あのエピローグのつづきから 〜勇者殺しの勇者は如何に勇者を殺すのか〜

第22話 そしてこれからも

　ノウト達は他のパーティにもシャル産の食べ物をお裾分けして、軽く談笑してから床に就いた。床、と言ってもここには草の茂った地面しかないけど。

　シャルロット以外は外で野営用の布を被って寝ることにしたが、シャルロットは竜車の中で寝ることにした。

「ノウトくん、起きて」

「……起きてるよ」

　念には念を、ということで1時間ごとに交代で起きて見張りをすることになった。次はノウトの番だ。今夜、リアと二人で話すために自然な感じで順番を仕組んでおいたのだ。

　焚き火の灯りを頼りに懐中時計を見ると時刻は午前二時だった。

「うわ、なんで起きてんの」

「いや、寝付けなくて」

「わかる」

リアはふふっ、と口に手を当てながら笑う。

「少しここから離れて話そうか。君みたいに誰か起きてるかもしれないし」

「そうだな」

　というかそれを今ここで他の人に聞かれたらめちゃくちゃ怪しまれないか？と無粋なことは聞かないでおいた。

　レンとフウカ、ウルバン、そしてシャルロットのいる竜車を視線の端に捉えながら、幅三メートル程の小川の流れる土手に腰を下ろす。幸い他のパーティの人間はいな　いようだ。

