第24話 蹉跌の涙と君の体温



「うおおお〜〜。くっそ楽だなこれ」


「山の中だと高低差があって使えなかったが、荒野を走るのには最適だな」


「風気持ち〜」


「俺にも感謝してくれよ。加工したのは俺だ」


「わーってるよ。シメオン、サンキュな〜」


「……わっ、……ゆ、揺れが………」


 大木を加工した大きなソリのような、謎の乗り物を造り、それに《王命クエスト》で命令し、荒野を走らせていた。

 目指すのは遥か北西、魔帝国マギアだ。

 魔人が地面に描いた地図を羊皮紙に書き写してから、フョードル達はその場を離れた。

 ガランティア連邦王国の魔人とは対話すら不可能だと感じたフョードル達はひたすら西に向かうことにした。魔帝国というにはそこに魔皇がいるのでは、という結論になったのだ。魔帝国、と大層な名前を称されているにもその領土は連邦王国の半分もないのが気掛かりになった。

 そのマギアという国に辿り着くのを目標として、今はただそこに向かっている。

 使役していたゴブリン達は《王命クエスト》を解除してあの場に置いてきた。魔人の死体を使うのも倫理的に受け付けなかったのでやめた。なんか呪われそうだし、夢にでも出たらちびりそうだし。


「レティシア、地図渡してくれないか?」


「えっ、ああ、いいわよ」


 レティシアがジークに地図を手渡す。風で飛ばされないか心配になるが、それは要らぬ心配だったようだ。


「ううむ。今更遅いが、もう少しでもいいから情報が欲しかったな」


「この地図ざっくり過ぎて全然分かんないよな」


「はいはい。すみませんねー。次魔人見つけたらとっ捕まえてやるからそれで勘弁な」


「もうそれかんっぺきに悪党じゃないの」


「何言ってんだレティ。俺様は〈支配〉の勇者様だぜ? 支配に正義も悪もねえ。そこにあるのは己の意志のみ、ってな」


「いや意味不明だから」


「お前にはちと早すぎたか。いやあ、わりいな」


「イラッ」


 レティシアがフョードルを足蹴にする。


「一度北に行って各国を見て回ってもいいんじゃないか?」


 その様子を無視してシメオンが進行方向に目をやりながら言った。


「まあ、それもありっちゃありだ」


 魔帝国マギアの東には、十ヶ国近くの国が存在する。そこを見て回って居住区を決めてももちろんいいだろう。


「私も、そっちの方が……いいと思う、かも」


「んじゃ、進路変えるか〜」


「ってちょっとフョードル、そんな簡単に変えちゃっていいの?」


「別にいいだろ、適当でさ。俺らにはこれといった目的もねえんだ。気楽に行こうぜ」


「はあ、アンタ……、……その考えが羨ましいわ、ほんと」


 レティシアが溜息混じりにぼやく。


「まあ、……いいんじゃないかな。なんだか、私たちっぽいし」


 珍しくセルカが意見を言う。


「だな」


 フョードルがにっと笑った。


 彼らには記憶が無い。

 しかし、意思がある。心がある。魂がある。

 そして、今がある。


 風に揺られて、大地を駆けて。


 想いを乗せて、彼らは何処へ行く。





          ◇◇◇





 白い雪、銀色の街。灰色の街道。

 人通りが少ない訳では無いが、どうしても寂しい印象を受けてしまうのは確かだ。

 そんなことを考えながらも道を歩いていると、見知った奴らと出くわした。


「わー、エヴァたちだー。やっほー」


 ニコがぴょんと飛び跳ねてエヴァ、ミカエル、スクードに手を振った。こんな時に元気なヤツだ、としみじみ思う。


「ノウトの手がかりあった?」


「いや、一切ないね。おそらく、───いや絶対、もうロークラントにはいないと思う」


 ミカエルが愛想笑いをする。その笑みには確かに憂いを帯びたものがあった。そんなミカエルの左手人差し指をぎゅっと握っているのは、これまた陰鬱な顔で、今にも倒れ込みそうな少女、エヴァだった。彼女も仲間を──カンナとマシロを失った犠牲者の一人だ。エヴァはカンナらを失ったのち、喋ることをやめてしまった。暗い、暗い絶望に伏しているのだろう。

