デレス君主国編20 吶喊の巻

 それはともかく敵陣の方を見ると空に向かって飛んでいくいくつかの飛翔体が目撃出来ました。恐らく先程の火球の大元を探しに飛び出てきた輩でしょう。それは悪魔の石像なような翼をはやして空を飛んでいく飛翔体でした。頭に山羊の様な角を生やし、背中から蝙蝠の様な翼をはやし、長い尻尾を持っています。これは昔、本で読んだ所のガーゴイルと言うものでしょうか?鷹は〔大ハン〕からの借り物ですし、攻撃を食らわせる訳にいかないと思います。そこでその辺の石を拾い上げます。そして、瞬間硬化、多重加速、追尾必中の強化魔法を石を付与し、その一方でシルフを呼び出し、石をシルフに載せて飛翔体ガーゴイルに向けて投げつけてみます。


 ……見事に命中し、落下していく飛翔体が確認できました。どうやらこの程度で倒せる様です。


「さあ、ノルシアも同じようにやるのです」

「……主よ。精霊魔法と付与魔法を同時にかけろと言うのか?しかも無詠唱とか、付与魔法の多重掛けとか、いくらなんでもそれは無茶振りすぎないか……?」

「この程度の事は千年生きていればできるのが普通ではないのでしょうか?」

「流石の我もそれはおかしいと思うぞ」


 里の外ではこのような事が出来ないのが普通なのでしょうか?ま、それは置いておきまして。


「それはともかく、ここから魔法でガーゴイルを打ち落とすぐらいは出来るでしょう?」

「うむ、その程度なら出来る」


 竜は呪文を唱えると光の槍ライト・ジャベリンを作り出しガーゴイルに向けてに投げ飛ばします。光の槍は一瞬でガーゴイルを突き刺しガラスの割れる様に光をちりばめガーゴイルを砕き屠ります。


「それでは、この調子でお願いしますよ」

「はは、この程度の事、造作も無いぞ」


 竜は呪文を唱え光の槍を残りのガーゴイルに投げつけていきます。一瞬で空中のガーゴイルは一掃出来ました。


「さて、これで敵もここに潜んでいる事にそろそろ気がつくでしょうね」

「主、そうだな。それでどうするのだ?」

「それでは囮をお願いします」

 こちらめがけて走ってくるオーガ騎兵を横目に走り去ります。オーガ騎兵が乗っているのは馬では無く魔獣系狼の巨大種である腐敗大狼と言われる狼です。その体躯は馬より一回り大きいですが皮膚は焼けただれて腐敗しており死んだような瞳をしています。口から腐蝕性の吐瀉物を吐きだし、それは金属製の剣や鎧を溶かしてしまうのです。狼とは言ってもゴブリン騎兵のモグリ狼とは全く別の種です。ちなみにモグリ狼は魔獣化した子犬では無いかと言う説があります。


「おい、まて主よ……」と竜が叫びますが『これも修業ですよ』と心を鬼にして、その場を立ち去る事にします。もちろん「ここから大きく戦場が動くから、今のうちしっかり休息するように」と五男に念話を飛ばすことも怠りません。


 こちらにやってくるオーガ騎兵の隙間を駆け抜け敵の本陣に吶喊を行います。間に居るトロールは対抗魔法をかけても昼間は流石に動きが鈍く耐性解除だけで無力できました。数十体のトロール部隊を無力化させると本陣に突撃をかけていきます。


 まず走りながら弓を構えると即座に矢をつがえて連射します。シルフの風に乗った矢は進むほど加速していき音の速度を超えて突っ切り地面に衝撃波を起こして炸裂します。その一撃で本陣の周りを固めていたオーガの部隊は、ほとんど無力化しました。一気に本陣の中央まで突っ切ります。


 そこに居たのはキメラ・デーモンの一種でした。その姿は、頭から黒山羊の角を生やし身体は牛のような体躯にくすんだ熊の毛に包まれています。後ろからは蝙蝠の翼が伸びており尻尾は蛇、足はまるで烏のようです。多種多様な魔獣や動物を適当にくっつけたちぐはぐな姿からこの魔族はキメラ・デーモンと呼ばれており魔族の中でも割と下級に属しています。ただ見た目がバラバラなだけあって特徴も能力も固体によって全部バラバラなのが特徴です。相対する場合は最初に相手の能力を見極める必要があります。


