第46話 嗚呼、可憐な貴女に黙示録を



 白亜の街フリュードを見下ろす。どんなに高い建物よりも高い位置にノウト達はいた。

 周りを半透明な壁に囲まれているにも関わらず、風がここまで届いてくる。

 ここからはフリュードの全体を見下ろせる。

 刹那的永遠の静寂が訪れた。

 しかし、一瞬にしてそれは破られる。


「…………一人殺せば殺人者、百万人殺せば英雄ってね。ははっ」


 フェイがそう呟いたあと、地が揺れた。ノウト達のいる桟橋じゃない。本当の地が揺れてるんだ。こんなに遠くでも分かるくらいに、それが起きているのが分かる。

 大気が揺らぎ、大地が揺れる。

 建物が次々と倒壊している。

 ぐしゃぐしゃと紙を丸めるように街が崩壊していく。ノウトはそれから目を逸らしてフェイの眼前に存在する朧気に光る金色の壁を叩く。


「やめろフェイ!! おまえ、何やってんだよ、おい!! こんなこと、おかしいだろ!!」


「こんなのまだ序の口だよ」


 フェイが両手を更に上の位置に持っていく。

 すると、フリュードの上空に直径30メートル程の炎の球が突如生まれる。あたかも太陽のようだ。眩しくて軽く目を瞑る。ほぼ全ての建物が壊されたフリュードを強く照らしていた。

 ああ、なんだよ、これ。

 こんな真夜中ではほとんどの人が眠っていることだろう。そんな中、急にとてつもなく大きな地震が起きたんだ。

 この惨劇では人が何百と死んでもいてもおかしくない。これ以上何をしようというのか。

 その現実から目を逸らすようにノウトは半透明な壁を叩き続ける。

 上空に太陽の如く浮かぶ炎の球は一瞬、凝縮するように小さくなり、限界まで小さくなったところで弾けた。何個にも分裂した炎の球は街に落ちるとすぐに燃え広がった。街は炎の海に包まれた。

 人々の阿鼻叫喚がここまで聞こえる。

 悪夢だ。


「あっはははははははははは!! ハァ、どうだい、ノウト君、リアさん! これが、これこそがおれの求めていたものだよ! ずっっっと、我慢してきたんだよ、おれ。この世界に来てからさぁ! 出来るって分かってるのにやらないなんて、おかしいよね!? 初めて雪を見たら雪玉を作りたくなる、そんな気持ち、分かるだろ!? ねぇ!」


 腹を抱えてフェイは笑う。

 笑う。

 ナイフを初めて持ったやつがすぐにそれを使って人を殺そうと思うか?

 そんなわけないだろ。


『出来る』と『やる』は全く違う。


 何だか、俺も笑えてきた。


「は、ははは」


 床に転がるリアの頭を見る。

 当然、目を瞑ったままだ。

 リア、何で、こうなったんだろう。俺の何が悪かったんだろう。

 今、フェイに殺されてる彼等は何か悪いことをしたんだろうか。

 いや、してるわけない。誰も彼も善良な人達だっだ。そんな罪のない、人々を。何ら関係のない人々を。


「……お前、頭おかしいよ」


「はははっ。よく言われるなぁ。それ」


「……殺す。……殺してやる」


 無意味だと分かってても半透明な壁に拳を叩きつける。


 すると、拳に小さな水滴が落ちたことに気が付いた。

 見上げると、星々を覆い隠すかのように雲が広がっていた。

 雨だ、雨。

 ぽつり、ぽつりと雨が降り始めている。奇跡としかいいようがない。まさに神の御業だ。街の炎は徐々に鎮火され、雨は勢いを増していく。

 フェイは胸のあたりで手のひらを上にして呟く。


「これは……ヴェティかな。いいねいいね〜。これこそ勇者って感じだ」


 突然の豪雨によって火事は完全に収まった。

 あんなに炎は激しかったのに、それを消し去ってしまったんだ。その後、雨雲は何事もなかったかのように遠くへ流れていき星々がまた顔を見せる。


「ははっ、はっ、あはははははははは!!! もっと、おれを楽しませてくれよ!! なぁ!!!」


 フェイが叫び、左手を振り上げると、今度は街の上空に数え切れないほどの、透明な刃が浮かんでいた。

 あの無数の透明な刃は、おそらく氷だ。切っ先を街に向けて空に浮かぶ氷の刃。

 フェイが腕を振り下げると、それと同時に氷の刃が地に落下する。


「やめろ……っ!! ……もうやめろよ……!! フェイ!!」


「あははははははははっ!!! ───はっ?」


 しかし、氷の刃が街に辿り着く前に氷全てが消えてなくなった。いや、消えたんじゃない。溶けて蒸発したんだ。

 次の瞬間、凄まじい熱さの熱風を肌に感じる。火傷しない限界の熱さだ。喉が、乾く。

 フェイは笑みを浮かべたまま呟く。


をこんなに広範囲に使えるなんて有り得ないな……。なるほど、意志の力か。いや、違うな。これこそが力への意思ってやつなのかな。〈神技スキル〉がどんな蓋然性をも秘めてるのは事実みたいだ。はははっ。やっぱり面白いよ、こんな、こんなに面白いなんて。もう心残りはそんなにないかな、うん」


 フェイがそう言い切ると黄金の半透明な壁が目の前で消えた。

 その瞬間、身体がふわりと宙に浮く。


「!?」


「おっと、ガス欠みたいだね」


 自由落下するノウト達。

 リアが仄かな光を纏いながら身体を再生していく。頭から再生していたので服は着ていなかった。

 リアは目を開けると、


「えっ!? なにこれなにこれ!? 私落ちてる!! 落ちてるよ!!」


「リア!!!」


 空中に投げ出されたノウトはリアに手を伸ばした。リアもそれに呼応するように手を伸ばして掴み合う。良かった。やっぱりリアは不死身なんだ。生きててくれて、本当に良かった。

 ノウトはその身体を精一杯に抱いた。

 次の瞬間、海にどぼんと落ちる。

 そんなに深くはない。すぐに海の底に足がつき、リアの手を引っ張って砂浜に登る。

 両膝を地につけて、呼吸を整えてから、リアに上着を着せる。


「はぁ.........っ。はぁ......っ」


「ごほっ、ごほっ……。ノウトくん、何が、起きてるの……?」


「あいつが、フェイが街を、みんなを」


 ノウトはいつの間にか、泣いていた。

 海水でびしょ濡れになった頬を涙が上書きする。


「わかった、わかったから大丈夫だよ」


 リアはノウトの背に腕を回した。

 温かい。

 涙が更に溢れ出てくる。


「わぁお。やっぱり、いいね。君達。なんか違うよ、おれらとさ」


 背後に立つフェイはにやにやと笑みを浮かべながら浅瀬を歩いていた。不思議なことにその身体は海水で濡れていなかった。


「ブチ殺す」


 ノウトは立ち上がってフェイに向かって走り出し、手を伸ばす。《弑逆スレイ》をフェイに使ってやる。

 そんな思いとは裏腹にフェイは目の前で姿をぱっと消した。

 また駄目だった。何度目だろう。またしてもそれは失敗に終わった。

 やっぱり、俺の能力は弱いよ。触らなきゃだめなんて。フェイがやってることと比べたら、弱過ぎる。


「ノウト君の〈神技スキル〉やっぱり弱いなぁ。ナナセのもあんまり使えないけど君のは特に微妙だね」


 背後からフェイの声がする。振り返るとフェイが砂浜でスキップをしていた。


「なんで、俺の能力のことを……」


「おれは何でも知ってるって言っただろ? そういうことだよ、ははははっ」


 ノウトはもう一度、フェイを殺そうと駆ける。

 しかし、その一歩手前でフェイは目の前から消えて、気付いた時には背後に立っている。


「さぁ、二人とも。次のフェーズに行こうか」

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