第41話 体験と事実

「……また、失敗か」


 機械の稼働音が響く、薄暗い部屋。

 そこは、誰でも一目見れば異様だと感じるであろう、独特な雰囲気を発している。

 部屋に漂う匂いは、様々な種類が混ざりなんとも気持ち悪く、長時間とどまっていれば、体調を崩す者もいるだろう。

「ああでもない……こうでもない……ああ、ああ、クソクソ……!」

 そんな場所で苛立ちを零す、眼鏡をかけた女性が一人。

 その女性は、ボサボサの緑の長髪を掻きむしりながら、闇の一箇所を血走った目で見ている。目の下の濃い隈が、微細に震えていた。

 彼女は、丸二日以上寝てない。それでも瞳の輝きは、衰えず。

「上手く行かない……!上手く行かない……!オレの理論には、まだ甘さが……!?なにが悪い……!?」

 親指の爪を噛み、千切る。

 苦悶を表すような、その行動。

 基本的には整った顔を、必死の形相で歪めながら呟き続けるその姿は、とても近寄りがたい。

 

「おーい、ジュア!あんまり、根詰め過ぎるなよ!研究は楽しくやらないとねっ!」


 鬼気迫る表情のジュアとは違う、能天気な声。それが、ジュアの背後の闇から掛けられた。

「五月蠅いぞ、マットン……!お気楽な奴め……!遊ぶのなら、あの女と遊べ……!」

 マットンと呼ばれた、白衣の男。

 歳は、見た感じ30代。腕を組みながらけらけら笑い、禿げ頭を揺らしている。

「彼女は、お出かけ中!お気楽って酷いなー!私は丁度、二度寝という重要な任務から帰還したところだ!讃えてくれ!」

「……次は、どうするか……ああして……こうして……」

「無視ですか!傷つく!」

 構ってくれオーラを出しながら見た目10代女性に絡む、中年おっさん。

 ジュアは完全に無視を決め込み、彼の存在を脳で認識しようとしない。

「……アスカルド平野で、才獣の調達を……数は……戦士団に、警戒されてるか……なんとか……」

 自分の世界に入り込み、思案に思案を重ねる彼女に、マットンの声は、届かない。

 彼は舌打ちして、いじけ始める。

「いいもん。いいもん。どうせ私なんて」

 身を屈め、床を人差し指でいじり始めた中年。

 当然のことながら、ジュアの対応に変化はなし。

「調達班を……どうやって……くそ……!」

「……本当に余裕ないねー。頑張るのは結構だが、休むことも必要だぞ?おっさんからの、忠告!」

 ジュアを本心から気遣い、彼はそんなことをいう。


 そう言い残し、マットンは部屋から退室した。

 パタンと音が鳴り、彼女の呟きだけが響く。


「……行ったか。……休めとは、言われなくても」

 彼女の言葉は、すぐに止まった。ドアの音が、合図になったかのように。

 仲間の気遣いの言葉に、微妙な表情を浮かべて。

「君の言う通り……少し、無茶をし過ぎた……これ以上は、逆効果」

 ジュアはやれやれと首を振り、近くのテーブルに置いてあったコップの水を手に取る。

(研究は、行き詰っている。先の光が見えてこないな……。腹立たしい。オレはやはり……)

 水を飲み干し、苛立ちをぶつけるようにコップを乱暴に置くジュア。

「ふ……う」

 なんとか気分を落ち着かせようと、目を閉じ、数秒の静止時間。

 その場に、静寂が。

(新たな成果……それは、まだまだ遠いのか。……以前、実験に使った才獣のデータを参照して……)

 

 彼女はくるりとドアの方を向き、マットンと同様に足を進めた。


(器の研究……【後天的な才の付属】……必ず)


 ×××


「……?」

 気付いたら。

 俺は町中に立っていた。

「あれ、いつのまに」

 頭がぼんやりとしていて、こうなるに至った経緯を思い出すことが出来ず、ただ突っ立ている数秒間。

 なんだ?

 なんで俺はこんなところにいる?

