エルフの王国41 南の砦 二日目の巻4


「ヴィアニア様、ところでエレシアちゃんにメイド服を着せているのはなぜですか?」

「賢者殿、何か悪いことをしたか?」

「いえ、尊いです」

「それなら問題なかろう」

「あのぉ……恥ずかしいのですけど……」

 エレシアちゃんが顔をあからめてもじもじしています。その姿が大変可愛いのです……今まで撮影術式を学んでいなかったのは人生に於ける最大失敗だとこのとき思いました。近く暇が出来たらすぐに撮影術式の研究を始めるべきだと思いました。同時に録画術式も獲得する必要がありそうです。そう決意すると母のやり方を真似るだけで出来る気がしてきました……おそらく気の迷いだと思います。

「賢者殿とエレシアはしばらくそこで待っておれ……今から清掃係にクァンスス一味について聴いてくる」

 実のところ見た目だけでは清掃係とメイドの違いは分かりません。着ているものはほとんど同じです。違いと言えばメイドさんの方が白を基調としているのに対し、清掃係の方は黒を基調にしているところでしょうか——必要な曲線もありません——それ以外はほとんど変わらないので、普通にすれ違っても違いに気がつかないと思います。ただ気配が違います。メイドさんは大変にエルフくさい気配がするのですが、清掃係の方にはそれがないのです。無の気配がします。無の気配を言い替えれば気配がしないと言う事になります。王女にも説明しましたが清掃係からは何も気配を感じないのでそこに居るのが分かるのです。この世に存在する万物は何かしらの気配を持っています。それはこの世に存在する全てのモノは精霊が宿る器になりうるからなのですが、例え精霊が存在しないとしてもそこからは微弱な精霊の気配がするのです。私は、それを気配として感じ取る事が出来るわけです。ところが、清掃係から何も感じ取れません。無属性の精霊の気配すら無く、本当に何の気配も感じ取れないのです。ただ、気配を意図的に消しているだけの様なで精霊の器になり得ない特殊な存在——古い魔王の配下にそのような魔物がいたような気がします——では無いようでした。

 王女が理気術と呼んでいたようですが、それを使って気配を消しているのは間違い無いです。問題は、理気術がどういう代物だと言う事ですが、先程も広義の下代魔術ローエンシェントの一種と考えましたがどうやらその方向で詮索していけば問題無さそうな気がします。

「な、な……んとそれは……凄く気持ち悪いぞ……」

 王女が悲鳴の様な声を上げています。

「ヴィアニア様、何があったのでしょうか?」

「クァンススの奴は、妾に足で踏んでくれとか罵ってくれとか叫んでいるそうだ……」

 王女が腕をふるわせています。

「人間の国にはそのような奴らが群れをなしていると言うが、この国まで感染しているとは……ただちに浄化せねばならぬ……」

「ヴィアニア様、落ち着いてください……そう言うものは……伝染する類のものではないのでは?」

「そ、そうじゃな……奴らが変なだけじゃな……まぁ近くに居られても困るからささと北の砦に送り出そう……しかし奴はいつからああなったのだ……」

 王女がかなり動揺していますが、騎士が変なのは当たり前だと思います。クァンススは初めから変だったのではないかと思います。

「まぁそれはいいのじゃ……賢者殿にここに来て貰ったのは理由があるのじゃ」

 王女は中央の塔の上階の大きなフロアにたどり付くと大きな椅子の上にちょこんと座ります。エレシアちゃんは、真ん中にある円形のテーブルの端の方に座りました。

 塔の最上階に近いこの階は、全ての方向に窓があり外が見渡せる様になっています。試しに窓を開けて下を覗いてみると沢山の人がお風呂に群がっているのが目に入りました。どうやらこの塔の皆さんがお風呂は良いモノだと知っている様です。