 キメラ・デーモンはこちらを見定めると私に向かって魔族語で言います。


「ここに単騎で突撃を仕掛けるとは蛮勇か。いやアホなのか?」


 ……と悪態をついているのがはっきり聞き取れました。


 そういえば魔族語は里で学んだ言語の内では発音まで知っている数少ない言語の一つです……というのを今思いまだしました。魔族語で書いた本は存在しないので使う事が無いと思ってこの瞬間まで完全に失念していました。知っていると言っても魔族が実際に離すところは初めて聞いた訳ですが……。


「はたして、そうでしょうか?」


 魔族語でそう応酬すると軽く閃光の魔法を浴びせてみます。


「……おまえ魔族語が分かるのか?……それに、並行無詠唱だと……も、もしかして、灰色エルフか……あ……あの……神を殺す為に作られたと言う殺戮兵器の……単騎で魔王を殴り殺すと言われるあの灰色エルフが何故ここに居る……」


 キメラ・デーモンの声が震えています。


「いったい何を言っているのでしょうか?私はただの平和を愛する一介のエルフに過ぎないです」


「そんなわけが無いだろ。つい最近も紫の魔女がだな……」


「あの?紫の魔女がどうかしたのでしょうか?少しお話を聞かせてくださいませんでしょうか?」


 紫の魔女と言えば該当する人物は恐らくアレですよね。これは詳しいお話を聞かせていただきたいところなので、私はキメラ・デーモンの方に向かって歩いて行きます。


「お、おい……近づくな……それ以上は辞めろ……」


 キメラ・デーモンがゆっくり後ずさりを繰り返しています。これはいわゆる武者震いと言うものでしょうか?もう少し近づいて見ることにします。


「……ええい、これでも食らえ。束縛の魅了。上級デーモンであろうとタイミングさえ合えば使役出来る邪眼。この使役術師エンスレイバーの俺にしか出来ない能力よ。灰色エルフとは言えこの邪眼を食らえば流石に俺の言いなりなりだろ」


 ……と叫びながらこちらに視線を合わせてきます。


 ……

 ……


「えっと、今何をしたのでしょうか?それより紫の魔女について知っている事をお話してくださいませんか?」


「……こ、この俺の邪眼が、効かないだと……さてはお前、紫の魔女に使わされた刺客だな……いやだ俺はまだ死にたくない。ただ俺だけの領地が欲しかっただけだ……魔王様が亡くなられてから準備してきた仕込みが一瞬で泡となって消え失せるとは……」


 キメラ・デーモンは後ずさりする速度を加速しながら、最後には後ろを向いて走り出しました。


「ええ、待ってくださいよ」


 私も少しだけ加速してキメラ・デーモンと併走します。


「……もう勘弁してください」


 そう言うとキメラ・デーモンは何やら呪文を唱えます。


 特大の魔方陣が出現しキメラ・デーモンは黒い光に飲み込まれ消え失せてしまいます。


 魔法の気配を探知するとその場で強い魔素が感じられますが魔族の気配が存在しません……近くに居る気配も見当たりません……もしかして魔界に逃げたのでしょうか?魔界に緊急避難したとすると九十九年は戻って来られないはずなので、これでは紫の魔女について聞くことも出来ません。


「少しぐらい話ぐらいしてくれても良いのに……しかもとんだ風評被害を受けてしまいました」


 先程、神殺しとか魔王を単騎で屠るとかよく分からない事を口走っていましたが一帯なんでしょうか?魔王単騎は恐らく姉なら出来ると思いますが私には無理だと思うのですが……。


 ……それより戦場を動かさないと行けないでしょうね。本陣は首領と思われるキメラ・デーモンが逃げ出した事によって統制を失い残ったトロール達やオーガ達は互いを殺しあいはじめていました。この騒乱に巻き込まれないようにそそくさと引き上げることにします。


 「グルク様、やっちゃってください」五男に突撃を再開する様に念話を送ります。ゴブリン軍は後ろの状況を察知し、算を乱して一斉に逃げ始めます。ちょうどその頃「主、大変だったぞ」と言いながら竜がこちらにやってきます。


「お疲れ様。後は引き上げるだけです。残党狩りはデレスの人達に任せて休みましょう。お風呂があると良いのですけど……」


 こうしてアグヌ荒野の戦いと呼ばれる戦いは幕を閉じたのでした。


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