「……」

 足を進めると、人気のない暗い道に響く、孤独な足音。

 いくらなんでも静かすぎないか?

「……?」

 どこもかしこも光が途絶えた通りで、一か所だけ光を放つ建物。

 何かのお店の様だが……。

「【喜劇の星船】」

 お店の前にある立て看板には、そう書かれている。

 なんでだか分からないが、俺はこの店に無性に入りたい。

「よし」


■扉を開け、木で出来た床を踏み鳴らした■

■奥のカウンターには■


「おや、これは懐かしいお客さんだッ」

「げ」


■昔にあった覚えのある、道化師のような格好をした男性■


「店長のテレサだよッ!! 久しぶり!! ジン太!!」

「あ、ああ。覚えてたのか……」

 甲高い声のテレサは無駄にテンション高い。

 俺は、フィルと出会うより以前に、この男に会っている。

(あれは、物珍しくて店に入ったんだったな。……店を移したのか? アスカールに? ???)

 思い出したは良いが、気付きたくないことにも気づいてしまった。

 たしか、この店に入ったあとに、場面破壊(シーン・ブレイク)が悪化したような気が……。


「結構、身長伸びたー!? んんー、なかなか逞しくなったじゃないか。嬉しいぞー!! ではでは、商品を見ていきたまえよッ!!」

「……」


■周囲を見渡すと、棚に積まれた様々な品物■

■どれもこれもヘンテコさ100パーセント■


(見事に、興味を惹かれないな)


 前に来た時も、結局何も買わなかった気がする。

 特にロマンを感じるものもなさそうだし、なんで俺は入店しようと思ったのだろう。


「――ではッ!! こちらが商品リストになりますッ!! よッ!!」

「ああ」


 とか思いつつも、俺は本型の商品リストをテレサから受け取った。

 まあ、少し目を通す程度なら。

「……」

 ……想像以上にヘンテコな名前の商品が並んでいる。

 いらんわ、こんなの。

「というか、なんだこの表記? ポイント?」

「そうさ! 現在ジン太は、【569】ポイント溜まってるよー」

「いつの間にッ!?」

「ははは、細かいことは良いからさ、早く選んで!」

 さあさあと迫って来るテレサに、気圧されてしまったジン太。

 適当に商品の一つを指差した。


「【喜劇道具】のお買い上げ、ありがとうございました」


■商品を受け取ったジン太は、店の出口へ向かう■


「ポイントが千を超えたら、【本店】の方へ招待いたします――」


■扉を開け、夜の町へと戻っていった……■


(ただの宴会道具かいッ)


■ジン太は少しがっかり■


●■▲


 アスカールの王都・五つの地区に分かれたアスカルド。


 そのアスカルド北東に位置する、第一地区・朝の風景。

 多くの人が歩いている、丸く大きな広場内。

「どこ、行くー。欲しい才物あるんだけど」

「第三地区に、新しい才物の店できたじゃん?あそこで良いんじゃね」

「あと靴もほしいんだよね」

 友人と談笑しながら歩く、二人組。

「良い天気じゃあ……。ぽっかぽっかする……今日は公園で童と遊ぶか」

 陽気な気候の中、大した目的もなく出歩く老人。

「どうぞ。興味があればっ!」

 飲食店のチラシを配る、女性店員。

「……」

 様々な人でごった返す、そこに。

「図書館は、こっちで良かったはず。確か、第二地区だったよな」

 資料探しの為、図書館目指し歩く俺がいた。右手には、借りるとき用の手提げ袋を持っている。

 俺は町並みを見ながら、きびきびと歩を進ませて。

「……穏やかだな。変わらず、この国は」

 町の、なんとも平和な風景。

 一切トラブルが起きそうにないような、緩んだ空気。かといって活気は失わず、明るさを感じられる。

 彼が前に訪れた時と変わりないそれに、どこか安心する。

(天上族は気性が荒くない種族だから、俺達とは違って、面倒事は少ない)

 それでも、厄介なトラブルを起こす奴等はいるようだが。

(才獣乱獲だったか、なんだかで、騒ぎを起こしてる集団がいるとか、ロインは言っていたが)

 ただの、才獣捕獲集団ならそこまで問題ないが。

 脅威才獣ですら捕獲してしまうというのだから、相当の戦力を有しているのが分かる。

 俺も何度か戦ったことがあるが、未熟だったこともあって、滅茶苦茶怖かったな。

(特に、3メートル程のトカゲ才獣と戦った時と……フィアと、交流を頻繁に行っていた時のあれは)

 

【あ、あぶねぇっ!!死ぬところだった!!大丈夫か!?ジン太!!】

【当たり前だ。問題ない(ちょっと、ちびった)】


 ……必死に逃げて、なんとかなったが、情けない。

(そんな奴等を捕まえてしまうなんて、少なくとも、才獣に関してはプロ級の集団だろうな……いや)

 ロインが言っていたか、アスカール南海岸の事件の事を。

(活動中の【マットンの一味】を、捕縛する為に動いた戦士団の数名が……)

 返り討ちに遭い、二名が死亡。五名が重体だったか。

 しかし、その事件でリーダーと思われる中年男性、マットンの事が分かり、戦士団の警戒レベルが上がった。


(……そんな、よく分からない連中と関わることはないだろう。もう、変なトラブルはゴメンだ)


「図書館に、無事到着と」

 四角い大きな建物の前で、立ち止まる俺。

(前に来たときと、特に変わりなし。ここも)

 アスカールの知恵の象徴、白銀の虎が描かれた扉に足を進め、図書館帰りの人達とすれ違う。

 建物周りの花壇に群がる、子供達の姿が見える。

(あそこに植えられている花……珍妙な色と形だが、子供には受けてるみたいだな)

 特に好きな見た目じゃないが、館長の趣味だったかな。

 ぼんやりと考えながら、建物正面、出入り口を挟むように二つ並んだ、縦長の高窓に目を向けて。

(中も、大きな違いがないと助かるんだが)

 あったとしても、検索本を使えば問題ないかと思いながら、俺は両開きの扉を開け放った。


「いらっしゃい。――ジン太君だったね?確か」


 図書館に足を踏み入れて直ぐに、左側、カウンターの方から声を掛けられた。

 渋く、年月を感じさせる声。

「久しぶりです、館長。俺の事、覚えててくれたんですね」

 声の方に顔を向けると、白髪と白髭の老人の姿が傍に見えた。

 紺色のスーツを纏って、にこやかな笑みを浮かべている。

「君は、随分と熱心に調べ物をしていたからなぁ。印象に残ったよ……今日も、才力関連かい?」

「そうです。またしばらく、世話になります」

 俺は軽く頭を下げてカウンターに近づくと、そこに並べられている分厚い本を手に取った。

 鎖でカウンターに繋がった、とても軽い本。

 それに触ると、頭に検索画面が浮かんだ。

(本の名称、カテゴリ……入力完了。場所は……)

 これが才物、図書館(ホーム・ブックス)に備わった、検索本の機能。

(検索完了。ページは……)

 本を開き、縦に並んだ本の名前に目を通す。

 読みたい本の名前を見つけ、脳内クリック。詳細情報を確認。

「よし」

 場所を確認し、俺は以前の記憶を頼りに目当ての本棚へと向かう。

 

「……良かった」

 迷わず、本棚へと辿り着いた。

 様々な種類の本が収められた棚の中、それの五段目に読みたい本はあった。

 労せず見つけられたことに喜びながら、俺は黒い本に手を伸ばす。


 その手が、肌色の壁に阻まれた。


「はっ?」

 思わず、その壁をしっかりと握りしめてしまう。

(柔らかい……)

 壁と言うには、なんかその……。

(といいますか、これは)

 女性の手、のような。

(ような?)

 体が硬直し、ぎぎぎと音を立てながら、顔が右横を向く。

「……あ、あの」

 そこには、顔を少し赤らめた美少女の姿があって。

 しっかりと、目が合ってしまった。

(これ、なんてラブコメ?)


「――現実は、そんなに甘くないんだよ。ジン太」

 悲しげな顔で放たれた、親友の言葉が浮かんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る