「賢者殿、やたらと窓を開けるのではない。隙間から風が入って寒いのだ……」

 確かに外では冷たい風が吹き付けており、窓の隙間から染みこむ様に入ってきます。確かに肌寒い様です。取りあえず窓は閉めておくことにします。

「ここは、この砦の司令塔じゃ。誰か妾に報告を」

 言い終わるやいなや天井から清掃係が飛び降りてきます。清掃係は王女に耳打ちすると再び天井に消えてきます。

「どうやら砦の近くの村は、大した事はないようじゃな……どうやら砦だけ狙い打ちされたようなそんな感じがする……」

「あ、あの……そう言う地震があるのでしょうか?」

「エレシアよ。そう言う地震もあり得なくは無い。だが、今は別の可能性を考えた方が良いぞ」

「そういえば、南の方の塔で誰かが何か言っていましたね……」

「そうじゃ、砂漠の東の方で砂嵐が起きている件じゃ。これに関して調べてみようと思う……その前に結界を作り直さねばならぬ。それで、賢者殿手伝ってくれぬか」

 南の砦は中央の塔を中心に土の上位精霊ベヒーモスをつかった二重の結界が張っており、遠くに悪意を持った存在を探知する結界、砦の近くに防御結界が張ってあります。二重構えの結界により南の砦は不落を誇っているそうです——もっとも南から攻めてくる敵など出たことは無いそうです。

「先程の地震で結界に綻びができているのだが……これを修復するのに妾だけでは時間がかかりすぎるのじゃ……」

「王女様、一つの精霊を複数人で操作する方が危険だと思うのですが……」

「そうか、賢者殿はお一人で全て出来るから同調技術は要らぬのだな……本来、このような大仕事は多くの精霊使いエレメンタラーが同調してやるものなのだ。もっともこの王国でもそれだけ腕の立つ精霊使いが減っているのが現実なのだが……」

「それなら、感覚共有を行えばどうにかなるかもしれないですね……」

「いわゆる一身同体と言うやつじゃな」

「一身同体はエレシアちゃん以外とはお断りです」

 周りの視線が冷たい気がするのですが……今、私は何か変なことを言いましたか?当たり前のことしか言ってないと思います。なぜかエレシアちゃんのとても冷たい視線が気になります。

 仕方ないので感覚共有をつかってサクサク作業を終わらせることにします。王女の精霊感覚器に私の感覚を接続します……。王女とつながっている土の上位精霊がよく見えます。これを素早く操作して砦の周りの結界を修復する事にします。結界は、かなり派手に崩れているようで……かなりの精霊力をかなり消費する必要があります……。塔の中の精霊をなるべく減らさない様に調節しながら土の上位精霊に精霊力を流し込んでいきます。土の上位精霊は蓄えた力で、結界を再生していきます。これを二重三重四重の仕組みで並行に処理するようにしておけば精霊さんが勝手にやってくれそうです。精霊の動きを確認したので素早く感覚共有を切ります。

「ヴィアニア様、少し待てば結界は元通りに戻ると思います」

「賢者殿?もう終わったのか……嘘はついてないだろうな……」

 王女は土の上位精霊を通じて結界の様子を確認しはじめました。その間、遠い目をしています。

「みるみる内に修復されておる……さすがは賢者殿、賢者と言われるだけはあるな」

 賢者と言うのは全く違うのですが、どんなに否定しても既に無駄なので諦めています。

 そのタイミングで、メイドさんが焼き菓子とお茶を運んできました。一仕事しましたし、これからエレシアちゃんとお茶会にしましょう。メイド服を着たエレシアちゃんがメイドさんが運んできたお茶をカップに注いでいます。

