第15話 咎人の判決

 荷物を揃えて宿を出る。

 時刻は6時半。

 集合の8時まではまだ若干余裕があった。

 正門に向かおうと皆で歩いていると王都中央広場に何やら騒がしくなっていたのが分かった。

 ざわざわと人だかりが出来ている。


「なんだろうね」


「行ってみる?」


「嫌な予感しかしないんですけど」


「見てみるだけさ」


 行って、人だかりの人々の頭の向こう側を何とか捉える。

 すると中央広場の真ん中に木製の台が見えた。

 そう、あれは、断頭台だ。それは分かる。

 当然、人が断頭台に頭を突っ込んでいるのも見えた。それは随分と幼い少年のようだった。ミカエルやカンナより若い。その隣に人が居るのも分かった。

 二人だ。

 一人は鉄鎧を身にまとった兵士らしき人物ともう一人は黒い頭巾を被った身の丈200cmはありそうなほどの大男。彼は大きな斧を両手で携えていた。


「「ひっ……」」


 シャルロットとフウカが慄然とした声を出す。これには怯えても仕方ない。

 ノウトもはっ、と息を呑んでしまった。彼は一体どんな罪を犯して死刑になったんだろうか。


「な、何をやっちゃったんだろうね」


 リアが軽くうわずりながら話す。


「さぁ……。よっぽどのことしたんだろうけど……」


「あっ」


 人混みを通るように移動していると見知ったパーティとすれ違う。パトリツィア、ニコ、カミル、ジル、ダーシュのパーティだ。


「おはよう御座います」


「やっほー」


「やぁ」


 パティとニコの挨拶にレンが軽快に応える。


「君たちはここで何をしてるんだい?」


「ボク達はたまたまここを通りかかっただけだよー。何か人がいっぱいいるから何事かと思ってさぁ。そしたらショッキングな所に出くわしちゃったって感じ」


「こっちも同じ。もう行こうか。人の死ぬ所なんて見たくないし」


「そうね。早く行きましょ」


 人混みを通り抜けようとした所、断頭台横にいた鉄鎧の兵士が大声で、


「この者は異教徒である! 本来ならば国外追放、永住権の剥奪となるのだが、この者はそれだけで無くあろう事か、女神様の加護をその御身に受けた勇者様を剣で刺殺しようとした大罪人だ!」


