第42話 勇者会議、白亜の街にて



 勇者によって貸し切られた宿のロビー。

 欄列されたソファにそれぞれが座っている。ノウト達は圧倒的にくつろいでいた。皆同様竜車の乗り心地悪さに辟易しているのだ。また明日からあれに乗らなければならないと思うとほんの少しだけ憂鬱になる。

 宗主国アトルにいた奇妙な男が「魔皇の協力者がいる」と言った直後からパーティ間の関係は最悪だったが、それがリアと判明し────本当はリアではなくノウトだが────その当の本人に攻撃の意思がないと分かったがために気が緩んでる勇者たちだった。

 ずっと気を張ってても疲れるしな。

 ノウトはレンやミカエルたちと他愛ない話をしていると、宿の入口の扉が開き、あのパーティが入ってきた。


「やぁやぁ、みんなどうしたんだい? 揃っちゃって。なになになに、仲良い感じだね、みんな。おれもその輪に入れておくれよ、ねぇねぇねぇ」


 疲れるやつがきてしまった。フェイだ。凄い距離を詰めてきた。ぐいぐいくるな、こいつ。


「うるさいよ、フェイ」


「そうだぞフェイ」


 アイナがフェイの頭にチョップをかます。ナナセはそれに呼応するようにフェイを引き戻す。フェイたちは空いているソファにどさっと座った。


「よっフウカっ! また会ったな」


「こ、こんばんは」


 テオの強引さは一種の尊敬すら覚える。


「…………」


 ヴェッタは相変わらず正真正銘の無口で何も話さない。ただアイナの後ろに立っていた。


「なんでみんな自分の部屋いかねえの?」


 ナナセが当然の疑問を口に出す。

 そして、もう一つここに居続ける理由があった。それに返答したのはレンだった。


「竜車騎手の方達にここで集まるまで待っているよう言われたんだ」


「ふ〜ん。なるほどね〜」


 フェイが腕を組んで大袈裟にこくこくと頷く。


「勇者様、皆さん集まりましたね」


 そう言って別室から出て来てこちらに向かって歩いているのは竜車騎手のウルバンだ。


「何かあったの?」


 とアイナがウルバンに向かって聞く。


「はい。それがジークヴァルト様、シメオン様、フョードル様、セルカ様、レティシア様。この5人がこの宿に今夜泊まらないということで一つ部屋が空きまして。アイナ様が申し立てあげられた通りお部屋をお分けすることが出来るようになりました」


「えっ!? ほんと!? やった嬉しい!」


「アイナいつの間にそんなことを」


「だってあんたらと同じ部屋で寝たくないんだもん。ヴェティとだけがいいの!」


「傷つくこと言うなぁ」


「いや普通の感性だからな」


 非常識なフェイにツッコミを入れたのはナナセだった。


「えっ、それって本当ですか? それなら、わたくしもそのお部屋ご一緒しても宜しいでしょうか」


 そう言ったのはパトリツィアだ。ある意味予定調和的展開だ。彼女はそう然るべきだとみんなが思っている。


「じゃあボクもー」


 その流れでニコが元気よく手を上げる。


「私も」


 ジルも控えめに手を上げた。


「わ、私もそこがいいです〜」


 エヴァも手を上げる。


「じゃあおれも〜」


 さりげなくフェイがそう言って手を上げるがナナセに「いやお前はちげぇだろ!」と頭を軽く叩かれる。


「じゃあじゃあカンナもー」


 カンナはぴょんぴょん跳ねながら手を上げた。何の挙手か分からずに手を上げてそうだ。


「それじゃあ、私も」


 マシロも手を上げた。


『…………ってマシロ!?』


 あまりに自然な流れでスルーしそうになった。マシロを知ってる面々全員が驚く。またしても急にそこに現れた。


「急過ぎて心臓止まりかけたんすけど……」


 スクードを胸のあたりを抑えている。

 今はエヴァの隣にちょこんと座っている。

 確信した。マシロが《神技スキル》を制御出来てないと言っていたのは嘘だ。

 自分で好きなように現れたり消えたり出来るんだ、マシロは。

 どんな意図があって嘘ついていたんだよ。


「誰だ、こいつ」


 ダーシュがソファで横になりながら、あくまでマシロの方は見ずに言う。


「はじめましての人ははじめまして〜。マシロです。〈幻〉の勇者です」


 彼女はただ淡々と話し続けた。


「死ぬほど可愛いですね」


 カミルが顎に手を当てて頷きながら言う。


「ありがとう」


 マシロは笑顔を見せた。男なら誰もが心奪われそうだ。なんだそれ、ずるい。


「ぐっ……。僕としたことが一瞬揺らぎそうになりましたよ」


 カミルは胸を抑え、姿勢を低くしていた。


「マシロお前、あの後どこ行ってたんだよ」


 ノウトがそう言うとマシロは唇に人差し指をつけて、「しーっ……」と子供をあやす母親のような仕草をする。その行為には黙らずにはいられなかった。大人しく清楚感のある彼女が艶やかで大人っぽく見えた。


