第44話 来訪者

 図書館帰りの森の中。

 ロイン宅近くの坂道を上りながら、俺は今日の出来事を思い返す。

 手に持った袋が、妙に軽い。

(キャサリンさんって、どこに住んでいるんだろうな)

 王都に住んでいるとは言っていたが、詳しい場所は分からない。

 ロインとかと、顔見知りの可能性もあるか。……美人だし、ロインは本当に知ってるかもしれない。

(ま、王都にいるんなら、また会えるだろう。町中で、ひょっこり会うことだって……)

 ありえるだろうと、期待しながら帰路を進み。

「?……ああ」

 木々の向こうから、音が聞こえた。

 音の正体は、すぐに分かる。

(ロインの奴、派手にやってるな……。しかし、この音は)

 相手がいるのか?フィルでは、ないよな。

(あり得るとしたら、あいつかな)

 橙色の少女、メリッサ。このアスカールでの、友人の一人。

 あいつと出会ったのは、丁度こんな感じの図書館帰りだったか……。

(思えば、メリッサとの出会いも)

 ラブコメ的であったか。

 面倒そうなので、一応ロインには内緒だが。

 まあ、別に恋愛的な進展があったわけじゃないんだけれど。普通に友人だ。

「……すねてそうだな。メリッサの奴」

 ちょっと、嫌な予感がする。

 

「ただいま」

 

 ドアを開け、家に戻る。踏み入れた足が離れる前に、その匂いに気付いた。

「……?」

 感じたのは、ほのかに甘い匂い。前にも一度、この匂いを味わったことがある。

(フィッシュリザードの、スープ)

 才獣の一種、フィッシュリザード。

 かなり強力な才獣だが、こいつを出汁に使ったスープは美味いと思う。例えるならコーンスープ的な味。時々、弾けるような味になるのが困りもんだが。一度その弾けた味によって、思い切り噴き出したのを思い出す。

 昔、ここで作ったことがあったなと思いながら、かつての調理場へと目を向けた。

「おかえりー!キャプテン!!ちょっと、待っててね!!」

 視線は左のキッチンに。

 そこに立っているのは、お馴染みの眩しい少女。

「だけではなく」

 マリンの隣。湯気を上げる鍋の前に立ち、こちらを睨んでいる、エプロンを着用した女性は。


「――やっと帰ってきたわね!ジン太!!この、薄情者!!」


 久しぶりの友人。予想通り、不満げなメリッサ。

 さて、どう弁明するべきか?

「久しぶりだな、メリッサ。……顔を出せなかったのは、悪かった」

「なにを不満に思ってるのかは、分かっているようね!でも、許さない!決闘よ!決闘案件よ!これは!」

 鼻息を荒くしながら、彼女はまくし立てる。

 やはり、そう来たか。こいつのバトルマニアな性格だと、言いそうだとは思っていた。

「いや、用事がな」

「問答無用!ちょっと顔を出すぐらい、良いじゃない!もう、バトルしかないわ!」

 決闘だ!バトルだ!と、ここまでしつこいと、ただ戦いたいだけじゃないのかと思ってしまう。

「分かったよ……。だけど、今は疲れてるからさ」

「そうね。これから夕食だし、今は止めておきましょう。決闘は、別にいつでも良いわよ!あたしは!」

 なんとか凌いだ。いや、凌げてないな。こりゃあ。

 俺としても、手合わせしたい気持ちはあるんだが。

「……夕食、作ってくれんのか」

「そうだよ!メリッサさん、変わった食材もってきてくれたの!」

 鍋の様子を見ながらマリンは言う。

「ついでよ、ついで。ロインは、稽古でお疲れ中だしね」

 そう言ってメリッサは、俺から視線を左に逸らした。

 線を向けられたそこには、テーブルに突っ伏してダウン中のダチ公の姿。

「相当、しごかれたな……」 

 伏せた顔は伺えないが、かなりの疲労度が伝わってくる。

「生きてるのか……ロイン」

「大袈裟ね。大丈夫でしょ。あいつなら!」

 だろうな……。美女が近くに寄れば、それだけで復活しそうな奴ではある。

(美女……フィル)