 これも、全部、ノウトのせいだ。あいつが、あいつがパティさえも───

 怒りが炎と化して体中の穴という穴から吹き出しそうだ。


「カミル達は……これからどうするんすか?」


 スクードが虚無に染まった瞳でカミルを見据えた。


「僕達は一晩この街に留まろうと思っています。ノウトがまだこの街にいる可能性はゼロパーセントではないですし、この街の安全を守るためにも、今はここにいた方がいいかと」


「……そうっすか」


「スクード達は───」


「俺らは、…………」


 カミルが言い終えるより前にスクードがその言葉を遮った。


「……魔人領に向かうつもりっす」


「………三人で?」


「そうっすけど」


 ジルの質問に、さとも当然のように答えた。


「三人でも、俺らは強いですし、………魔皇も、倒せるはず。なにより、───」


 スクードは一度、奥歯を噛み締めるように噤んでから、口を開いた。


「記憶を取り戻したいんすよ。いるはずの家族に会いたくて、仕方がなくって……」


 その言葉にここにいる全員が言葉を失った。

 家族。

 親のいない人間なんて存在しない。

 記憶があれば、記憶が戻れば、家族のもとに帰ってそのまま生活出来る。

 魔皇を倒すことに、これ程までに魅入られている人間を、ダーシュは今まで見たことがなかった。

 魔皇を倒せば記憶を戻すと言われて旅立った勇者たち。記憶なんて曖昧で抽象的なもの欲しいと思ったことはなかった。パティがいればそれでいいと思っていたからだ。


「そう……。それなら、私は止めないわ」


 ジルは目線を下に向けてスクードにそう返した。スクードは少しだけ微笑んで、後ろにミカエルとエヴァを連れて歩き出した。


「ミカエル、お前は……」


 ダーシュの言葉にミカエルが足を止めた。


「お前は、それで……いいのか?」


「………」


 ミカエルはゆっくりと振り返って、ダーシュの顔を見た。


「いいんだ。……カンナとマシロを失った今の僕は、………この世界にこれ以上耐えられそうもないから」


 唇は笑おうと努力していたが、目はそれに対抗していた。


「………そうか」


 ミカエルが貼り付けられたような微笑みを見せて、スクード達のあとを追った。

 見ると、ニコがエヴァをぎゅっ、と抱き締めていた。それをエヴァは優しく振りほどいて、その場を去っていった。

 そこに取り残されたダーシュ達の心にずしりと重い何かがのしかかる。


「ボクらは、…………」


 ニコが泣きそうな顔で、無理やり笑顔を取り繕った。そして言葉を紡ぐ。


「精一杯、生きようね」


「ええ」「はい」


 ジルとカミルが頷き、


「……ああ」


 ダーシュも然と応えた。


 心の中は、相変わらず空っぽだ。

 その空っぽの心に虚無だけが注がれている。

 彼女がいない世界に意味なんてない。

 彼女のいない世界はずっと灰色に見える。

 仇を討ちたいとは思っていても、そんなことしても意味なんかないんじゃ、と心の何処かでは思っている。死んでしまえば、この苦しさからは解放されるだろう。

 ────だが、生きることを諦めるのは、彼女の意思を無下にすることに他ならない。

 それに気付かされた。

 生きなければ。

 俺達はただ生きなければいけないんだ。





          ◇◇◇





 潮風が彼女の髪を揺らした。

 視線を遠くへと向けると、すぐそこには海が広がっていた。彼女は遠く、遠くへとその空色の瞳で思いを馳せている。

 彼はそんな彼女の背中に、声を掛けた。


「リア」


 彼女がその声に振り向く。


「ノウトくん」


 彼は彼女の隣に立った。


「海、綺麗だな」


「うん。なんでだろ。同じ海なのに、フリュードで見たのとは違って見える」


「どっちがいい?」


「どっちも」


 リアはそう言っていたずらっぽく笑った。

 海の手前側、バルコニーのすぐ下には城下町が広がっていた。昼だからだろう。人々がひしめいているのがここからでも見て分かった。ヴェロアの努力が、この城下町を見るだけで胸が熱くなるくらいに感じ取れる。

