第19話 息をすることさえ忘れてしまうほど




「……なぁ、アルバート」


「どうした?」


「アルバートはさ。なんでそんなに……一生懸命になれるんだ?」


「ははっ、なんだよその質問は」


 彼は俺の横を歩きながら話す。


「そうだなぁ。改めて聞かれると困るんだが、まぁ一番は───」


 アルバートは一瞬だけ間を開けて、


「お前達と一緒にさ、何か成し遂げたいんだよ」


 彼はにっと笑った。

 その横顔が俺にとってはただただ、眩しかった。俺にはそんな爽やかな気持ちなんてない。

 俺はへたれだ。俺は臆病だ。

 俺はただ、アルバートがこう言っているから彼の背中に着いていっているだけだ。本当はずっと寝床で横になって、息だけをしていたい。

 いや、違うか。俺は、一目惚れした彼女と一緒にいたいだけだ。引かれるかもしれない。嫌われるかもしれない。

 そんな心境でなかなか心の内を話せない。アルバートに相談しようかな、なんて少しだけ思ってしまう。そんな自分が嫌いになる。アルバートに頼りっきりだ、俺は。




          ◇◇◇




 アルバートをリーダーとした勇者の一団はフリュードを出てすぐに〈封魔結界〉へと辿り着いた。テオの〈力〉の能力やフウカの〈風〉の能力など様々な勇者の能力を使えばそこには一瞬で辿り着くことが出来た。

〈封魔結界〉は果てしない壁だった。向こう側を見ることが出来ないくらい密度の高い金色の霧みたいな感じだ。アルバートを先頭にナナセ達勇者は〈封魔結界〉の中を進んで行った。歩いていて不安になるくらいには封魔結界の中を歩いていた気がする。

 徐々に視界が開けてきて、光が差し込んできた。その瞬間だった。

 大きな音と共に強い衝撃が辺りを穿った。


「クソっ……! やはり罠が仕掛けられてあったか……!」


 アルバートは言った。〈封魔結界〉を通ったところで爆発するような何かが仕掛けられていたのだ。

 この爆発で勇者が三人程命を落とした。ナナセは涙した。


「こんなことをしてくるとはな……。お前達の仇は必ず……。魔皇、確実にその息の根を止めてやるからな」


 アルバートはナナセの前で呟いた。

 誰かが〈封魔結界〉の前で騒いでいた。その騒ぎを聞くとどうやら、〈封魔結界〉を通ることが出来ないとのことだった。

 ナナセも他のものと同様に〈封魔結界〉に触れようとするとバチッと痛みが身体に走り、通ることが出来なくなっているのが確かに実感出来た。


「魔皇を討ち倒せば〈封魔結界〉も通れるようになるだろ。当然の話さ。人間領に戻るのは魔皇を倒してから、ということだろうな」


 アルバートが精悍な顔つきでそう言うと、突然足元が揺らぐような感覚に陥り─────




          ◇◇◇




「はぁっ………! …………はぁっ……ッ!」


 ナナセは飛び上がるように眠りから目を覚ました。

 心音が耳の奥で鳴っていて煩い。

 思わず胸に触れると、自分の鼓動の速さに我ながら驚いた。深呼吸をして鼓動を整える。


「………今のって………マジ………?」


 ナナセは夢を見ることで一周前の世界の記憶を思い出すことが出来る。

 さっきも夢の中で一周前の世界のことを見ていた。前回の続きだ。全てのことをいっぺんに思い出すことは出来ないらしい。少しづつだが、ナナセの頭の奥から記憶がサルベージされていく。


「アイナ達に伝えないと、だよな」


 今回の夢は、にわかには信じられない内容だった。

 ここまでくると仲間に言っても信じてもらえないかもしれない。いや、俺の方が信じなくてどうする。信じてもらうには、こっちがまず信じないと、ダメだろ。


 ナナセはベッドから起き上がって、隣の部屋へと向かった。扉をノックすると「どうぞ〜」とフウカの声がしたのでがちゃりと扉を開けて部屋に入る。軽い流れでサラッと部屋に入っているが、アイナ達が寝てる部屋なんだよな。ちょっとだけドキドキしてしまう。

