第26話 それを僕らは青春と名付けるだろう




 逢奈のその言葉が俺の心にずしりと重く突き刺さった。


「なん、で……」


「私、中学校でいじめられてたんだよねー」


 何もなかったようにただ平然と振る舞う逢奈。


「学校に行くたびに椅子とか上履きがなくって。他にも色々あったけど。参ったよ、ほんとに」


 ははは、と笑う逢奈だったが、その目は全然、これっぽっちも笑っていなかった。気丈な逢奈が死に追い込まれるほどのいじめだったのだ。笑い事に出来るわけが、ない。

 考えるだけで、想像するだけで、頭が痛くなってくる。

 俺は、俺は、俺はなんてことを───


「あとで分かったことなんだけど理由が酷くってさ。とある男の子に告白されたのを振ったのがなんか問題だったっぽい。バカバカしくて詳しくは調べてないけどね」


「……それで、遠くの学校に行ってるのか」


「まあ、……そゆこと」


 俺は逢奈を救ったつもりでいた。


 勇者気分になっていた。


 女神憑きになって、それで女の子を救って。

 これは運命なんだと確信していた。


 俺は逢奈を本当の意味で救えていなかった。


 俺は、……空から落ちてきた女の子を救ったつもりの、似非勇者だったんだ。


 とんだ最低野郎だ。

 何が初恋だ。何が一目惚れだ。


 俺はどんな言葉を言えば彼女を傷付けずに済むのか、分からなかった。


「だからね、覚悟したあの時、殺してくれなかったあんたを、………私は恨んでたんだ。せっかく、死のうと思っていたのに。死にたくなったのに、って」


 逢奈は俯き気味に言った。


「その後も何回も死のうと思ったんだけど、でも勇気が出なくって、死ぬのってやっぱり怖くって、空に飛ぶのがあれ以来怖くて出来ない」


 彼女はばっと顔を上げて、前に駆けた。


「でも、今は毎日が楽しい。先生も友達もみんな優しいし。……あーーー!! 生きてて良かったあああああ!!!」


 逢奈は両手を精一杯に広げて、やまびこになるくらい大きな声で言った。振り返って、俺の手を両手で掴む。

 そして、これまでにないくらい綺麗な笑顔で、


「───ありがとう、南々瀬。私の勇者様」





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 あの時の出会いは運命なんてありふれた言葉では言い表したくない。

 俺と逢奈を繋ぎ合わせたそれは運命という言葉すらちゃちなものにしてしまう。俺達の出会いは奇跡だとか、運命だとか、そんな言葉で言い表せるものではなくて、その答えはもっと違う所にある、なんて。俺は、そう思っている。





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「南々瀬またそれ〜?」


「美味いんだって、マジで。逢奈にも半分やろうか?」


 俺は食いかけのデラックスドッグ───学食で買えるお好み焼きと焼きそばとソーセージを挟んだパン。マジで美味い───を逢奈に向けた。


「私は、いい。カロリー多そうだしぃ」


 食いかけをあげるという冗談のつもりで言ったのだが、逢奈は違うところで拒否した。つまり、カロリーが少なければ貰っていたということだろうか。


「は、はーん。なら俺が全部食っちゃうけどな」


 俺はもちろんアドリブに弱いので予想外のセリフを言われたりすると簡単に狼狽えてしまう。俺はそんな戸惑いの顔を隠すようにデラックスドッグを一気に頬張って、飲み込んだ。

