エルフの王国39 南の砦 二日目の巻2

 お風呂から出てくると王女が待っています。王女は既にメイド服からドレスに着替えています。準備が良いのか素早いのかよく分かりません。

「それでは賢者殿、今から付き合って貰うぞ……こいつに……」

 王女が大きな木の板を取り出します。その上に2つの木箱をのせます。

「ヴィアニア様、これは一体何でしょうか?」

「賢者殿とあろうお方がこれを知らぬとは。これはエルフ将棋ぞ」

「エルフ将棋ですか……それは一体何をするものでしょうか?」

「エルフ将棋はだな、この線が書かれた木版の上にこの駒を並べて、交互に駒を動かし、取り合い、最後に国王の駒を取った方が勝ちと言う遊戯じゃ」

「遊戯と言われましても……」

「まぁ取りあえず、やってみれば分かる。まず駒を並べるぞ」

 王女は、黒い駒と白い駒を並べていきます。黒と白が向かい合うように駒が整然と並べられました。

「それからどうするのでしょうか?」

「この駒を交互に動かして、この国王駒を取るのじゃ。この駒は歩兵だから前にしか進めない。これは弓兵だから斜め前にしか進めない。だが森の中では二歩進めるぞ」

 王女が楽しそうに説明していますが、そもそも歩兵が前にに進めないとはどういうことでしょうか、それから森とか一体何でしょうか……

「……なのですが……どういう意図があるのでしょうか……」

「順番に説明するからしばらく黙って聞いておれ」

 そう言う事なので黙って聞いていることにします。要するに遊戯を楽しむためにルールが決められているだけでした……あまり意図は無いみたいでした。

「それでは妾が先行じゃ……ふふふ、妾は、四姉妹ではほぼ無敵じゃぞ。最近、相手がおらぬのであまりやる機会が無かったがな……」

 そう言いながら王女が駒を一つ前に動かします。

「……ん」

 しかし、この遊戯はどうやれば一体勝てるのでしょうかね……。ルールを確認しながら基本に忠実に打ってみることにします……。どうも森の中——自陣よりの三マス——で動く駒の動きが重要ではないかと思います。それでは、その辺に気を付けながら王女の手をあわせて打っていくことにしましょう。

 ……

 ……

「ヴィアニア様、これで国王の駒がとれます」

「……賢者殿、しばし待つのじゃ……」

「打ち直しはダメですよ……」

「おかしい、こんなに簡単に負けるはずはない……しかも初心者相手に……もう一回勝負だ」

「いえ、その前にお昼にしませんか?」

「……もう、そんな時間か……何時も昼は食べないから気にしてなかった」

 そんな時間なのです。そもそもお昼はしっかり食べないとダメだと思います。少々強引でも食堂に行きます。

「こら、賢者殿、妾を置いていくのではない」

 王女が後ろを追いかけてきます。

 館の中にはこぢんまりとした食堂があり、朝食を食べたところでもあります。ここはお客様専用の食堂らしいです。どおりでメイドさんやごつい騎士の姿を見かけないと思いました。

「もっとも、客人などこぬから、ここは普段は開店休業だけどな」と王女が言います。

 昼食に軽い軽食を頼むことにします。パンに草と炙った鳥肉を挟んだサンドイッチにハーブティと食後のケーキです。

 王女はとケーキとお茶を頼んでいます。

「ヴィアニア様、もう少し食べられた方が……」

「いや、そんなに食べられぬのだ」

 王女にお断りを入れられてしまいました。

 サンドイッチをつまみつつお昼の時間がゆっくりと過ぎ去っていきます。これだけのんびりとした時間が過ごせたのは久しぶりな気がします。ずっと馬車に乗っていましたし、後はエレシアちゃんがいれば文句はないのですが……エレシアちゃんは用事で居ないのです。

「賢者殿、妾じゃ不足か?」

「いえ、滅相もございません」

 食堂の中に静寂が流れます。そもそもお客様専用の食堂にいるのは私と王女と給仕のメイドだけですから、黙れば静寂になります。

「そろそろ昼食を食べ終わるか?それではもう一局指そうか?」

 王女が誘ってきますが、エルフ将棋はお断りして、そろそろ調べ物がしたいところです……。そもそも王女は最初、調べ物に付き合うと言っていた気がします……。

 その時、突然建物が揺れます……。

「揺れてる、揺れておる。さては百足が暴れておるな」

 確かに建物が大きく揺れています。地面が揺れているのでしょうか……これは地震と言うものでしょうか……。感覚を研ぎ澄ませてみますが、土の精霊が暴れた様子も魔法の痕跡も検知できないので純粋な地震な気がします。

「しかし、これだけ揺れてるとなると砦の中が心配だの……少し塔の方を見てくるぞ」

「いえ、まだ揺れているので慌てて飛び出すのは危ないと思います」

 上の方からモノが落ちてきたり、横からモノが飛んでくる気配は今のところ無いようなので、このまま揺れがおさまるのを待つことにします……。一つ気になったので王女に聞いてみます。