「あのあと……ですって!?」


 カミルは両手でノウトの胸ぐらを掴んで揺すりだす。


「ノウトあなたはマシロさんと何をしてたんですか!? ねぇ!! もしかして、ナニをしてたんですか、あなたって人は!!」


 掴まれた両手を掴み返して「一緒に飯食ってただけだよ!」と弁解する。いや、何に対して弁解してんのかよくわかんないけどさ。


「カミル黙りなさい」


 ジルの一喝。その一言でカミルだけでなくこの場全てが静寂に包まれる。

 時間が止まったかのようにも思えた。カミルはすっ、とノウトの胸ぐらから手を離してソファに座り直す。ほんと疲れるやつだな………。


「いやぁしかし困ったね」


 ミカエルが顎を手の上に乗せながら話す。


「その部屋もベッドは5個でしょ? ほぼ女性陣全員がその部屋に行きたいって言ってるのにこれじゃ誰か余るんじゃない?」


「そうなんですよね。どうしましょうか。私は勇者様方に委ねますよ」


「というかリアとフウカとシャルロットはいいのか?」


 ノウトが座っているソファ背中側にいる彼女らに首を向けて話し掛ける。


「私は別に気にしないよ」


「私も、そこまで」


「私も同じくです」


 三者同じような反応を見せる。


「なんだよ、お前んとこのパーティは……」


 ナナセが怪訝そうな顔でノウトを見ながら言う。ナナセとは会話らしい会話をして来なかったので、これが何気に初会話かもしれない。


「いや知らないけど……」


「というかさ」


 レンがそれぞれを見渡して口を開ける。


「そもそも部屋を男女別で分ければいいんじゃない?」


「───それだ!!」


 アイナがレンを指さして今までにないくらいの笑顔を見せた。


「やるわねイケメン君」


「はははっ。ありがとう。でもイケメン君はやめてほしいな」


「じゃあやめる。レン、だっけ」


「そうそう。合ってるよ」


 アイナとレンが仲睦まじく話している。

 なんかレンって誰にでも優しいし頭も回るし、言いたいことはちゃんと口にするし。とことん良い奴なんだよな。なんか色々真似したい、ほんとに。


「───というか何でパーティ別で部屋取ってたんでしたっけ?」


 フウカが首を傾げて問う。するとノウトがそれに答えた。


「そりゃ魔皇の協力者がこの中にいるって言われてそれを警戒するためだろ」


「でもどのパーティが一番早く魔皇を倒せるか〜みたいな話だったよね? 魔皇の手先がいてもいなくても警戒はするべきじゃない? そうでしょ?」


 フェイがソファにふんぞり返って言った。


「でも、今のところ事件というか、そういうのありませんし……。そうだ! 皆さんで協力して魔皇を倒しませんか? ごめんなさい、リアは複雑な心境でしょうけど。それで報酬は山分け、みたいな」


 フウカがそう提案した。


「……記憶の方はどうするんだ。………全身黒タイツ」


 ダーシュは悪態をつきながらフウカを見ずに言う。フウカの初期装備を思い出して、思わず吹き出しそうになるがなんとか我慢する。ミカエルとかエヴァとかマシロとかは笑い上戸なので我慢出来ずに笑っていた。


「もうそれ忘れてくださいよ! いつまで覚えてるんですか! もう!」


 フウカを無視して話を続ける。


「金や永住権とかもうどうでもいい。〈神技スキル〉を使えばいくらでも稼げるからな。ただ記憶を戻すってやつは駄目だ。これは山分けとか出来ないだろ」


「記憶、か……」


 ここにいるフョードル達を除いた4パーティ、総勢20人の勇者達。

 その全員が記憶を失っている。


「この中に記憶を本当に取り戻したい人っているの?」


 ミカエルが話を始める。


「因みに僕は別にどうでもいい。逆に記憶を取り戻したくないとも思ってる」


「ねぇ、どうしてだい?」


「今が幸せだからだよ、フェイ」


「へぇ……」


 フェイは目を細くしてミカエルを見る。フェイが口数を減らすように、相槌だけをしたのは初めて見たかもしれない。


「以前の記憶が戻ったらこの幸せが何処かに飛んでいってしまう。そんな気がするんだ、僕は」


 ミカエルはカンナ、スクード、エヴァ、マシロとそれぞれ目配せし言葉を紡ぐ。


「だから僕は、いや、僕らは魔皇討伐から離脱することにする」

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