 逢奈はそんな俺の顔を見て、口を抑えて小さく笑い、


「今度、私がお弁当作ってあげよっか」


「………ぅへ?」


 今回ばかりは本当に不意打ちだった。一瞬、そんなに硬くないもので胸のあたりをなぐられたんじゃないなと思ったくらいだ。


「なに、その顔。嫌なの?」


「え、いや、嫌じゃない、けどさ」


 俺はちらりと逢奈の持つ弁当箱へと目を向けた。俺の目からしたら、それは小さな宝箱ようにも見える。その中に入っているのは文字通り宝のような食べ物たちだった。

 逢奈は贔屓目に見なくとも料理が上手い。調理部に所属しているということもあるのだろうが、毎日のように弁当を作って俺の前で披露しながら咀嚼している。時々──いや今まで二回だけか。昼飯も金もなかった俺にその弁当の一部を恵んでくれた時があった。その時に感じた美味さが、逢奈の弁当を見るだけで口の中に広がっていく。それくらい美味しかったのだ。

 それを逢奈が俺の分までわざわざ作ってくれるというのだ。こんな予想不可能なこと言われたら、そりゃ俺が返答に窮してしまうのも致し方ないだろう。


「い、いいの?」


「うん、私が言ってんだからいーの」


「ま、マジかー。明日デラックスドッグ食えないのかー俺」


「はぁ? 作ってやんないよ〜?」


「すみませんでした作って下さい逢奈様」


「よろしい」


 逢奈は得意げに頷いて、手元の小さな弁当へと視線を戻した。

 その弁当は本当に手のひらサイズしかない。そこにこれでもかと料理が詰まっているものの、一般的な女子の食べる量よりも明らかに少ない。

 逢奈は結構カロリーとかを気にする。体型とか気になってるのかな。逢奈が逢奈である限り、少しくらい太ったって俺は別にいいのに。なんて絶対口に出せないようなことを思ったりもしてみる。

 そこで、ガラガラと生徒会室の扉が開き、三人の人影が部屋の中へと入ってきた。


「およ、トッキーとあいなちゃんじゃーん」


「貴様ら、ここにいたのか」


「相変わらず仲がいいですね」


「「いやそんなんじゃないですよ」」


 なぜか、ハモってしまった。お互いに顔を見合わせて顔を紅潮させる。


「それで仲が良くなかったらもはや事件だからね!」


 会長がツッコミを叫ぶ。


「全く、その通りだ」


 千輝ちぎら先輩が肩をすくめてみせた。

 彼らは同じ生徒会のメンバーだ。その全員が三年生の先輩で、非常に個性的だが頼りになるいい先輩達だ。


「それで、二人で何話してたのぉ?」


 会長がにやけ面で俺の顔に近づく。この生徒会長は頭の中も、そして見た目も完全に小学生だ。どうしてこの人が生徒会長になれたのか、なんて最初は思ったりもしたけれど今ではそんな考えは微塵も湧かない。いざと言う時は頼りになる、本当にいい先輩だ。