 部屋の中心に構える天蓋付きの巨大ベッド。

 それに腰掛けるようにフウカが座っていた。


「おはようございます」


「お、おはよう」


 なぜナナセがキョドりながら言ったのかというと、その答えは目の前に広がる光景にあった。アイナとヴェティとシャルロットが寝巻き姿で寝ていた。

 そう、ベッドでアイナがまだ寝ていたんだ。なんか、それがすげぇかわいくて、なんか、もうやばかった。ナナセはその寝顔から目を離せなくなっていた。

 やべぇ、というか、ヤバイ。

 まず、寝巻きだ。おそらくシャルロットが〈神技スキル〉で作ってくれたのだろう。これだけでやばい。

 そして、ちらりとへそが見えていた。これが本当にやばかった。天国かな。

 アイナは今までフリュードでも道中の野営でも男と一緒の部屋で寝たくない、と断固として寝姿を見せていなかった。それを今、不本意ながら、決して意図せず、本当に考えもせずにナナセは見てしまった。マジで見たいと思って見たわけじゃないから。見たいとは思ってたけど、そのためにこの部屋に来た訳じゃないんだよ、うん。

 今目を離せば、この眼福な光景は一生見れないような気がして、目に焼き付けるようにアイナの姿に見入ってしまった。


「ナナセ? どうしたんですか?」


「うへぇっ!? い、いや!? なんでも!? ないけど!?」


 違う世界へとトリップしていたナナセをフウカが呼び戻す。その結果、ナナセは動転しながらも否定するという最悪の行動を取ってしまった。


「何も無いならいいですけど」


 幸い、フウカが純粋でピュアだったのでナナセの邪な思考は読み取られなかったが、その後でさらに災難が起きてしまう。

 アイナが目を擦りながらむくりと起き上がったのだ。おそらく、ナナセの大声───というか奇声で起きてしまったのだろう。

 ナナセとばっちり目が合うアイナ。


「……ぅへ?」


「お、おはようございます」


 アイナは数秒硬直したあと、


「な、な、なんでナナセが……いるの!?」


「ご、ゴメン……!」


 何か暴力を振るわれるかと思い目を瞑っていると、特に何も無く、おそるおそる目を開ける。アイナは枕で顔を隠しながら、


「い、一回出て」


「わ、分かった」


 ナナセはさっと、その部屋から飛び出して扉をばたんと閉めた。なんか、アイナの様子、変だったな。なんでだろうか。女の子の考えていることはよく分からないな、うん。

 ナナセは時間が惜しいと思い、自分の部屋へと戻って身支度を済ませた。

 その後、家から出て、外で彼女らを待っていた。

 外から家を見ると、改めてシャルロットの能力の凄さが分かる。こんな複雑で大きいものをあんな一瞬で作っちゃうんだもんな……。

 自分の〈神技スキル〉のしょぼさが情けなくなる。使い勝手が悪過ぎるんだよなぁ、俺のやつ。

 試しに、落ちている石ころを拾い上げて、《永劫アイオーン》を使ってみる。石ころから手を離しても、それは空中に貼り付けられたように宙に浮いていた。それに足をかけてみると宙に貼り付けられた石ころはびくともしない。これを使えばなんか上手いことできそうだけどなぁ。

 でも、どう考えてもアイナの瞬間移動能力やシャルロットの何でも作り出す能力とかと比べると些か微妙としか言えない。


「いろいろ残念すぎるんだよ、俺の〈神技スキル〉さんは……」


 ちなみに、ナナセの《永劫アイオーン》はの時も止めることが出来る。

 時を止める能力と聞いて、これを試さないわけがない。

 しかし、世界の時を止めたところで世界の中には自分も含まれているわけで自分の時も止まってしまう。

 ただ意識だけはあって、動くことは出来ないけど、周りの時間は止まっている、みたいな感じだ。

 止まっている時の中で自分が動けるなんておかしな話だから当然ではある。

 まぁ、これはなかなか使えると思っている。例えば、相手よりも長く思考することが出来るし、反射速度もこれで補える。

 ただ、どうしても火力というか、破壊力はない。

 仮にだが、ナナセとアイナが真剣に戦った場合、ナナセがどれだけ《永劫アイオーン》で世界を止めて思考する時間を稼いでも、アイナの《空断フギト》で一瞬でケリがついてしまう。

 いや、これは比較対象が悪いか。アイナは正直最強だ。

 視界に映るどんなものでもバラバラにできるし、自分もどこにでも飛べる。ただ使ってる本人が方向音痴で、それに中身はただの女の子っていうのが問題なだけで、その能力は勇者の中でも一番強いのでは、とナナセはそう思っている。

 《永劫アイオーン》の制限時間が訪れ、宙に浮いた石ころがぽとりと地面に落ちると、そのタイミングで木造の家からアイナ達が出てきた。

 アイナと目が合った瞬間に目を逸らしてしまうナナセ。うわあ何やってんの俺。特に引け目とかないだろ。


「その……」


 すると、アイナが先に口火を切って話し始めた。


「さっきは取り乱して、ごめん」


「いや、俺の方こそ……アイナに許可取らないで部屋に入って悪かった」


 謝り合うナナセとアイナ。空気は最悪だった。気まずいにも程がある。


「それで」


 シャルロットが微妙な空気にぴしゃりと終幕を閉ざすように口を開いた。


「ナナセが伝えようとしてたことはなんなのかしら」


「あっ、それね」


 アイナに怒られかけたのが少しショックだったので頭からすっかり抜け落ちていた。

 ナナセは彼女らに自らが見た夢のことを話した。封魔結界を通ったら戻れないということ。それに罠が仕掛けられている、ということだ。


「行ったら、戻れない……ってこと?」


「そういうこと、だと思う。アルバートは──」


 ナナセは「えっと、そのアルバートってのは一周前にいたやつの事な」と補足した。ちゃんとした説明にはなってないし、分かって貰えるとは思っていない。だけどこれ以外どう説明すればいいのか、ナナセには分からなかった。

 今はただ自分を信じて着いてきてもらうしかない。


「そう、それでアルバートは魔皇を倒せば封魔結界が通れるようになるとか言ったんだ。まぁ、確信はないけど」


「そうね。それは信憑性が高いと言ってもいいかもしれない」


 シャルロットがナナセの目を見て言った。


「そもそも一方通行じゃなかったら〈封魔結界〉がある意味がないしね」


「確かに、それもそうですね。そうじゃなかったら魔人も自由に行き来できることになっちゃいますし」


「でも、魔皇を倒してその首を持ってこい〜なんて言ってたのに帰れないのって、ちょっと酷くない?」


「そこは、まぁ倒したら戻れるようになる、とか信じるしかないだろ」


「それもそうだけどさ……」


 アイナはまだ納得がいってないみたいだ。


「まぁ、俺達の目標は魔皇を倒すことじゃないしさ。今はそれは気にしないでいいんじゃないかな」


「そうですね」


「そうかなぁ……」


「それよりも〈封魔結界〉を通った先に起爆する罠が仕掛けられている方が気掛かりね」


「それなんだよなぁ。俺の記憶だと、結界を通ってすぐにドンッて感じだったからさ〜。いやぁどう対処すべきか」


「呑気に言ってる場合じゃないでしょ。それで死んじゃったらほんとに死んでも死にきれないし 」


 アイナの言う通り、そんな不意打ちの極みみたいな攻撃を受けて死ぬのは確かに嫌だ。


「……それも、あんまり……気にしないでいいんじゃない?」


 今まで黙って聞いていたヴェッタが突然声を発したのでナナセは泡を食った顔をしてしまった。


「そんなのあるなら、わたしたちより先にだれか結界をとおって発動させてるとおもう」


「それも、そうですね」


 ナナセ達一行は少し考えただけで他のパーティより余裕で出遅れていると推測できる。

 恐らく、他のパーティはみなロークラントには辿り着いていることはずだ。フョードル達とはここしばらく会ってないが、もうすでに〈封魔結界〉を通っているということも十二分に考えられる。

 それに、もしかしたら彼らが爆発する罠に既に掛かってしまったという可能性も───


「ヴェッタの言う通りね。今は考えても仕方ない情報だわ。とにかく今すべきことはノウトとリアに会うことなのだから」


 シャルロットが真面目な顔でそう言った。

 そうだ。今は彼らに会うことが一番だ。この世界の鍵を握っているであろうノウトに会う必要が、俺にはあるんだ。


「ゴメン。変な不安を与えるような情報しかなかった」


「いや、謝ることじゃないですよ。ナナセの話、とっても面白いですし」


 フウカの笑顔には癒されるが、いまいちフウカにはナナセの記憶の話が通じてないのではと不安になってしまう。

 まぁ、着いてきてくれるんならいいか。一人いるのといないのとじゃ安心感がやっぱり違う。


「それで、今日はこれからどうするの?」


 アイナがナナセに問う。そんな呑気に言ってる場合でもない状況なんだけど、こいつは分かっているのだろうか。


「とりあえず、ニールヴルトの都ロークラントに着きたいんだけど」


「ま、今日は任せてよ。あっという間に着けるからさ」


「それ昨日も言ってたからね」


「う、うっさいなぁ、もうっ」


 アイナが頬を膨らませて怒る。

 そこで唐突に変な笑い声が誰かの口から発せられた。


「くっふっふ……」


 その笑い声の主に皆の視線が集中する。

 突然、変な声で笑い出したのはフウカだった。


「いきなりどしたの?」


 アイナが心配そうな目でフウカを見る。頭大丈夫? みたいな温かい目だ。いやそれ温かくないか。


「じゃーん」


 そう言ってフウカは右手を前に突きだした。その手に握られていたのは、なんと方位磁針だった。


「フ、フウカ、これ」


「実は早起きして近くの村によってお借りしてきたんです」


「村って……」


「ちょっとそこを行ったところにあるんですよ。私は飛んで行ったのですぐ着けましたよ」


 フウカが薄い胸を張って自慢げな顔をする。


「ナイスだよ、フウカ! これさえあればいくら方向音痴のアイナでもすぐにロークラントに着ける……!」


「目の前に私いるんですけど!?」


「あっ、ああ、ゴメン」


「ふんっ。私が連れてくよりもフウカが私たちを連れてった方が早いかもしんないね」


 アイナが拗ねたようにそっぽを向いた。


「それは、多分出来ないですね。調整が難しいので、この人数だと一緒に飛ばすのは、難しいです。全員空中でばらばらになっちゃうかもしれないですね」


 そのばらばらはどういう意味なのか、と聞くのは怖くて出来なかった。〈風〉の勇者恐るべしだ。


「方角は分かったとして……」


「視界の開けたところに行かないとアイナの〈神技スキル〉は使えないのよね」


「そうなんだよね」


「分かったわ。任せて」


 シャルロットがそう言うと、彼女は立ち上がり、少し離れた場所に移動した。そして、両手を地面にかざして、瞬きをした次の瞬間、そこには石製の階段が生まれていた。


「周りの木よりも高い位置に行ければいいのよね? だったらこれでいいと思うけれど」


 その階段の頂点はは明らかに木よりも高かった。階段を登っていくシャルロットとそれに続くヴェッタ。


「す、すごいね。シャルロット」


「それな……」


 呆然とした様子でそれを眺めるナナセとアイナ。呆気にとられていると、フウカに催促されて彼らも階段を登り始めた。しばらく登っているとそこそこ高い位置まで上がっていて下を見下ろすのが少し怖かった。


「あれ? ナナセ、怖いの?」


「こ、こ、怖くねぇし」


「思いっきりビビってんじゃん」


 アイナがナナセの様子を見て笑った。正直、ナナセはそれに反抗する気力もない程にはビビっていた。

 水平線が見える位置にまで高くなったところで階段が止まり、踊り場……というか床が現れた。


「ここで私の《瞬空メメント》を使えってわけね」


「そういうこと」


 シャルロットは得意げに言った。


「西……だから、あっちの方だな。山見えるだろ? あそこら辺ね」


「分かった分かった。もうヘマしないから、任せて」


 すると、ヴェッタがアイナを見つめて無気力そうに言った。


「アイナ、がんばって」


 その表情はいつもと同じ何を考えているのか分からない顔だったが、少しだけ優しさを含んでいるような、そんな気がした。


「うへへ。ヴェティに言われたら頑張るしかないね。うん、頑張る」


 アイナは女性陣全員に包まれるように抱かれたあと、ナナセに向かって手を伸ばした。


「ほら」


「うい」


 ナナセは臆することなく、ぎゅっとアイナの手を握った。アイナは一瞬、びくっと身体を震わせたが、次の瞬間にはナナセに向かってにっと笑いかけていた。

 そして、皆の顔を見渡して、アイナは口を開いた。


「それじゃ、行くよ……っ!」






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〈創造〉の勇者


名前:シャルロット・ユニ=クリエイト

年齢:18歳

【〈神技スキル〉一覧】

目録アカシック》:過去に触れたことのあるものを作り出すこ

との出来る能力。

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