 すると、突然リアが手を伸ばして、


「えいっ」


「うおっ!?」


 ノウトの頭の上に何かを被せた。手を頭の上に上げて確認すると、それが角付きのカチューシャということが分かった。


「ノウトくん、かわいい……」


「そこはカッコイイって言ってくれよ」


「じゃあかっこいい」


「じゃあ、ってなんだ」


「ふふっ」


 リアは楽しそうに笑った。そんな彼女の姿を見ていたらこっちも笑みが零れてくる。

 そして、彼女は海を見ながら、


「ここまで、長かったね」


「長かったような、短かったような、よく分かんないけどな」


「ふふっ。そうだね。色々あったけど、まだあの部屋で目覚めてから五日目だしね」


 リアはノウトの目をしっかりと見て言った。


「無事に辿り着けて良かったね。ノウトくん」


「ああ。ほんとうに、…………」


 思い返せば、数え切れないほど色々なことがあった。

 最初の夜、リアにノウトの目的がバレた時はどうなることかと思った。

 その時の彼女が、今こうして魔皇城のバルコニーで肩を並べているなんて、あの頃は想像も出来なかった。


「………今思えば、リアには随分助けられたよな、俺」


「どうしたの、急に」


「リアが居なけりゃ、俺は多くの勇者を殺していた。それに、その過程で俺自身が殺されていたかもしれない。いや、確実に殺されていた」


 ノウトは何度だってリアに助けられた。

 フェイとの戦いではリアが居なければ絶対に勝つことは出来なかっただろう。ヴェロアと、そしてリアのサポートがあって、ノウトは今この場にいる。


「ありがとう、リア。ここまで連れて来てくれて」


 リアはノウトを見て、優しく微笑んだ。


「どういたしまして」


 その笑顔に思わず、目頭が熱くなる。涙が溢れそうになるのを必死に抑えるように、ノウトは蒼穹を仰いだ。


「もしかしてノウトくん、泣きそう?」


「そんなわけないだろ。誰が泣くか」


「うっそぉ〜?」


 リアはあどけなく笑った。


「ほんとうだってば」


「わたし、ノウトくんの泣いてる所も好きなんだけどな〜」


「いやどういうことだよ……」


「ふふっ」


 リアはノウトの質問を笑ってはぐらかした。

 リアのペースにいつも通り巻き込まれるノウトだったが、一つ、目的を思い出した。


「リア。そろそろ城下町一緒に行かないか?」


 ノウトがリアの横顔を見て、そう提案すると、


「………もうちょっと、いい?」


 リアは依然として海を見下ろしていた。何か面白いものでもあるのだろうか。


「何か、あるのか?」


「もう少しだけ、……こうしてたくて」


 その横顔が太陽に反射して、いつもより煌めいて見えた。そして、ノウトはその隣で一緒になって海を眺め始めた。

 あと三時間後にはノウトはメフィによって記憶が元に戻される。今の記憶のないノウトが居られるのは今、この時だけだ。

 ヴェロアは、記憶は魂だと、そう言っていた。

 それならば、ノウトが記憶を戻してしまえば、今ある記憶に上塗りしてしまえば、今のノウトは死んでしまう、ということなのかもしれない。

 それがなんだか、恐ろしい────というよりは寂しくて。切なくて。

 記憶のないリアよりも、遠いところに行ってしまうような、そんな気がした。

 ふと、隣を見ると、泣いているリアの横顔がそこにはあった。


「リア………?」


「どうして、………」


 初めて見せるリアの泣き顔。

 リアの涙は次第に大粒になっていく。


「………どうして、わたし、……泣いてるんだろう………」


 リアは手でそれを拭う。


「………どうして、わたし、こんな気持ちに………なってるんだろう………」


 宝石のように煌めく雫を零して、零していく。


「………どうして、こんなに、切ないんだろう………」


 その透き通るような玲瓏の声は、次第に潤み声になっていった。


「………どうして、何も、思い出せないんだろう………」


 そして、リアはノウトの瞳を見つめて、


「……どうして、………君を見てると………こんなにも、……胸がざわつくんだろう………」


 涙を流しながら、微笑んでみせる。その笑顔はいつものリアの物のはずなのに、とても眩しくて、とても儚くて、とても愛しくて───


「………君に触れていると、あったかくて、どきどきして、ぽかぽかして、……なんかへん、なんだ………」


 リアはノウトの手を取って、


「………ねえ、ノウトくん、……なんでだと、思う……?」


 一筋の涙を零し、微笑みながら、その答えを無垢な瞳で求めた。





          ◇◇◇





「……俺、目良くね?」


 ベッドに大の字になって寝っ転がっているナナセは意味もなくそう口に出した。その言葉に真意はなかった。今、視界を覆う真っ白なその天井の隅に染みをひとつ見つけた。だからどうなんだ、という話ではある。

