第32話 斜陽と海と君の横顔



「わあああぁぁ海だあああぁぁあ!!」


 カンナがきゃっきゃっとはしゃいで海水を蹴って水を飛び跳ねさせたり、それを掬ってスクードにかけたりしてた。


「ちょっ、やめてくださいっす! うおっつめてぇっ! しょっぺぇ!」


 スクードの抵抗も虚しく全身もうびしょ濡れだ。彼も負けじとカンナに水をかける。


「きゃっ! しょっぱっ」


「海だねぇ」


 ミカエルが目を細めて水平線を見ている。


 墓地から歩いて今夜の宿泊先である目的地に向かう途中、せっかくだからと海岸沿いを歩いていくことにした。

 提案者はカンナとリア。

 あんなことがあった後でとても海で遊ぶ気分でもなかったはずだが、生きて綺麗な海に行くことはこれで最後になるかもしれないと熱弁して2パーティを巻き込んで、遠回りで宿泊先へ向かう運びとなった。


 みんなして靴を片手に裸足で波打ち際を歩いていた。いや、カンナだけは波打ち際どころか膝下くらいまでは海にかっている。

 ヴェロアはふよふよと宙を漂っていた。

 海の冷たさが逆に癖になる。今は夏が終わろうとするくらいの気温で、涼しいと感じるくらいだ。

 ただそれでも、陽によって温められた砂浜とそれと対比するような海の冷たさが、これがなんというか気持ち良かった。ほんとに。


 懐中時計を見ると時刻は午後4時10分。


 海の彼方を見遣る。

 その海の果てから沈みかけの太陽がまだ少し顔を覗かせていて、水面を照らしていた。空も海も燃えているように橙色に染められている。


 海から視線を少しずらして、リアの方を見る。隣で俯きながら両手を後ろで組んで歩くリアは西日が落とす影をまといながらも、夕日によってきらきらと輝いてみえた。

 不覚にも、どきっとしてしまった。彼女が街を歩いてたら振り向かない人はいないだろうと確信するほどに可愛いとは思う。まぁそれも黙ってればの話だが。

 一瞬だけ見てただけなのに不思議と目があってしまう。いや、一瞬だったのかな。分からない。まぁ、単なる偶然だと思う。

 にやっと笑う彼女。

 何故かノウトはここで目を逸らしたら負けだ、という謎のプライドに囚われて、ずっと彼女の方を見ながら歩いていた。

 見つめ合いながら歩き続ける二人。

 傍から見たら妙な光景にも見えるだろう。

 痺れを切らしたのかリアがにまにまと笑いながら、「どしたの?」と言ってきて、ノウトは「こっちのセリフだよ」と返答になってないよく分からないことを言ってから、遂に目を逸らした。

 リアはふふっと小さく笑ってから前を歩くシャルロットに後ろから抱きついた。


「ちょっ、リ、リア? なに?」


「いや、なんでもないよ~。あぁシャルちゃんかわいい」


 シャルロットはリアの扱いに慣れたのかもう全く抵抗しなくなった。


 右方にある白亜の街フリュードを見ていたらふとフョードル達のことを思い出す。彼らは今どこにいるのだろうか。もうフリュードからもシェバイアからも出てしまっているかもしれない。

 でも、竜車を引く走竜にも休息が必要だから途中どこかで休んでいるはずだ。

 俺の推測だが、彼らはおそらく勇者の中にいるという魔皇の協力者による道中の攻撃を避けたかったが為に別行動をしているんだと思う。

 フョードルらしからぬ保身的な行動だが、彼はおそらく魔皇を倒したいのであって勇者と戦うつもりは毛頭ない、という思想なんだと思う。どれもこれも推測に過ぎないけど。

 フョードル達を「魔皇を倒さないでくれ」と説得するのは不可能かもしれない。

 殺し合うことになる、という可能性もある。

 封魔結界の前で待ってくれてるといいんだけど、どうかな。フェイは大丈夫だって言ってたけど、あのフェイだしな。何も真相は分からない。

 相変わらず分からないこと尽くしだ。


「フェイはさ」


「ん?」


 隣にいたレンがこっちを見ずに前だけを見て、ノウトにだけに聞こえる声量で話し始めた。


「フェイは、何がしたかったんだろうね」


 ノウトは返答に窮した。

 それが分かったら苦労はしないし、何よりあいつのことは正直思い出したくもないからだ。

 彼の神技スキルを考察しようにも全てが意味不明で意味は無いと思うし。それでも、精一杯自分を考えを伝えるべきだと思った。


「わからない。……確かにあいつの言ってたことも分からなくはなかったけど、でも、コリーが魔皇の手先だとしても殺す必要はなかったよな。フェイはめちゃくちゃだ」


「ほんとね。……でも俺はなんだか彼が、自分自身をスケープゴートにしようとしてるようにも思えたんだ」


「スケープ、ゴート……? 身代わり、とかって意味だっけ」


「まぁだいたいそんな感じ。自分にヘイトを向けるように仕組んでるというか。あの行動に意味を持たせるならそう考えるしかないなって思ってさ」


「なるほどな……」


 だとしたら、それにどんな意味があるんだろうか。

 彼の真意は彼のみぞ知る。俺達が知る由もない。でも、レンの言っていることは真意に近いような、そんな気もしなくもない。


「ごめん、やめよう。この話。思い出させて悪い」


「いや、大丈夫。レンの考え面白いし」


「ほんと? なら良かった」


 レンはそう言ってやっとこっちを見て目を合わせてくれた。

 その笑顔には何処か含みがあったような気もしたが、それを察することが出来るほど俺は非凡ではない。


「あっあれ! ニコたちじゃないですか? おーい!」


 フウカの指さした方を見るとパトリツィア達のパーティが居るのが見えた。砂浜に座っていたり、波打ち際ではしゃいでたりしていた。

 リアやフウカ、ミカエル、カンナたちが彼らに向かって走り出したのでノウト達も仕方なく走ってついて行く。

 良く目を凝らすとアイナやテオ、ヴェッタ、ナナセ達もいた。フェイのパーティだ。

 フェイは居ないのか、と彼らの周囲を見渡すととアイナ達とは距離を置いた砂浜の木陰で腕を頭の後ろで組んで寝ているのに気づいた。

 その寝顔は先程何事も無かったかのような平穏さを纏っていた。

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