 フィルの姿が、部屋に見えない。

「フィルは……」

「フィル?ああ、あの人なら、二階で読書中の筈だけど。……綺麗な人よね。どういう関係なのかしらー?」

 にやにやと笑みを浮かべて、余計な関心を見せるメリッサ。

 相変わらず、そっち方面に興味ありありか。

「ロインに聞いてないか?旅の仲間だ。お前が期待するようなもんじゃない」

「ほーう、あれほどの美人と旅をねえ……怪しさ満天じゃない!吐きなさい!」

「なにもない」

「うそよっ!そっちの方が、あり得ないでしょう!」

 本当だ。一切、ラブコメパートはなかった。

「出会いが、出会いだったからな……」

「出会い!?どんなドラマチックな出会いをしたのよ!聞かせて聞かせて!」

「ドラマチック……ある意味そうかもなぁ……」

「泣きそうな顔よ?大丈夫なの?」

 この泣き顔は、お前の無神経な採掘作業の結果だよ、メリッサ。人のトラウマを、喜々として掘ろうとしてはならない。

「……なんだか知らないけど、やばい事情がありそうね!聞かないでおくわ!」

「そうしてくれると助かるわい。これ以上は、止めておくれ」

 あの惨劇を、思い出してはならない。

「だけれど、やっぱ美人さんと旅って、良いものじゃない?ロインが羨ましがるのも分かる気がする」

「そうかね……お前だって充分美人だろう」

「あら、嬉しいこといってくれるわね!」

 ちょっと嬉しそうな感じで、彼女は笑った。

 

「僕もぉ……ちょっとぉ……興味あるなぁ……君達の出会いってぇ……」

「聞いてたんかい」

「美女の事なら、なんでも吸収……ってほどでもないかな?」

 夕食が出来るまでソファで寝ようとしていた俺に、弱弱しい声が掛けられた。

「お前が嫉妬するようなもんでもないぞ。マジで」

「本当かぁ……否、そうでなければ困るぅ……お前がラブドラマ的な展開とかぁ……許すまじぃ……」

 テーブルに伏せた顔から、ぶつぶつと気味が悪い言葉を発射し続けるロイン。

「僕なんてぇ……ウホ……だぞぉ……現実なんてぇ……ゴリラなんだよぉ……!」

「ごりら?うほ?」

 なんのことだ?意味が分からない。

「ふふふ……聞くんじゃねぇぞ……!!絶対になぁ」

「良いよ。興味ないしな」

「エ?エエッ?」

 聞いて欲しそうな声を出してきたが、逆に聞きたくなくなる。

「……ちくしょおうぅ……僕だって……メイがいればなぁ……!」

「メイか」

 金髪の少女、メイ。ロインの幼馴染みにして、俺の友人。メリッサほどではないが、それなりの仲。

「あいつにも、タイミングを見て顔を出すかね」 

「まー……ハニーはぁ……別に文句は言わないとぉ……思うけどぉ……」

 確かに基本的に大人しいメイなら、文句は言わないだろう。不満は、なくはないだろが。

「メイは、寮暮らしだったな」

「そうだぜぇい……!ハニーが住む場所は、聖域になるぅ……!」

 寮の場所は……覚えてるな、ちゃんと。

「それじゃ、今度、図書館に……」

「僕もぉ……第二地区駐屯所にぃ用があるぅ……のでぇ……用が合えばぁ……道案内ぃ……してもぉ」


 ノックの音が、部屋に響いた。


「おっ?客か?」

 まさか、噂をすればなんとやらか。

「――この感じはぁ!!ラブリー!!ハニー!!だああっ!!」

 そのまさかだったようだ。

 ロインは顔をがばっと上げ、椅子から飛び出し、ドアに急行した。ふらふらながらも勢いを感じるのは、愛故か

「ハニー!!カモン!!」

 開け放たれる、ドア。

 その先に立っていたのは、やはり彼女。

 半袖の金髪女性。

 ラフな服装の、美女。


「こんばんは。ロイン。……凄い顔!?」


「ははは!嬉しさの表れさ!これはぁ!!YO!!」

 格好付けて、両腕をびしっと構える満身創痍男。

 足が大爆笑やで。ロイン。

「うーん……とりあえず、座って話をしようよ」

「そうだね!!……ごふぅ!!」

「ロイン!?」

 完全に壊れたか!?無茶しやがって!!

「しっかりして!!」

 仰向けに倒れるロインと、それを心配そうに揺するメイ。

「もう……もう……だめだぁ……」


 ちらちらと、メイの露出した膝に目を。

 ダチ公よ。そこまでするか。抜け目がない。

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