 男女別で部屋を分けた為、この多人数で泊まることを目的としたこの部屋はナナセにとって大き過ぎた。

 街を回って集めた情報はノウトがロークラントにはいないということ。それに、この日の六時頃にはここロークラントに確実にノウトがいたということだけだ。

 どこに行ったか、今何をしているのか、それらは分からないが、まあ、なんの手掛かりも得ないよりは全然マシだろう。マシ……だよな?

 フウカ達と約束していた正午まではあと12分近くだ。それまでは頭の中を整理したり、スクロールにメモを書いたりと、時間を潰すことにしていた。

 一人だと、なんか……寂しいな、なんて思ってしまう。

 そんな折だった。部屋の扉がコンコン、と軽くノックされる。

 ナナセは起き上がってそこまで歩き、扉を開けた。

 そこにいたのは───


「アイナ、どした?」


「いや、………ちょっとね」


 ほの暗い廊下に立っているアイナは歯切れ悪く言った。アイナらしくないな、ナナセはそう思った。


「ちょっと、なに?」


「その、……笑わないで、聞いてくれる?」


「え、ああ、うん」


 その言葉に何故かドキドキしてしまう。アイナは何を言うんだろう。その先の言葉を聞きたいような、聞きたくないような、不思議な感覚に囚われる。

 何かを決心したかのように、頬を染めながら、アイナは重い唇を開いた。


「一人だと、………その…………寂しくって」


 俯きがちに彼女は言った。そして、ばっと、顔を上げて、ぱたぱたと手を動かし、


「待って、訂正。一人だと怖いからに変える」


「ぷっ」


「ちょっと! 笑わないでって言ったじゃん!」


「あはははははっ!」


 ナナセは心の底から笑った。以来こんなに笑ったのは初めてだろう。それくらいに笑った。腹を抱えて笑った。


「なに!? もう! 怒るよ!」


「ゴメンゴメン! 待って! い、いや。だってさ」


 ナナセも、ついさっき同じことを思っていたから、そのシンクロ具合に思わず笑ってしまった。

 でも、ここでナナセが「一人だと寂しかったから」、なんて言うのは、男のプライドとしてどうなのだろう。女の子は幻滅してしまうのではないだろうか。

 そんな思いがナナセの中を縦横無尽に動き回り、そして口に出たのは、


「アイナが凄い可愛くって」


「へ?」


「…………………あれ?」


 紅潮した頬を更に赤くするアイナ。自分で何を言ったのか思い出そうとするナナセ。


「待って待って。俺今なんて言った……? 訂正するわ───いやでもアイナは可愛いから訂正は出来なくって」


「な、な、な………」


 混乱して何を声に出して、何を声に出してないのか分からなくなるナナセと壊れたおもちゃのようになるアイナ。

 その場をカオスが支配していた。


「…………ばか」


 アイナがナナセの肩をぽんっと軽く叩いて、部屋に入ってくる。

 事態が収束したのかよく分からないが、なんとかその場は収まったらしい。部屋に入ってきたアイナはそのまま歩いていき、ベッドに腰掛けた。

 その隣に座る覚悟がなかったナナセはベッドの隣にある椅子に腰を掛けた。

 二人の間になんとも言えない空気が流れる。

 ナナセはこの気まずい空気をなんとかしようと、口を開いた。


「「あのさ」」


 それと同時にアイナがハモってきてしまう。

 かああっと頬を紅潮させるナナセとアイナ。

 そして、顔を合わせて、


「「ぷっ……」」


 盛大に吹き出した。


「「あはははははっ!!」」


 ひーっ、ひーっ、と腹を抱えて二人揃って爆笑する。

 どれくらい笑っていただろう。

 からこんなに笑ったのは初めてだ。さっきの今でいきなり記録を更新してしまった。

 二人はひとしきり笑ってから、


「はー、笑い過ぎてお腹いたい」


「俺も俺も」


「なんかさ」


「うん」


「笑ってたら、何言おうとしてたか忘れちゃった」


「それな」


「笑い疲れちゃった」


「いや笑い過ぎだろ」


「ナナセもでしょ」


「まあな」


「ふふふ」


 アイナは可愛らしい笑顔で笑った。


「あ〜あ、」


 アイナはナナセから目線を外して、天井を仰いで言った。


「みんなとも……こうして笑ってたいなぁ」