「賢者殿?妾も混ぜるのだ」

 王女がそこに強引に割り込んできました。

 仕方が無いので三人でお茶会を始めます。議題は南の砦の復興についてです。やはり大きなお風呂を作る事は譲れないところです。

「その湯は誰が用意するのだ?」

「それが私が……」

「フ……フレナさま、このまま南の砦に残られるのでしょうか?」

「いえいえ、エレシアちゃんを一人きりにさせる訳がないじゃないですか……ちゃんとフェルパイア連合まで護衛します……いやさせていただきます」

「そ……それは良かった」

「やはり湯を用意するのが難しいな……豊富な燃料があればのぉ」

 私は肩を落とします……。せっかくの大浴場計画がボツになりました……。しかし、滞在している限りは、大水瓶のお風呂の利用は取れたので今回の所はそれで良しとします。

「それより明日の食事だな。水は十分あるが、火をつかうのは正直まだ怖いな……火を通さなくても食べられるものでしのぐしか無いかのぉ」

「自然崇拝の食事はもうこりごりなのですけど」

「それは妾も同じじゃ。だが、明日さえしのげば都の方から物資も届くだろう……なら賢者殿、もう一日火の番をやってもらえば問題無いな」

「砂嵐と地震は関係あるのでは無いかと考えますが……大元を断てば良いのでは無いかと」

「それは妾も考えたのだが、どうにも情報が無く手だな……それよりモリーヌスは飛び出していないな」

 再び清掃係が天井から飛び降りてきます。王女にそっとささやくとさっと天井に消えます。

「どうやらモリーヌスはまだ寝ている様じゃな。安心したぞ。やはりあの眠り草は良く効くな。賢者殿も試してみるか」

「試しません」

 その後、南の砦の様子を木の模型をつかって再現していきました。清掃係の報告をその模型で再現していきます。これにより地震による被害の全体像がわかり、どこにどれだけの資源リソースを割けば良いのか手に取る様に分かります。

「ひ……東の方が被害が大きいです……」

「確かに東の建物が大きく破損しているようです。砂嵐と何か関係ありそうな無いような……少なくとも南東の塔の東側に地震の巣があることは間違いないと感じます」

「賢者殿それはどのくらいの場所じゃ?」

「1刻で行ける……もとい10エルフ里ぐらいでしょうか?」

「ふむ……10エルフ里か……強行軍を組んだとしても丸一日かかる距離じゃな……それで空にするわけにもいかぬし、空振りに終わったときが怖いな……近ければ巣を叩きたいところじゃが……」

「ならば飛んでいけば良いのでは無いでしょうか……」

「飛ぶじゃと……そんなことが出来……いや賢者殿ならばそれすら出来ると思うが……賢者殿一人に任せるわけにも……」

「エレシアちゃんぐらいなら連れて行けますので……」

「妾は、砦を守る義務があるゆえここから離れる訳にはいかぬな……。再び地震が起きても被害が起きない様に結界を維持しなければならぬ」

「その使命、私にお任せください。今すぐ行って参りますゆえ」

 振り向くと一人の騎士が扉を開けて飛び込んで来ました。私達は驚きながらそちらを見ます。

「ここに無断で入ってくる狼藉者め。一体どうやって入ってきたのか……モリーヌス」

「先程目を覚ませば地震が起きたのこと。居てもたっても居られぬゆえとりも取りあえず駆けつけた次第でござる」

「モリーヌス、取りあえずにしては重装備だな」

 見ればその騎士は、板金の全身鎧フルプレートに鋼の兜をかぶり、手には両手斧、腰には両手剣を刺しています。

「これが普段着で御座いますゆえ」

「そんなわけが無かろう……ふざけるのは休み休みにしろ。清掃係、こいつをつまみ出せ」

 王女の声とともに多数の清掃係が天井から飛び降り全身鎧を着た騎士を羽交い締めにします。モーリヌスは抵抗を試みようとした様ですが、あっと言う間に取り押さえられてしまいます。四人の清掃係に両手を抱えられてそのまま外に引き釣り出されていきます。

「ヴィアニア様、おまちぐださい。是非一考を。我に地震と戦う機会を……」

「一体、地震とどうやって戦うのじゃ……それより、お前はもう一日寝ておれ」

「ヴィアニア様、お慈悲を——」

 変な騎士が泣きわめきながら退場しました。

「やれやれ、飛んだ邪魔が入ったな。計画の練り直しじゃ」

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