 だが、今ばかりはその子供っぽい言動にむかつかざるを得ないというかなんというかほうっておいてほしいというか……。


「南々瀬にお弁当つくってあげようって話してたんですよ」


 って逢奈、何正直に答えてんの、マジで。いや好きだわ、その正直さが、マジで。やっぱ好きだ。


「何……? 空閑の手料理を頂くなんて、南々瀬、貴様何をにえとして空閑に渡したのだ」


「いや何も渡してないですから」


「分かった分かった。空閑のパンツの写真をやる。正直に話せ」


「いや先輩が正直に話してどうするんですか!?」


 ゆっくりと逢奈の方へ視線を向けると、冷たい冷気を放っているかのような、氷像のような瞳で千輝先輩を睨んでいた。


「千輝先輩、そんなものないですよね?」


 その声音はもはや怒りを通り越した何かだった。言葉がナイフとなって千輝先輩の喉元に突き刺さる。


「ハッ。冗談に決まっているだろう。何故俺が同じ生徒会の仲間である空閑にそんなよこしまな真似をしなければならないのだ」


 文字列だけを見れば、気丈に振舞っているように見えるが、その声は完全に震えていた。か、かっこ悪いです、千輝先輩。


風弥かざみ先輩、お願いします」と逢奈がふるふると呟く。


「承知しました」


 すると、風弥先輩が瞬きをする間もなく、ヒュンと移動して千輝先輩を羽交い締めにした。もはや人間業とは思えない。


「な、何をする! 無実だ! そんなもの存在しない!!」


「それでは、こちらはなんでしょうか」


 風弥先輩はぱっ、と千輝先輩から離れて、千輝先輩のポケットから盗ったのであろう何かを人差し指と中指で挟んで、見せつけた。


「こ、これは」


 それはかなりローアングルで撮られた会長の姿だった。かなーり下から撮られているので、もちろん会長のスカートの中も丸見えになっている。ちなみにスパッツを履いていて、セーフとアウトを行き来しつつもグレーゾーンをさまよっているような、そんな写真だった。


「ちぎりん、死刑」


「ぐぼべっッ!?」


 会長が千輝先輩にクロスチョップをお見舞いしたあと、千輝先輩の身体を持ち上げてバックブリッカーを披露してみせた。その小さい身体のどこにそんな力があるんですかね……と呟こうとして、やめた。自分もその標的になりたくなかったからだ。


「ふふっ」


 ふと、視界の端に逢奈の横顔が映った。

 その無邪気な笑顔に心がざわつく。

 思わず胸の辺りに触れて、その異変を確かめてみたが、特に胸に穴が空いていたりだとか、胸が炎で灼かれているだとか、そんな突拍子もないような異変はない。

 ただ、胸の中で、心臓がどくどくと脈を打つだけだった。




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 揺れる電車の中、俺と逢奈は隣同士で座り、同じ英単語集を眺めていた。肩を並べて座ってはいるものの、肩が触れるか、触れないかそのぎりぎりみたいな距離感だ。


「revise」


「訂正する」


「当たり。じゃあ、attempt」


「試みる、だっけか」


「いいね。次、prevent」


「まるまるするのを防ぐ、みたいなやつか」


「当たり〜。満点いけんじゃない?」


「マジ今回はいけるわ。逢奈さんきゅ」


「礼言われるほどのことしてないけどね」


 逢奈はそれでもなお嬉しそうに笑みを浮かべてみせた。


「逢奈、今回も勝負しない?」


「うん、いいよ。もちろん私が勝つけどねー」


 逢奈はにひひと笑ってみせる。

 勝負、というのは毎週行われる英単語の小テストの点数勝負のことだ。逢奈も俺も定期テストでは毎回十位以内に入っているため、もちろんこの小テストも全力で挑んでいる。

 逢奈は毎回のように満点を取るし、俺も間違えたとしても一個か二個だ。毎回勝負のようであまり勝負にはなっていない。


「今回は俺が勝つから」


「南々瀬、それなんていうか知ってる?」


「ん?」


「フラグ」


 逢奈は勝ち誇ったように言い切った。

 その顔がなんか、凄くぐっときた。正確に言えば、めちゃくちゃにかわいかった。にやついてしまったかもしれない。やばい。どうだろ。俺は思わず片手で口元を覆った。


「言ってろ。ほんとに勝つからさ」


「とか前も言ってなかった?」


「ひ、人は成長する生き物なんだよ! 逢奈が凡ミスする呪いを俺は習得したからな!」


「どんな方向に成長してんのよ」


 逢奈は呆れたように苦笑いしながら顔を背けた。

 電車のアナウンスが鳴り、逢奈の最寄駅につくことが告げられる。逢奈の最寄駅と俺の最寄駅は一個違いで、ここを一つ下れば俺の最寄駅につく。

 ああ、今日逢奈といられるのも今この時までか。じゃあね、とか、バイバイ、だとか。そんなこと口にしたくなかった。

 逢奈が学生鞄を手に持って立ち上がる。

 ああ、待って。待ってくれ。行かないで欲しい、なんて女々しいだろうか。いや、でも俺は、そんなふうに嘲笑されたって、まだ逢奈と話していたい。

 明日も明後日も逢奈と会えるという確信はどこにもない。大切な人はずっと生きていると人は心のどこかで思ってしまっている。

 でもそれは間違いで、人は、生き物だから。生き物は、いつかは死んでしまうから。だから。──だから、俺はずっと逢奈と一緒にいたい。明日もこうやって一緒に話せるなんて根拠はどこにもないから。


