コークスなんてのは極論、石炭を蒸し焼きにすれば出来上がる代物なのだ。
いずれ、バレる。バレる前に何とかする。
この情報がまだ世に出回っていないというのは大きい。情報化社会の現代ならまだしも、この中世的な世界なら……希望的観測な気もするけど。
だとするとどうする? やっぱりコークス炉を使ってガンガン鉄を作って、量産する態勢を整ええるべきだ。それまでは木炭燃料に押されるだろうけど、数年……いやもっと早いかも、とにかく鉄を売る流れにシフトしよう。
鉄は工業力の証だし、軍事力に繋がる。国としては欲しがらないわけがない。
剣にしても、農具にしても、鉄がなきゃ始まらない。過去、私たちの世界では鉄を使った建造物を見せつける事で技術力のアピールをした話だってある。
「何事も早い者勝ち、やったもの勝ち。私たちの手で、コークス製鉄を確立すれば、優位に立てる」
「フン、まぁそれはそうだな。だが、問題がある」
「わかってる」
そう、これには致命的な問題がある。
「私たちには何もかもが足りない」
事業を始めるには金だ。結局何を始めるにしても金が要る。今の私たちには金もないし、パトロンもいない。あるのは石炭が取れる山と道具、炭鉱夫。
このうち、山は消耗するから永遠ってわけじゃない。
あぁ駄目だ、全然駄目。これじゃスタートラインにすら立てないじゃない。
えぇい、資本主義め。いやこの場合は貴族主義か? どっちでもいいや。
アベルは言っていた。ここは底辺の集まりだと。そんな人たちに他事を始める余裕はない。
細々と鉄を作ってもいいけど、それじゃ間に合わない。むしろ私たちのグループ力が弱くて他に吸収される恐れだってある。
「せっかく、金になる種はあるのに、育ち切る前に摘み取られちまう……そんな顔だな」
「そんな顔にもなるわよ……あぁ、なんで不正なんてしたのかしら、あの男! そんなことしなくても私がいれば……!」
でもそれって私がマヘリアとしてもっと早く生まれてこないといけないわけだけど……あの父親って、マヘリアが生まれる前からやってそうだわ。
思わず髪の毛をかきむしりたくなる衝動に駆られる。
スタートダッシュから躓きすぎだわ、マヘリア! あなた、なんて星の下に生まれちゃったのよ。
でも、実際問題どうしよう。これじゃ意味がない。
「あーもう! こんなの食い物にされるだけだわ。冗談じゃない! わけのわからないまま、ゲームの世界に飛ばされて、国に捨てられて、親にも見放されて、あげくが最底辺の墓場? なんの冗談なのよ。絶対に嫌だわ。せめて人並みの生活ぐらいさせてくれてもいいじゃない!」
思わず、叫んだ。
キーキー自分でもうるさいなぁと思うぐらい高い声でそりゃもう一心不乱に。
何か、言っちゃいけないことも言った気がするけど構うものか!
「あぁなんだ、騒ぎたくなるのはわかるが、ちょっと声を抑えてくれ。その、今は、声はヤバい……」
幸いなのは、叫んだ辺りでアベルが耳をふさいでいてくれたことだろうか。
私が叫んだ内容は聞かれなかったようだ。
それにしても、なんでアベルは顔色を悪くしているんだろう。しきりに人差し指を立てて静かにってジェスチャーをしてくる。
「なに、それ」
「いや、なんだ、ほら大声は不味いだろ? 俺、女のお前の所にいるんだしよ」
「……ちょっと!」
なに言い出すんだこの人! 信じられない! こっちはまじめな話してるのに!
「待て、落ち着け、んなつもりはねぇよ、ガキ相手に!」
「ガキっていうな!」
うわ、この返し、子供っぽい。
「頼む、色々あって、大声は不味いんだ。頼むよ、な?」
「わかってるわよ……」
まぁ大声は駄目よね、反省。
反省ついでに私は小窓を開けて、風を入れようとする。
当然、そうなると窓の外を見るわけだけど……そこには数人の女性の姿があった。みんな、薄手の服装をしていて、中々扇情的な姿で……あれ?
ここに、私以外の女性なんて、いたかしら?
「……娼婦?」
決めつけは良くないけど、こんな山奥に、あんな薄手の姿はそれ以外考えられない。というか、何人か男の人といる。
あぁ、なるほど。そういう事。アベルが言いたいのはこのことだったのか。
って、やっぱり変な事考えてるじゃない!
「おい、なんだよ、その目は。別にいいだろ、山奥の炭鉱夫が娼婦雇っちゃいけねぇ決まりはねぇんだからよ! サービスだ、サービス! 各自自分の金でやってんだから! 第一、お前は違うだろ、娼婦と」
「まぁ、良いですけど。男ですものね。そういう風俗業は必要ですよ。はぁ、私、いつか襲われそう」
「しねぇよ! もっと肉をつけてこい、小娘!」
「あるけど、お肉」
私はともかく、マヘリアはなんだ、その、スタイルが良い。
アベルはあちゃーって顔をして、手で顔面を覆う。
「何だろうな。疲れる。おら、話戻すぞ。とにかく、お前が危機感を抱いてる部分……襲われるとかそういうんじゃねぇぞ」
「わかってるわよ。冗談よ、冗談」
「女がそういう冗談をいうな。本当に襲われるぞ」
意外と、アベルって正直なのかしら。
見た目は結構ワイルドだけど。
「まぁいい、話を折るな。んでだ、その諸々の問題、なんとかできるかもしれないって言ったら、お前、乗るか?」
「……内容次第ね」
その一瞬でアベルの顔つきが変わる。にやりと悪だくみみたいな顔つきだ。
「ギャンブル、しかも外れを引く可能性が高いぞ?」
「いいから話して、それで決めるわ」
「わかった。よぉく、考えてから決めろよ? 俺たちが儲ける為の土台作り、これを可能とするにはまずは金、そして土地、設備だ。でだ、俺には……正確には俺じゃないが、それがある。ただ、使えるかどうかは、わからん。そこが、ギャンブルだ」
話を聞いていくと、なんとなく想像ができる。
アベルは言っていた。自分は元錬金術師だと。そしてこの世界の錬金術師は、貴族だ。彼は自称不良息子。ということは家を飛び出してきたという事になる。
ここまでくれば誰だってわかる。
「アベル、あなたまさか……」
「そう、実家に頭を下げる。これが一番の、近道だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます