第35話 迎撃

「うん。わたしは、その計画を受け入れた」


 開口一番計画についてレアに聞いたところ、間髪入れずにそう答えた。


「なぜそんなに平然としていられる。一週間後には自分の記憶が回帰するギリギリまで奪われるんだぞ」

「理由は、わたしとこれまで接してきたタクトなら知ってるはずよ」


 ……そうだ。本当は、分かっていた。レアなら了承するだろうと。


「怖く、ないのか」

「全く。タクトが悪魔と戦う時、恐怖を感じないのと同じ。タクトとの記憶は一ヶ月間くらいしか無いけれど、それでも分かる。わたしとタクトは、どこか似ている。この世界に期待なんかしていないのに、自己犠牲の精神が強い。自分がすり減って、それで誰かを助けられるなら、それをよしとする」


 そんなことはない、と否定しようとしたが、できなかった。

 自覚していなかった。レアに言われて、もしかしてそうかもしれないと思ってしまった。

 レアはこんな話も、いつもの無表情で淡々と話している。本人がこれだけ気にしていないのに、今更俺がほじくり返してしまっていいものだろうか。

 きっとレアは、覚悟などとうに済ませてしまっているのだ。

 本人も了承している。嫌がっているわけでは無い。なのに何だ。この胸のざわめきは。


 まだ希望は残されている。アリアならきっと。

 レアにはまだ伝えられない。すべて憶測でしかないから。

 俺が今できる事、したい事。


「……レアが了承したのなら、割り切れているのなら、それでいい。俺は任務終了の、その最後までレアに付き合うよ」

「うん」

「それと、残りの一週間、質の良い記憶の積み重ねに全力を尽くさせてもらう。お節介だと感じたら言ってくれ」

「そんな風に思った事は一度も無い」

「よし、なら早速今から何かしよう。リクエストは?」

「娯楽室」

「ああ。あの部屋ほとんど使って無かったな。あまりやった事は無いがダーツやビリヤードに挑戦してみようか」

「わたしも娯楽室はあまり使った事が無い。やってみよう」


 そう言うやいなや俺とレアは同時に立ち上がり、小走りで娯楽室に向かう。

 俺もレアも不慣れな遊びに最初は戸惑ったが、慣れてくるにつれ楽しくなってきて止まらなくなり、ご飯の時間以外は娯楽室にこもった。

 その日は俺とレアははじめて徹夜というものを経験した。文字通り夜を徹して遊びまくり、気づいた時には昼になっていた。


 娯楽室の床でほぼ同時に目を覚ました俺たち。寝ぼけ顔のレアを見て、思わず吹き出してしまった。

 配達までに時間がかかるが、昼ご飯はピザでもとろうか。コーラ付きで。

 たまには普段の生活習慣を崩すのもいいものだと感じた、そんな日だった。



 一〇月二九日。俺がこの屋敷を去るまで残り二日となった。

 徹夜はもうしなくなったが、俺とレアの就寝時間は遅くなり、その分一緒に過ごす時間が増えた。

 夕ご飯を食べ終わり、将棋でもしてみようか、という話になっていたのだが。

 耳慣れたベルの音。電話がかかってきたことを知らせる音。

 レアは夕ご飯の片づけをしていたため、俺が急いでとりにいく。


「こちら朝日タクト」

「こちらは朝日アリアだよー。あれ、同じ名字だね。もしかしてボクたちって親戚だったりして」


 ついに来た。これを待っていたんだ。アリアにあの計画が本当に実行されるのか、何か別の策を用意してはいないか聞かなければ。


「茶番はいい。アリア、実はお前に聞きたい事が」

「それは後でね。戦場で会った時に」

「という事は、救援要請か」

「正確には出動指令かな。なんせマクスウェルの出現ポイントはその屋敷から5キロと離れていないんだから」

「すぐに出る。現れた悪魔のグレード・数・場所を教えろ」

「グレード5・ウルフ型が五体、グレード3・ハイエナ型が一〇体だね。座標データは君のバイクに転送しておく。厄介な群れだ。特に型が」

「問題無い。いつも通り対処する。お前も来るんだよな?」

「もちろん。ちょうどさっきまでの現場の戦闘が終了したばっかりだからこのまま向かえるよ。一時間くらいで着けると思う~」


「俺がいない間のレアの護衛はどうする? 交代の想起兵はそんなに早く用意はできないだろう?」

「もし屋敷に悪魔が現れたら、レアくんには緊急避難マニュアルに沿って時間を稼いでもらう。そうなったらすぐにタッくんに知らせるね」

「どうやって?」

「前に屋敷に行ったとき、車庫にあった君のバイクの荷物入れに小型インカム入れといたからそれ使って~。こういう事もあろうかと用意しておいたのだー。さすが優秀なボク。まあ政府の連中に気取られたら罰則ものだから極力使用したくなかったんだけどね」

「抜け目無いやつだ」

「まあ屋敷に悪魔が現れる可能性より、タッくんが討ち漏らした悪魔がレアくんのところに向かう可能性の方が高そうだけどね」

「そんな事させるものか」

「そう言うと思ったよ。まあボクのヘリに何人か想起兵を乗せていくから、最低一時間は耐えてね」

「了解。また後で」


 ぐだぐだしていられない。やつらがレアの存在を嗅ぎつける前に、倒す。

 レアがどの範囲までの悪魔を呼び寄せるか分からない。急がなくては。

 戦闘服は既に着込んである。エクシスも装備済み。


「タクト、悪魔を倒しに行くの?」

「ああ。ここから五キロほどの場所に出現したそうだ。こっちに来させないよう戦うが、万が一の時の事を考えてレアも準備しておいてくれ」

「うん。気をつけて」


 記憶を失う前とか後とか関係なく、俺が悪魔討伐の際に手を振ってくれるレアに見送られながら屋敷を出る。

 外にある小さな車庫に駆け込み、今時アナログな、キーを差し込んでの起動。

 後ろの荷台を確認すると、アリアの言った通り小型のインカムが入っていた。

 それを耳に差し込んでからバイクにまたがり、エンジンをふかす。インターフェイスを取り付けているものの、本体の構造はどこまでも前時代のバイク。それがなぜか落ち着く。


 バイクを走らせること数十分。

 先頭にいたのは、一匹の巨大な狼。きっと群のボスだ。第五番は30メートル級の悪魔を指すが、あの大きさだと第六番との中間くらいだな。ざっと見たところ四〇メートルちょいか。


 五匹の狼のすぐ後ろには第三番・ハイエナ型が一〇体ほど。マクスウェルの悪魔は必ずしもかたどった動物の性質を持つとは限らないが、このハイエナ型は野生に現存するハイエナと似たような性質を持っている。自分より階級が上の悪魔が戦闘をはじめるとおこぼれに預かろうとするのだ。つまり戦闘中のスキに襲ってくる。こいつがいる戦場では一秒の油断も許されない。


 バイクの音がうるさかったとしてもやつらには感覚器官が無いから察知されない。その代わり一定範囲内の人間は問答無用で存在を察知される。察知される前に奇襲をかけたいところだ。

徐々に彼我の距離が縮まっていき……やつらが俺の存在に気付いた瞬間、エクシスの射程範囲に入った。

放たれた斬撃波はウルフ型のボスの頭を真っ二つに切り裂く。

次いで二、三撃と、やつらが動き出す前にたたみかけ、第五番・ウルフ型を三体討伐する事ができた。


 残りのウルフ型二体は真っ先に俺の方に向かってきて、その後ろにハイエナ型が少し距離をあけて着いてきている。

 バイクを自動操縦に変更。片手片足だけでバイクにつかまり狙いを定め、刃を連続で飛ばす。

 残り二体のうち一体は比較的余裕を持って倒せたが、残りの一体は仕留めるのがギリギリのタイミングになった。これで第五番・ウルフ型の討伐は終了。

 群れに真っ直ぐ突っ込んだため、すぐ目の前にはハイエナ型一〇体が迫ってきていた。


 俺はバイクの座席部分に立ち、跳躍。

 浮遊中に眼下に刃を振るい、すれ違った五体を消滅させる。

 着地してすぐに反転。飛びかかってきた三体を一閃。

 あと二体。


 警戒態勢をとったところで、真横の茂み、それと反対側の木の上から飛びかかってきたハイエナ型を確認。

 一度回避か、いや、距離が近いせいで間に合わない。無理して一度は避けれてもすぐ追い打ちされ二体から同時攻撃をもらいそうだ。

 俺は真横から襲ってきた一体に冷静にエクシスを振るって倒す。

 そして、上から襲ってきた第三番・ハイエナ型の攻撃を、受ける。

 これが失う記憶を最小限に抑える方法。

 一度ハイエナ型が俺を通り過ぎた後、すぐさま一撃を――――。

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