「ヴィアニア様、この揺れはうつおさまりますか?」

「地震ならそのうちおさまるじゃろ」

 そうこうしているしている内に揺れがおさまりました……。随分長いこと揺れていた様な気がしますが、どうやらこの建物は大丈夫な様でした……。

「他の建物に被害が無いか清掃係を向かわせることにしよう……汝等でてこい」

 天上から何名かの人影が飛び降りてきます……。これが清掃係と言う方々なのでしょうか。

「お頭、呼びましたか?」

「お頭は辞めろと言ってるだろ……砦の中を調べてこい。特に火災が起きてないかはしっかり調べてくるのだぞ」

「お頭、承知しました」

 清掃係達は、影に溶け込む様にシュッと消えると方々に散らばっていきます。動きは随分ゆっくりですが……。

「妾は、塔の方に向かう事にしよう」

 どうやら数に入れられているようです……。

「それであのもの達は何処に潜んでいたのですか?」

 天井裏に人が潜んでいたのは分かっていたのですが取りあえず聞いてみることにします。

「ふむ……妾の護衛として天井裏に潜ませておいたのだ」

「昨晩は居ませんでしたよね?」

「昨日は妾が居ない間の塔の守備につかせておったからな……居ない間にクァンススの仲間が塔の中に入り込むかも知れないからそれを見張っていたわけだ……それより、昨日は居なかったのがわかったのだ?」

「昨日は気配を感じなかったからですけど……」

「それはおかしい、彼等は完璧に気配を消せるはず……」

「では、今日は気配を感じなかったからと言い替えましょうか……。すべからず万物なるものは何かしらの気配を発しているのです……それが何も感じられないと言うことは何もが居ると逆に分かるわけです……天井裏に何に気配も無いことを感じ取った訳です。気配を消す存在がなければ、何も居なくても微弱な気配が感じ取れるのです」

「賢者殿、言ってる事がよく分からないぞ」

「気配を消すのでは無く、偽るべきだと思います……あんなに完全に消してしまえば、分かる人には分かってしまうと思います……恐らくルエイニアは気がついているでしょう……」

 ルエイニアは既に北の砦の方に向かったとは思いますけど、まだ近くに潜んでいるかも知れません。

「ふむ、完全に消し去るのも問題あるのか……それは後で伝えておこう……ふむしかし賢者殿は理気術もあっさり見破ってしまうのか……」

 今、王女が耳慣れない言葉を言いました……理気術ですか?……下代魔法ローエンシェントでも体術でも無く、魔法に似たような気配を消し去ったり、体力を強化する清掃係が使っている技術スキルの事を差すのでしょうか。元素魔法エレメンタル付与魔術エンチャントを差す下代魔法では無く、上代魔法ハイエンシェントの対義語としての広義の下代魔法であれば、理気術も下代魔法の一種と言う事になるのでは無いかと思われます。

「それよりヴィアニア様、清掃係とメイドさんの違いは何でしょうか?」

「その話は後じゃ、賢者殿急ぐぞ」

 王女は中央の塔の上階に向けて駆けていきます。その後を私はゆっくりついて行くことにします。王女の話によれば、このような不測事態の時、一番問題なのはパニック状態になることで、そのために適切な場所に適切な人を派遣できず、真偽入り混じる情報が交錯し現場が機能しない事らしいです。その為、情報の集積地である中央の塔に王女は居なければならず、各部署から上がってくる情報を適切に処理し、適切な場所に適切な人材を即座に送り込める準備をしなければならないそうです。

「そうは言っても、万事、清掃係に任せておけば問題ないのじゃ。妾は御輿は塔の中央に鎮座して報告を受けていれば良いのじゃ」と言っております。

「そこに、私がなぜついて行く必要があるのでしょうか……」

 私は、エレシアちゃんの無事が気になって仕方有りません。恐らく秘書官や外交官、それから護衛武官などが周りにおりますから恐らく大丈夫だとは思いますが、無事な顔を早く見たいところなのです。

「しばらくすればエレシアもここにくるじゃろ……情報が一番集まり、一番安全な場所じゃ。何かあれば一番先に目指すのがここじゃ」

 王女はそう言いながら窓越しに外を眺めております……。

「んーこれは見事にやられておる……」

 見ると塔の外には砂埃が舞っています。建物が崩れ落ちて舞い上がったのでしょうか?

 しばらくすると騎士やメイド達が入れ替わり塔の中に入ってきます。それぞれが報告をしようと押し合いへし合い状態になっています。「話は順番に聴くから汝等は落ち着け」と王女が怒鳴っています。

 その様子を遠目に見ていると……見慣れた姿が見えます。エレシアちゃんとその他大勢です。

「フ……フレナ様、ご無事でしたか?」

「エレシアちゃんも無事で良かったです」

 そうは言っても居られないもので、地震の被害を確認しなければなりません。それから地震には余震と言うモノがあって、大きな地震があった後には何度か同じぐらいの大きさの地震が繰り返しやってくるそうなのです。そのための準備を行わなければなりません。それから、砦の前方は砂漠が広がって居ますが、後背の方にはいくつかの村があるのでその村が大丈夫かも確認しなければなりません。村の安否については、騎士達が騎馬に乗って確認するために走り出していきます。

 一方、先程飛び立っていった清掃係達が戻ってきて、砦内の被害状況について的確にまとめて報告していきます。

「大きな火災は起きていないと言う事か。建物の被害も想定より少ないか……」

 王女は一通り報告を聞くと安堵の息をもらしました。一方エレシアちゃんは、砦の中に担ぎ込まれて来たけが人を治癒魔法で治療をしていました。それでは、私も秘蔵の薬草を採りだして治療の手伝いをしにいこうと思ったのですが……。

「まて、賢者殿、賢者殿には賢者殿にしか出来ない仕事がある。治療は他のモノにやらせておけ」と王女に止められてしまいました。

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