 その叶うことのない願いに、ナナセは、


「……な」


 曖昧に頷くほかなかった。

 失った人は戻らない。

 居なくなった人が回帰することは、絶対に有り得ない。

 大切な人を失った者は、その心に虚無が潜む。その虚無を埋めることは、出来ないだろう。───でも、埋めることは出来なくても、補うことは出来る。

 こうして仲間と笑い合える。でもそれは仲間の死を忘れたということではなくて、それを乗り越えようと、頑張って、踏ん張って、足を踏み出して、歩き出して。

 それで、俺達は笑うんだ。



 ゴオオオオオオン、と正午を告げる鐘が鳴る。



「ヴェティたち来ないね」


 正午にはここに集合する予定だったが、それを今過ぎてしまった。


「ああ。何か、あったんかな」


「分かんない」


 アイナは微笑みながら首を傾げた。

 そして、小さな声で、


「………ねえ」


「ん?」


「なんか、暑くない?」


「へ、いや、寒いくらいだけど」


「いや、暑いっていうか、もう……、あ、れ………」


 突然、彼女は崩れるように床に倒れた。


「あ゛っづ……い」


「あ、アイ、ナ……?」


「あああっッ!!!」


 彼女は叫ぶ。


「あああ゛あああッッ!!」


 踠く。苦しむ。焼ける。焼ける。焼ける。

 ああ。あああ。

 ナナセの口から声にならない声が漏れた。


「あっ、づいい、あっ、ああああああッッ!!!! や、あああああああ゛ああああああああッッッッ!!!」


 ナナセは彼女のもとへと近付き、触れようとした。


「つッッ……!!」


 熱い。彼女の身に炎が宿ったように、灼熱の炎の中にいるように熱い。炎は目視できない。それなのに、焼けるように熱い。

 なんだよ、………。これ。


「なん……なんだよ……」


 彼女は劈くような悲鳴を上げる。

 その眼から零れ落ちる涙は昇華した。

 どうして、どうして、どうして。

 さっきまで、馬鹿みたいに笑い合って、………。

 ここからだろ。ここから、………俺達は前に進んで行こうとしていたんだ。

 それなのに、いつだって、………運命は俺の邪魔をする。


「ふざけるな………」


 俺の理想を壊すように、運命は嘲笑う。


「ふざけるなよッッッッ!!!!」


 俺は《永劫アイオーン》での時を止めた。

 俺を含めた世界が呼吸を止めるように、静止した。

 世界を止めているから、もちろん俺自身も動けない。

 だが、この一瞬だけは、この世界で、俺しか意識がない。

 思考だけが加速していく。



 光を超えて、切り刻まれた思考がこの刹那に、須臾に流れ込む。



 考えろ、考えろ、考えろ。



 どうしたら、アイナを救けられる。どうしたら彼女を救える。どうしたら────



 頭が割れそうなほどの頭痛が始まった。



 痛い。痛い。

 頭に、ナイフを突き刺されているようだ。


 《永劫アイオーン》の制限時間が訪れてるんだ。くそ。やっぱり役に立たない能力だ。制限時間が短いにも程がある。

 このまま《永劫アイオーン》が解けてしまったら、アイナは救けられない。それは駄目だ。まだ、まだだ。



 限界を超えろ。


 一瞬を超えろ。


 時を超えろ。


 時を切り刻め。


 刻め。刻め。



 止まれ。



 アイナに《永劫アイオーン》を使っても、延命しか出来ない。救けることは、出来ないんだ。今俺に出来るのは時を止めること、それだけだ。時を止めることで何が出来る。何が。何かが。



 頭痛は、……酷くなるばかりだ。

 頭のてっぺんに刺さったナイフが口内にまで届いたような、そんな痛さ。

 ───でも、そんな痛み関係ない。

 このままだと……アイナが、死んでしまう。

 いやだ。いやだ。

 俺が、アイナを護るって決めたのに。

 ああ。

 これ以上、俺から奪わないでくれ。

 お願いだから、俺からこれ以上────









 ─────頭痛が限界を超えたと同時に、










 ────────世界が、












 ──────────暗転した。






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