 今思い出した。どうして気付かなかったのか。

 彼は昨日ミカエルの背に短剣を突き刺したヨハネス教徒なんだ。

 リアがいたからミカエルは助かったが、彼女が居なければ確実に死んでいた。

 犯人は無事見つかったようだ。まさか、あんな若い少年とは思わなかったが。


「今ここで罪人の死刑を執り行う!」


「……行こう」


 俺がシャルロットの背を押して先に進もうとする。

 するとリアが俺達の進行方向とは逆に進んだ。その進行方向は明らかに断頭台だった。


「お、おい!」


「リア!?」


 俺達の制止を無視して彼女は断頭台のある中央まで走って行ってしまった。リアは何をしようとしてるんだ。


「すみません、ちょっといいですか?」


「な、なんだお前は」


「私、こういうものでして」


リアは左手甲の〈エムブレム〉を鎧男に見せつける。


「ゆ、ゆゆ勇者様!? ここで何をしておられるんですか!?」


「あのー、その子、国外追放で許してくれませんか?」


「は、はい?」


「責任を持って国の外に連れ出すので、ここは何とか私に任せて欲しいです」


 鎧男は3秒ほど顎に手を当てて悩む動作をしてから、


「勇者様に楯突き、意向に反論することは女神目録で禁止されてます」


「あっ、そうなんですね」


「不本意ではありますが、勇者様がそう仰るならば勇者様に従います。この大罪人の処置、一任します」


「はい、任せて下さい」


 鎧男は断頭台から少年を解放しその両腕を縄で縛ってからリアに手渡した。

 少年は唖然としていた。


「では。女神様の御名によってお祈りしてます。どうか、ご無事で」


 彼はそう言って敬礼した。

 その隣にいた斧を持った大男は何がなんやらと混乱していた。

 因みにノウトも混乱していた。

 何をしてるんだ彼女は。何がしたいんだ。目的が一切合切分からない。不死身だからって何でもしていいって訳じゃないだろ。

 少年と共にリアがこっちに向かってきてざわざわと人々が騒がしくなり、次第にノウトたちから離れ距離を置く。

 パティ達は言葉を失っていた。


「リア、何をしてるんです……?」


 フウカが恐る恐る訊いた。


「私達勇者にも問題があるのに、この子だけが罰せられるのも何かおかしいでしょ?」


「どういうことです?」


 カミルが思わず疑問の声を発する。


「火のない所に煙は立たないって言うじゃない?」


「えーと、つまり……?」


「分からないのかしらバカカミル。彼女はヨハネス教が過去の勇者が犯した罪によって作られたものって考えてるのよ」


 そう補足したのは言葉キツめの少女、ジルだった。


「バカカミルって語呂、いいな」


 ダーシュがぼそっと呟く。


「ヨハネス教って確か魔人を滅ぼさんとする勇者を忌み嫌う宗教ですよね? 過去の勇者がどうとかは関係無くないですか?」


「はぁ……。あなたは永久に馬鹿カミルだわ。いやバカミル。アホバカミル」


「言い過ぎですよ、ジル」


「ごめんなさい、パティ。だってバカミルが察し悪いのよ」


「いいんですよ、パティ。ジルの罵倒は一周回って気持ちいいと気付き始めました僕は」


「は? きっも……」


「はいきっも頂きました」


「カミルっちきもいよ~」


「はいニコのきもいも頂きました~」


 やばいな、こいつ。特に頭が。

 ……いや、そうじゃなくって、


「ヨハネス教が勇者を嫌う理由が他にあったってことか」


 ノウトが無理やり話を戻す。


「あなたは賢いわね」


「どうも」


「私は逆だと思ったんだよね、あの話を聞いた時。魔人を滅ぼさんとする勇者を忌み嫌う宗教じゃなくて勇者を忌み嫌う理由を二神教の人がこじつけたんじゃないかなって。あくまで推測だけど」


「可能性としては確かにあるわね。二神教の人が九割九部九厘のこの国じゃ異教の内容を崩すのなんて余裕でしょうし」


「だから、この子を引き取りました、私」


 リアは縄を持つのではなく少年の肩に手を置き、無垢な笑顔を見せる。彼は抵抗もせずにずっと俯いている。


「だからって……」


「目の前で死んじゃうよりはマシでしょ?」


「まぁ、そうだけどさ」


「この子をこの後どうするかは特に決めていッたぁ!」


 リアが突然奇声を発してうずくまった直後少年が走り出す。


「逃げてますよあの子!」


 どうやら少年がリアのすねに蹴りを入れて逃走したようだ。彼は人のいない方向に走っていた。

 リアは蹲り、脛を抑えていた。


「いたたた……。うぅ……」


「リア、大丈夫!?」


「う、うん。…………泣きそう。それよりあの子を」


「任せて!」


 ニコがそう言って左手を前に出す。

 刹那、周囲の気温が一気に下がるのが分かった。

 空気中の水分が昇華してダイヤモンドダストが生まれる。

 もちろんそれを造り出すのが狙いではなく少年の身体も凍てつかせるのが狙いだろう。

 しかし、凍ったのは彼の腕一部分だけで遁走を完全に止めるまでは行かなかった。


「ゴメン! ミスった!」


「俺がやる」


 声を上げたのは意外にもぼさぼさ髪の男ダーシュだった。彼は地面に手が着くほど姿勢を低くして少年を追いかけた。ダーシュが指を地面に擦りながら走る。

 突如、逃げる少年の前に歪な鉄の壁が地面から生えてその行く手を阻む。

 勢いの余り少年はその壁に激突して転ぶ。

 ダーシュは更に空中から数本の鋼の刃を生み出して逃れられないようにその切っ先を少年に向けた。


「逃げんな、ガキ」


「うぅ……。いつつ……」


 俺らはダーシュに追いつき、


「怪我はありませんか、ダーシュ」


「大丈夫だ、姫」


「なら良かったです。あと姫はやめてください」


 ダーシュはぽりぽりと頭をかいていた。

 彼は見たところ、刃を地面から生やしたり、空中から生み出して自在に操ったりする能力のようだ。

 瞬発的な攻撃力は高めで汎用性もあるって感じ。これまた強力な《神技スキル》に驚きを隠せない。

 リアは刃に囲まれた少年の方に向かい、ニコによって凍傷してしまったその腕をリアの《神技スキル》で治した。


「これでよし」


「……な、なんで」


「この子は俺が一時的に預かるよ」


 レンはそう言うと自らの影を少年の元に伸ばしてその影で少年を飲み込んだ。


「うわぁ!」


 少年が影に入ると入れ替わるように影からパンが出てきた。


「俺の体積分しか影に入れられないんだけどね」


 レンはパンを拾い上げて背嚢はいのうにそれを突っ込む。

 終始混沌としていたが取り敢えず、事態は収束したようだ。


「ダーシュくん、ニコちゃん。捕まえてくれてありがとう」


「いやいや、当然だよ~。困った時はお互い様ってね」


「……まぁ、そんなとこだ」


「レンくんもね」


「放っておいたらまた逃げちゃうかもしれないしね。この子を呼びたい時はいってくれ」


「うん」


「にしても……」


 シャルロットが少し間を置いて、


「凄いことやるわね、リア」


「何も分かんない私たちがやらなくちゃいけないのって情報を得ることでしょ。ごく一部の人しかいないヨハネス教徒のこの子があそこで死んじゃうには勿体ないじゃん」


「確かにそうとも言えるけどさ」


「まぁそれは建前で目の前でこんな小さい子が殺されちゃうのがなんか嫌だったりしたりして、ね」


 彼女はいつものように純粋な笑顔で笑った。

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