アルビス市民国編9 病気の奴隷の巻

 夕飯が終わると特にする事も無いのでしばらく書き物をした後、ベッドに横になっていたのですが竜が眠ったのを確認してから部屋から忍び出ました。竜はイビキをかきながら「肉が食いたい」と寝言を呟いていました。


 実は〔荷物運び〕と言う言葉が少し気になったのでそれを確認しようと思ったのです。決してエレシアちゃんの部屋に忍び込むためではありません。エレシアちゃんの部屋には筆頭秘書官オーガ・ロードも巣くっていますからうかつに入らない方が安全です。


 ところで、その荷物運びは一体どこに居るのでしょうか?聞き耳をたてつつ場所を推測してみます……。


「あ、そこに居るのは右と左のどっちかさん。夜更けにお手洗いでしょうか?」


 闇に紛れって何かしている影が見えました?


「おい賢者、俺には右のエイニアって名前があるんだ。いい加減覚えろ」


 ……と指をしっとして、こちらに口パクで言っています。どうやら口の悪い方でした。


(それで一体どういう要件でしょうか)


 そこで《念話》を試して見ることにしました。左右の二人が使う《念話》は確か気の応用で、細かいニュアンスを伝える事はできず単純な行動や意思伝達ぐらいしか出来ないと思いますが粒度を高めればもう少し細かい情報もやりとりできるのではないかと推測し試してみます。


(こんなクリアな《念話》は始めて見た……どうやっているんだ?というか伝わっているかこれ?理気術の《念話》は気合い……気で思念を送り込む奴でさ、漠然としたイメージしか送れないぞ)


(いや思念をそのまま頭の中に送り込んでいるだけです。詳しく説明すると長くなるので簡単に言うとあなたの頭の中で直接しゃべっている感じでしょうか)


(なんか気持ち悪いなコレ)


 そう言いながら暗い夜の廊下を先に進んでいきます。詳しく説明するとこの《念話》は《霊体》に働きかけています。《霊界》にパスを通すことで距離を無視して正確な《念話》が送ることができます。ただ《霊界》を通す場合、《念話》を邪魔する霊体が少なからず存在するので《念話》を隠蔽したり、迂回させたりする細かなギミックを仕込んであります。一方の外で使われている元素魔法や付与魔法の《念話》を調べたところ思念を魔素の濃淡に変換し力技で遠隔地の指定したポイントに送り込んでいました。恐らく距離が長くなるほど魔素を大きく消費し、《魔素妨害》などの魔法で簡単に遮断されてしまうのでは無いかと思います。一方理気術の《念話》は《幽界》を通しています。《幽界》を経由した場合、肉体に直接働きかけるために単純なイメージは伝えられるのですが言語化したり複雑なイメージを伝えるのが上手くないと言う問題があります。そこで粒度を上げる為にパスを《幽界》から《霊界》に切り替えた訳です。ちなみに理気術の《念話》は無意識に使える人もいて《虫の知らせ》と呼ばれています。


(それで賢者はこの屋敷の奴隷に興味があるんだろ?)


(奴隷?……それは〔荷物運び〕のことでしょうか?)


(いや、〔荷物運び〕もその一人だけどさ、この屋敷にはもっと沢山の奴隷がいるぞ。それも曰く付きのがな)


(それでその荷物運び屋さんはどちらに居るのでしょうか?)


(……ああ、賢者様は〔荷物運び〕にしか興味が無いのか……それじゃこっちはこの屋敷の奥を調べてくるから、あんたは天井裏の部屋でも調べてくれ。恐らく探している〔荷物運び〕とやらはそこにいるはずだから)


(そう言う情報はどうやって集めているのでしょうか?)


(一応、そう言う仕事だからな。入手手段も情報源も全て秘密だ。禁則事項だからな。他人に口外するなよ)


(ええ、分かりました……ところでもう一人は?)


 そう言いながら天井裏の方に向かうことにしました。念の念話もつないでおき……


(……それも禁則事項だ。それからこちらは秘匿行動中だから、その魔法をずっとやられたらこちらの行動がつつぬけになっちまうから切っとくれ)


 と懇願されたので《念話》は切りました。


 天井裏にはすんなりと入り込めました。この屋敷には特に夜の番みたいなのはどうやらいない様です。天井裏の部屋に潜り込むとそこには襤褸を纏った少女が居ました。私が部屋に入るとその少女は突然私につかみ掛かって『弟を……弟を返してください』と両肩を揺さぶりながら訴えかてきます。


 さすがにこれは不味いと思ったので《気持ちを安定させる魔法》を使って見ることにしました。これは空気に安らぎを与える効果を持つ霧を散布する魔法で、この霧を吸い込むと気分が落ち着く代物です。実はこの魔法、旅に出る前に宿屋には乱暴ものが多いから暴れ出したらその時はこの魔法を使えと母に教えて貰ったモノです。一部の冒険者には効き目が薄いそうですが、そういう場合は《肉体言語》で黙らせれば良いと母は言っていました。《肉体言語》と言うのがよく分かりませんでしたがそれを聞く機会は旅立ちまでの間にはありませんでした。