「じゃ、南々瀬。また明日」


 逢奈が手を振る。その顔を直視出来なくて、俺は逢奈の腰あたりに視線を向けて、手を上げた。


「またな」


 逢奈はこくりと頷いて、電車のドアをくぐり抜け、ホームへと歩いていく。待って、待ってくれ。逢奈、俺は君に、謝りたいんだ。あの時護れなくてごめん、って。だから、俺は、君を。

 なんて、くだらない言い訳を心の中でしている間に、逢奈の姿は見えなくなっていて、電車は逢奈の最寄駅を発った。

 彼女のいない電車の中は、心がどこかに置き去りになったみたいに、空虚なものに思えた。




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「俺、逢奈に告白しようと思う」


 俺がそう言うと、周りにいたいつものメンツは揃って無視を決め込んだ。


「えっ、いや、あの無視……?」


「あのな。まず言わせてくれ」


 すると、濃野のうのが口を開いて俺の肩に手を置いた。


「お前達まだ付き合ってなかったのか?」


「な、な、な、なわけないだろ!」


「はぁー、リア充死ね死ね。死ね死ねビーム」


 七宮ななみやがスマホを弄りながらぼやいた。


「くたばれ死に晒せお前の血は何色だあああああ!?」


 神志那かみしなが俺の首を掴みにかかってくる。それを咄嗟に避けて、


「はぁ!? おいお前ら俺な!? 真剣! これマジで!!」


「あの〜南々瀬さん。議論は終わったので、はい。俺、帰っていいすか? 愛する妹の元に早く向かいたくて、何かがウズウズしてるんで」


「何かじゃなくて足って言ってもらっていい?」


 はあ、と大きな溜息を吐く。


「トッキー、溜息吐いたら幸せ逃げるぞ〜」


「これはお前らのせいだよっ!!」


 神志那、七宮辺りの反応は予想出来たが濃野にまでこんな反応されるとは少し予想外だった。


「おい時宗。お前な。一個だけ言っておくぞ。いいか、よく聞いておけ、な?」


 神志那が椅子から立ち上がり机に腰を掛けた。そして、目を一度瞑り、その直後かっと、目を見開いて、


「オレらに相談するんじゃねえよ!!」


「ごもっともな意見だな! お前らに聞いた俺が悪かったわ」


 俺は肩を落として荷物をまとめる。それを神志那が足を腹に引っ掛けて制止させた。


「待て待て待て。話はまだ終わっちゃいねえ」


「あ?」


「相談はするんじゃねえ。まずな、色々聞かせてみろ。お前の空閑への愛を」


「神志那……」


「それからだ、俺らが口出せるのはな」


 そうして、俺は濃野達に逢奈との出会いや諸々を話した。掻い摘んで話したが大体のことは話せたと思う。

 開口一番口を開いたのは七宮だった。


「爆ぜろ……」


「おいそこ!! 気軽に人を呪わない!!」


「いやお前……だって、そんなフィクションみたいな話この世にあるわけないだろ。いや、ない。ないね。うん。ないと思いたい。あるとしたら俺はお前を殴る」


「まぁ、ベルの言うことには耳貸さなくていいから」


 濃野が七宮の前に出て七宮のパンチを止める。

 ちなみにベルというのは七宮のことだ。七宮の本名は七宮ベルフェゴール。うん。非常につよそうでいいと思うよ、俺は。


「そうだな。南々瀬と七宮、一件似ているようでその中身は善と悪。正反対に位置している」


「おい神志那なんで俺が悪なんだよ。まぁカッコイイからいいけど」


「そう言うと思って悪と決めたわけよ、オレは」


「分かってんな」


「おーい、お前らだいぶ脱線してないか?」


 濃野が神志那と七宮の話を無理やり止めた。ナイスフォローだ。


「で、トッキーは何を俺らに聞きたいんだ?」


「それはずばり、告白の方法だ」


「ほう」


 何故か七宮が喰いついた。


「告白にも種類あるよな」


「口頭、手紙、SNS……。この辺か?」


「今だとラインとかツイッターが主なんじゃないか?」


「でもそれだとチキンっぽくて、なんかダサくね?」


「それなんだよなぁ」


 一度はラインで逢奈にそんな感じの文を送りそうになったが、さすがにやばいと思って一瞬で消去した。


「やっぱり口頭での告白が一番だと思うぜ」


「俺もそう思うかな」


「でもやっぱそれってハードル高くない?」


「んなこと言ってる場合かよオイ」


「いやちょっと俺、緊張しいだからさ。告白してる最中に吐いちゃうかもしれない」


「それは、だいぶ──いやその時点で縁切れるな」


「そうだ、七宮はいつも妹に愛を叫んでるだろ? なんかコツというか、そんな感じのないか?」


「まあ、俺の場合、可愛いって思ったら可愛いって言うし、好きだって思ったら好きって言うことにしてるからなぁ」


「こいつどんな脳味噌してんだよ」


「やっぱ参考になんねえじゃねえか」


「そうだな」


「おい! 聞いておいてその態度なんだ!」


 七宮が軽くキレる。それをスルーして議論は進む。


「もういっその事全部混ぜてみればいいんじゃないか?」


「なるほど……。いや、なるほどじゃないな。手紙と口頭での告白はなんか混ぜれそうだけどSNSをどう組み合わせるんだよ」


「気合いだよヴァーカ」


「まさかの精神論」


 議論がどん詰まりになり、これ以上何も出なくなったところで、濃野が口を開いた。


「まあ、俺からひとつ言わせてもらうなら、お前と空閑はめちゃくちゃお似合いってことかな」


「つーか、マジで付き合ってると思ってたわオレ」


「はぁ、爆発しろリア充が。主人公みたいな生活しやがって」


「喜んでいいのか反応しづらいなぁ〜……」


 七宮の低い怨嗟の声がお似合いという言葉を打ち消した。


「取り敢えず、どんな告白方法でも空閑は受け入れてくれると思う。いや、適当に言ってる訳じゃないぞ。そこまで積み重ねがあって、それでいつもあんな仲良くしてるならさ。空閑の方だって絶対お前のこと気にかけてるよ」