　リアが靴を脱いでズボンの裾を両手で持ち上げながら川に足を入れる。

「ちべたっ」

　肌寒い風が程よく吹いていて、こうしている分には気持ちいい風なのだが、川に入るには些か寒いだろう。浅い川で勢いがそんなにないのがせめてもの救いだ。

「寒いの分かってて川に入るなよ」

「えいっ」

　何を思ったのかリアは手で掬った水をこちらにかけてきた。避けようとはしたが腰を下ろして座り込んでいたため、完璧に避けることは出来なかった。

「うおっ！　おい、やめろ！」

「はははっ」

　彼女は楽しそうに水をかけてくる。しかしその直後、足を川底の石に滑らしたのか体制を崩す。

「きゃっ」

　リアは川に尻餅をつき、水がばしゃーん、と辺りに飛び跳ねる。ノウトは急いで川に足を入れ、リアに手を伸ばす。

「大丈夫か！？」

「いててて。大丈夫、ありがとう」

　リアは俺の手を掴み、素直に立ち上がる。

「タオル持ってくるから待ってろ」

「うん」

　ノウトはリアに自分の外套を脱いで渡した後、荷物のある焚き火近くに走っていく。今ので誰か起きないかと不安だったが、幸い誰も目を覚ましていないようだ。

　枕代わりにしていたリュックから白地の布を取り出してリアの元に向かう。

　リアは川沿いの土手に座って俺の外套を頭からすっぽりと被り、ぶるぶると震えていた。

「ほら」

　持ってきたタオルを彼女に向かって投げる。

「ありがと」

　リアはタオルをキャッチしてからそれで濡れた身体を服の上から拭く。

「はしゃいでて誰か起きたらどうすんだよ」

「そ、それは分かってるよ」

「お前は楽しもうとするあまり周りが見えない癖があるぞ。この二日一緒にいて気付いたけど」

「ぐぬぬ否定出来ない……。以後気をつけます………」

「よろしい」

　リアの座る隣に腰を下ろす。

「子供っぽいことしてごめん」

「いや、いいって」

「言い訳じゃないんだけどさ。川を見たり川に入ったりするの初めてな気がして」

「記憶が無くなってから、とかじゃなくて？」

「うん。そのずっと前から」

「なんでそう思うの？」

「え～、直感で」

「勘かよ」

「そりゃそうでしょ。記憶がないんだから」

「……ごもっとも」

　記憶がない、というのはこれが厄介なもので、記憶がないから何を忘れているのかすら分からない。

　一般的な知識は身についているのだが、この世界の地名等や過去の思い出に当たる記憶が一切ないのだ。

　思い出そうとしてもそれは叶わない。

　居たであろう家族や友達、出身地やら何もわからない。

　ノウトにはヴェロアという記憶の足掛かりになる人物がいるので救われてはいるが、他の人はノウトの何倍も不安に感じているはずだ。

　ノウトは小声で話を切り出す。

「二日目は難なく終わったな」

「難、あったでしょ」

「……もしかして、いや、もしかしなくても朝のやつか？」

「そう！　それ！　あの変な服の人が『魔皇の協力者がいる』なんて言った時は心臓止まりかけたよ」

「俺はもはや心臓止まったね」

「あそこでノウトくんの名前出されたらおしまいだって思った」

「ほんとだよ。当事者ってこんなにも心が締め付けられるものなんだな」

　リアは「ふふ」と口に手を当てながら笑い、頭からすっぽりと被ったフードの隙間からその空色の瞳を覗かせてこちらを見る。

「ノウトくんにさ、色々聞きたいことがあって。いい？」

「あぁ、いいよ。もう吹っ切れた」

「ふふっ。じゃあ質問したいんだけど君も私達みたいに記憶がないの？」

「ないよ。魔皇の協力者と言ってもほぼリア達と状況は一緒、ヴェロアが見えて話せるくらいかな。違いは」

「そのヴェロアって人は？」

「ああ、ヴェロアは魔皇のことだよ」

「ええっ！？　魔皇さんと直接話してんだ。えっ、どういう関係？」

「いや、俺も記憶が無くて分からないんだけど。これ言っていいのかな、まぁいいか、もう。ヴェロア曰く、記憶がなくなる前の俺は魔皇軍の魔皇直属護衛兵だったらしい」

「魔皇直属って……。かなり役職が上の方だったってこと？それいい具合に持ち上げられてるんじゃない？」

　リアが疑わしげな顔でノウトを見つめる。

「ははっ。その可能性は勿論ゼロじゃないよ。でも俺はヴェロアを信じてるから。特にこれといって根拠はないけど」

「いいね、そういうの。好き」

「俺が信じたいってだけかもしれないけどな。そう思ってないとおかしくなりそうで」

「仕方ないんじゃないかな、それは。誰しも拠り所があって初めて自分を認識できるしさ」

「……俺も質問していいか？」

「うん、いいよ、なんでも訊いて」

「リアが言ってた『私も混ぜて』って言葉の真意を教えてくれ」

「いや、真意も何もそのまんまだよ。君達に協力したい、というか一緒にやらせてって感じかな」

「動機も目的も分かってないのによく協力しようと思えるな」

「う～ん、協力、ではないかな。正直に言うとノウトくんの人殺しを止めたいってのが一番」

「………」

　しばらく言葉を探したが上手く見つけられなかった。

「感動しちゃった？」

「……違う。なんか、こう、この二日間リアと一緒にいてとんでもないやつだってことは分かってたんだけど」

「ちょっとそれどういう意味ぃ？」

　リアが不服そうな顔でこちらを睨むがそれを無視する。

「……いや、上手い言葉が見つかんないけど、取り敢えずリアが偽善者ではないことは分かった」

「それはどうも。ふふっ」

　彼女は座り込んだ膝に顔をうずめて笑った。

「ノウトくん達のさ、目的って何？」

「目的、か。ヴェロアは俺に『勇者を全員殺してくれ』って命令してたけど、それは彼女の治める国を守るためだって言ってたな」

「つまり、国民のみんなが殺されなくて済むように先を打って倒そうとしてるんだ、私達を」

「そういうことだ」

「じゃあ、誰も死なずにいけるね」

「言うと思った。俺もそれを考えていたよ。人を殺すなんてしたくないし。ましてや仲間もなんて。...お前は簡単に言うけどそれをやるのは」

「難しい、でしょ」

　リアが食い込み気味に答えを出す。

「そう。自らが殺されないように上手く説得するのは難しい。今から倒そうとしている相手の手先だと自分から名乗って手を出さないでくれ、って頼むわけだからな」

「君一人じゃ、難しいかもね」

「お前が居ても難しいだろ」

「えぇ？　見くびらないでよ。極端な話、私と常に手を繋いでいれば君は死ぬことは無いんだよ。まぁ例外もあるにはあるけど」

「即死だと効かないんだよな」

「試したことは無いけどダメだと思う、感覚的に。取り敢えず心臓が動いてるか、意識があるかのどっちかだったら回復出来るはずだよ」

「うん、冷静に考えて頭おかしいよなその能力。強過ぎるだろ」

「特に代償もないしね。私の場合不死身って所が逆に代償かもしれないけど」

　一生死なずに生きる。

　希望的で、そして理想的な夢のような能力だ。

　だが死ぬことがないなんて、想像もつかない。

　今から一万年後もその先も生き続けるんだ。

　世界が終わっても彼女は生きる。

　それを分かってて死なないから周りのことなんてどうでもいい、と放心的にならずに今すべきことをすべき時にやろうとしてる彼女を心のどこかで尊敬してる自分がいることに気付く。

「それでね、まずどれだけ積極的にヴェロアさんを倒そうとしてるか、で説得の具合は変わってくると思うの」

「記憶を取り戻したいやつ。魔皇を討ち倒す正義感のあるやつ。魔皇に不信感を覚えるやつ。今挙げたやつらを説得するのはより難しいな」

「うん。というかそれに当てはまらない人なんていない方がおかしいと思うけどね」

「どうした、珍しく消極的じゃないか」

「ふふふ。私は留まることを知らない不死者だよ？もちろん、話の続きがあって。さっきノウトくんの述べた3つの中で『記憶を取り戻したい』に焦点を置きたいって思うんだ」

「つまり、別に記憶を取り戻したいわけではない人を説得する、ってこと？」

「その通り。訊く時はさりげなくね。『記憶、取り戻したいって思う？』ってそれとなく訊くの」

「それでいけそうな人に『魔皇を倒さないでくれ』って頼むってことか？」

「うん」

　リアは至って真面目な顔で答える。

「出来るわけねぇ～……。俺が相手だったらそんなこというやつ二秒で殴るかも」

「でもやるしかない、でしょ？」

「……そりゃ、そうだ。」

　ノウトはリアの目を真っ直ぐ見て、

「───リア、改めて言わせて欲しい」

「う、うん」

　リアは一瞬目を逸らして如何にもな感じで動揺した。

「俺の仲間になってくれ」

「もちろんだよ。これからもよろしくね、ノウトくん」

　彼女はノウトの差し出した手をなんの躊躇も無く笑顔で握ったのだった。