 ——魔法をかけてしばらくすると少女は落ち着きを取り戻した様です。


 そこで話を聞いてみると少女はこの屋敷の下働きとして使われている奴隷の一人で弟と一緒にこの屋敷で働いていたのですが半年ほど前に彼女が病に倒れるとエリウ評議員に『弟にはお前さんの分も働いてもらわないとこちらも大損なのでな』と言われて弟は闘技場に売り飛ばされたそうです。


 奴隷と言うので確かめてみると首に首輪そこから『私はエリウ評議員の屋敷から逃げ出した荷物運びの奴隷です』と言う文字が書かれてる板をぶら下げていました。


「……ところで貴方は誰でしょうか?」


 落ち着きを取り戻した少女が聞いてきます。


「……私ですか?私は通りすがりのエルフです」


 そう言うと首を傾げていましたが『……神様のみつかいですね』と呟いていました……どうやら納得してくれたようです。そこで弟さんの容姿や癖を尋ねて探し出してみますと言うと事細かな説明を受けていました。落ち着いたものの少女の顔は痩せこけて相当無理をしている居る感じで、しばらくすると今までの疲れが出たのか話ながら寝てしまいました。


 ——少女の様子を観察したところ少女は病気と言っていましたが遅効性の毒でした。それも毎日の食事や飲み物に混ぜられている感じです。しかも通常の手段では察知出来ないぐらいの巧妙な毒な様です。ただエレシアちゃんならすぐに分かると思います。エレシアちゃんは優秀な治癒術師ですから。


 それから体内の魔素マナが悪さをしている可能性が高く、不自然に取り込まれた魔素乱流が体内の臓器を痛めつけているのが感じとれました。それは外部の力で行われている可能性が非常に高いと思い割れました。この現象を一般的には《呪い》と呼んでいますが恐らくそれだと思われます。そして《呪い》の源流をたどるとどうやら屋敷の主に辿りつきました。


 主を倒せば恐らく《呪い》は消えますが、それでは解決にはなりません。いきなり評議員を殺すのは不味いでしょうし、まず弟さんを取り返さないと行けません。それに呪いの主を倒さなくても呪いを消す方法はいくらでも存在します。とりあえず便宜的に毒を排出する薬と特定の毒に対する抵抗力を上げる薬を調合して与えておきます。用意した薬は飲ませるのではなく皮膚に塗ることで効果を出す塗り薬で少女の胸肌に塗っておくと成分が皮膚からだけではなく揮発し呼吸と一緒に取り込まれるしろものです。寝ている相手に薬は飲ませられませんが塗ることはできます。これで数日もすれば少女の症状は一旦落ち着くと思います。


 この薬を用意するもう一つの理由は毒は今も継続的に出されていると思われるからです。つまりここで毒を抜いても明日の食事に毒が入って居るので再発してしまいます。ここで必要なのは毒を消す事ではなく毒に対する抵抗力そのものを上げることです。


 魔素の流れも気の力で少し変えて《呪い》を緩和させておきます。《呪い》を完全に解くには毒が抜けてからの方が安全でしょう。毒と呪いを同時に解こうとするとどういう副作用があるか分かりません。高位の治癒術師ならともかく治癒術に関しては高い知識がないので、できるだけ安全な手段をることにしました……エレシアちゃんがいれば楽なのですが、あの鬼婆オーガ・ロード……筆頭秘書官が許さないと思います。筆頭秘書官は〔政治〕とやらの案件にエレシアちゃんが首を突っ込むの嫌っています。これも恐らく〔政治〕とやらが絡んできそうな感じです。影で清掃係が動いているのもその関係だと思います。


 薬を与えたあとしばらく様子を見ると少女は静かな寝息を立てながらぐっすりと寝ています。弟に関しては闘技場に行く機会に調べてみることにして一旦屋根裏部屋を後にします。


「——と言うことです」


 屋根裏部屋から戻りエレシアちゃんの部屋に入ると寝息を立てて寝ているエレシアちゃんを横目に部屋にすくっている鬼婆オーガ・ロード……ではなく筆頭秘書官に話しました。


「賢者様は、大体唐突に物事を決めますね」


 筆頭秘書官が呆れたように言っています。


「まぁこの件はエイニアとユリニアにも……いいえ何でもありません」


 筆頭書記官は途中まで言いかけ慌てて口をつぐみました。


 次の日、朝一に闘技場に出かけることにします。期日が限られた中で十連勝する必要があるのですぐにでも行動しないと行けないようです。十連勝より難しいのは時間の使い方です。上手い具合に短いスパンで戦える様にしてもらう必要があります。十戦する前に時間切れのパターンが一番やっては行けないですと筆頭書記官オーガ・ロードも散々言っていました。その前にエレシアちゃんとお風呂に入ろうと思います。この屋敷にも内風呂があるらしいので入ろうと思います。

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