「そう、かなぁ」


「いやなんでおめえはそこまで奇跡的な出来事起こしてんのに確信得てねえんだよ。もはやいきなり揉みしだいても怒られないレベルだぞそれ」


「は? 南々瀬、空閑を揉みしだいてんの? マジさいてーなんですけどー」


「取り敢えず七宮、お前今日反省な」


「ああ、もう。悪かったよ、南々瀬。まぁ、俺がこれだけ適当になるくらい、お前も適当でいいってことだよ。大丈夫、お前ならいけるさ」


 なんか言いくるめられた気がするけど、まあ気にしないでおこう。


 キーンコーンカーンコーン、と昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。


「ああもう、七罪なつみに会えなかったじゃねえか」


「はっ、残念だったなシスコン」


 神志那が鼻を鳴らして、七宮の肩を叩いた。


「ま、南々瀬の頼みはなんだかんだ断れないし、別にいいけどな。いつでも俺を頼ってくれ」


「お前今日頼れる部分あった?」


 こいつは相変わらずの思考回路だった。


「今日は付き合ってもらって悪かったな。助かった」


「おう、気張れよ南々瀬ー」


 神志那が手を振りながら教室に入って行った。


「応援してるぞ、南々瀬」


 七宮がサムズアップして笑顔で去る。

 すると、残された濃野が俺の目を見据えて、


「トッキー、心配すんなよ」


「してないしてない」


「嘘つけ。心臓バクバクしてんだろ」


「ばれたか……」


「今日やれよ。明日とかに引き伸ばすと、………ま、とにかくやるなら今日な。じゃ」


 それだけ言って濃野もその場を去った。濃野の言葉には何処か含みがあったが、それが何かは俺には分からなかった。

 逢奈のプライバシーに、関わるので彼らには言わなかったが、俺が気にしていたのは、逢奈は告白を断って中学校時代にいじめられ、自殺まで追い込まれたということだ。それを聞いておいて告白をするのは、心苦しい。

 本当だったら、逢奈を護るためにも進んでしたくはない。

 でも、この思いが今にも溢れ出してしまいそうで、止まらないんだ。好きで好きで堪らないんだ。

 俺は拳をぎゅっと握って、覚悟を決めた。


「よし、今日、……やるか」





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 結局、全部口頭で言うことにした。

 手紙なんて今更逆に恥ずかしいし、ラインで言うのも、やっぱりダサい。

 やるなら、直球だよな。うん。


 放課後、生徒会の活動が終わった後に一緒に帰ろうと言った。いつも一緒に帰ってはいたのだが、その日は改まって言いたくて仕方がなかったのだ。

 電車内では俺が緊張しすぎていつもの三分の一くらいしか会話が出来なかった。

 最近は逢奈の降りる駅で自分も降りて、逢奈を家まで送り、自宅に帰っている。確かに、言われてみれば既に彼氏みたいなことをしていたのかもしれない。

 ただ勘違いしないで欲しいのは俺は彼氏面をしたくて逢奈を送っていたのではない。


 時を巻き戻すことは、出来ないから。


 だから、今更あの頃の逢奈を救けることは出来ない。

 大事なのは今と、これからだ。

 逢奈を今まで護れなかった分、その代わり今の逢奈を護ろうと、───護り尽くそうとあの時、決めたのだ。


「夕焼け綺麗だねー」


「この時期になるとな」


「川とかオレンジ色に反射してるのもうなんか、自然の奇跡じゃんね」


「な」


 なぜかいつもより会話が弾まないな。何でだろうか。その答えは単純だろう。俺が身構えているからだ。その時を。その時が来るのを。

 その時、ってどの時だ。いつ、告白すればいいんだ、これ。やっぱ、明日でいいかな。明日も逢奈とは会えるし。

 そこで濃野の科白セリフを思い出した。

 そうだ。やるなら、今日、この日だ。

 じゃないと、その分ずっともやもやしたままだ。

 よし、いくぞ。


「「あのさ」」


 えええええええええええ。なんでそこでハモるんだよ、なぁ。奇跡か? 奇跡だな、もう。


「な、なに?」


「いや、南々瀬の方先でいいよ」


「いや逢奈のを聞いてからにするわ」


「あの、ね……」


 アイナが、───いや、逢奈がゆっくりと口を開いた。


「私のやつ、結構大事な話、というか大事なコトだから、あとで、いい?」


 逢奈が頬を染めながら、大事にひとつひとつ単語を選ぶように言葉を紡いだ。

 まさか。逢奈も、言おうとしてるのか。

 どんなミラクルだよ。奇跡だらけの俺らに相応しいというか、なんというか。


「じゃあ、俺から言うよ」


 俺は足を止めて、夕陽を背にして、震える足を抑えて、何とか、それを声に出した。


「ずっと前から───」


 いや、違うな。

 逢奈を初めて見たあの時、俺は一目惚れしたんだ。


「────出会った時から好きでした。俺と、付き合って下さい」


 逢奈は少し泣きそうで、そして嬉しそうな笑顔で、俺の差し出した手を、掴んで─────

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