第6話 生の軌跡


「いやもうお腹いっぱいだよー。お腹はち切れそう」


「昼飯食った後にこれは死ねるな……」


「ほんとだよ。なんでよりによって焼き鳥なんか……。美味しかったけど」


「アイスも大き過ぎるんだよ。美味しかったけどさ」


 ノウトとリアはアイスクリームと焼き鳥を消費して城下町の一区画だけを見て回った。

 歩いてみたら分かったが、余りに広い。全部見て回っていたら丸一日以上は掛かりそうだ。


 ノウトは買わなかったが、リアは服を整えた。絹の上衣に、お金を出して買うとしたらかなり高そうな布地のパンツを頂いていた。

 一応言っておくとこのパンツはアンダーの方のパンツではない。もちろんアンダーの方のパンツも買っていたようではあった。

 魔皇討伐に向かうに当たって、王国軍駐屯場に寄って色々と装備を拝借させてもらった。と言っても、すね当てや鎖帷子、それに刃渡り20cmほどのダガーナイフしか貰わなかったけど。

 リアは自分用にと買ったナイフをおもむろに取り出して何を思ったか自分の髪を肩につく程度の長さまでバッサリと切った。良かったのかと確認した所、邪魔だしいいよ、とこれまたバッサリと返されてしまった。

 その後、今はノウトとリアは城下町外れにある広場のベンチに二人並んで座って休んでいる所だ。


「にしても分からないことだらけだよね」


「そうだな。わかってる事の方が少ない。これからどうすればいいのかも、何も分からないよな」


「ね。……明日の朝にここを出るんだよね。忙しいにも程があるよ」


「ほんとにな。多分、ここに居続けてずっとタダ飯食われるのが怖いんだろ」


「ふふっ。確かにそうかもね」


 リアが笑うのを見ているとこっちも不思議と笑ってしまう。

 だめだ、そんなんじゃ、俺はこいつを、こいつらを殺さなきゃいけないんだ。

 でなければ俺が、俺自身が死んでしまう。

 かつて仲間だったというヴェロアたちの未来が掛かっているとも言っていた。

 ヴェロアが嘘をつくとは到底思えない。

 あの口調は本気だ。


「そもそもがさ、魔皇を倒すっていうのが第一目標なのにそれを誰が倒すか〜みたいなルールを作るのっておかしくない? 仲間割れ前提だよね」


「それは俺も思った。……これは俺の勘なんだけど、勇者ってのはそもそも五人だけだったんじゃないかな」


「なるほど。今までは五人だけだったけど魔皇を倒すためにいっぱい勇者を呼んだら報酬が足りなくなった、みたいな?」


「そんな感じな気がする。あくまで予想だけどさ。だっておかしいだろ。同じ勇者同士で争うように仕組まれたルールなんて」


「うん、そうだね」


 リアは頷いたのち、少し間を置いてからゆっくりと口を開いた。


「……ノウトくんはさ、魔皇を倒して記憶を戻して安泰に過ごして、ってしたいと思ってる?」


「出来ればそうしたいけど、他のパーティのやつらとは決して戦いたくはないな。リアは?」


「わたしはね、別にいいかなって思ってる」


「どうしてだ?」


「だってさ、記憶を戻したところで余計悲しくなるだけだと思うんだよね。帰れない故郷のこととか亡くなった身内のこととか思い出したくないし」


 リアがそんなことまで真面目に考えていたとは思っていなかったので軽く驚いた。


「それにお金の問題だって女神様から授けられたっていう御加護がわたしたち勇者にはあるしさ。なんとかやっていけると思うんだよ、うん」


「それも、そうだな」


 リアは俯きながら話していた。今まで無邪気に会話していた彼女とは打って変わってどこか憂いを帯びたような横顔だった。


「そろそろ約束の宿に戻らないか?」


「うん、そうしよっか」


 既に太陽は沈みかけていて、空は橙色に染められていた。空を眺めながらも宿に向かっていると、


「楽しかったなー」


 リアは無邪気に笑っていた。

 こんな状況を楽しめるなんてずるいな、とそう思いつつも彼女と一緒に居て楽しかったのも事実だ。


「これも今日までかぁ」


「ここに居続けたらどうなるんだろうな」


「ん〜。脅される家族もいないしね。もう逃げちゃおっか二人で」


「………へ?」


 彼女は楽しそうにこちらを見ていた。


「なーんて冗談だけど」


「………」


 何の冗談だよ。

 少し気まずくなって、しばし静寂が訪れた時、前方から、


「きゃぁぁあああああああ!!」


 と、どこか聞き覚えのある女性の叫び声が聞こえた。


「勇者様!?」「異教徒だ!」「どこ行った!?」「大丈夫ですか勇者様!」「どうして異教徒がこんなとこに!?」


 人々がざわめき始め何やら騒いでいるのが分かった。

 リアと目を合わせ、その騒ぎの真ん中に行ってみるとそこに居たのはあの四人組のパーティだった。


 叫び声の主はエヴァで、血だらけでナイフを背中に刺されてそこに倒れていたのはなんとミカエルだった。

 彼はひゅう、ひゅうと心許ない息をしていた。


「……うぅ……ぁあ……」


「死んじゃだめっす! ミカァ!」


「うえぇぇぇんミカぁぁあああああ」


「ミカエルさん……ど、どうして……」


 スクードやカンナ、エヴァ達はどうすればいいか分からないといった具合で膝から崩れ落ちていた。


「……ろ……ごす…ぁ……きゆ……」


 ミカエルが苦悶の表情で声を振り絞るように発した。何だ。何か大事なことを言おうとしているみたいだが───


「ごめんね、通らせて」


 突如リアが雑踏の人々のあいだを無理矢理通り抜けてミカエルの傍に座り込み彼の背中に刺さっていたナイフを抜き取った。彼の背の傷口から血が噴き出す。


「ひっ……」


 エヴァは完全に怯えていた。


 リアは血が溢れかえるミカエルの背中に触れ、


「《軌跡イデア》……」


 と静かに呟く。

 途端にミカエルの身体が白く輝きだし、その光はほんの数秒で消え去った。

 驚いたことにミカエルの背中の傷は完全に塞がっており、その顔にも生気が戻っていた。

 ミカエルは立ち上がり、自分の身体を自らの手で触って確かめる。


「どうして……」


「わぁぁぁあミカぁぁぁあああああ」


「良かったっすぅぅう! ほんとうに! ありがとうリアさん!」


 エヴァに至ってはずっと泣いていたのに抑えている手から溢れんばかりに涙を流していて、その背中をリアが宥めるようにさすっていた。

 周りの群衆は「信じられない……」「これが勇者様のお力……」「嘘だろ……?」「あぁ神よ…」などとざわめいていた。


「リア……」


 ノウトがリアの横顔を見ながら呟くとリアがエヴァの背から手を離して立ち上がった。


「こんな力持ってるのに目の前で人が死ぬの見てられないからさ」


「……それもそうだな。俺からも礼を言わせてくれ。ミカエルを助けてくれてありがとう」


「当然のことをしたまでだよ。ふふん、何を隠そう私は〈生〉の勇者なんだ。心臓が動いている限りはどんな生命だって途端に蘇生出来る神技スキル、って〈ステイタス〉に書いてあったよ」


「……す、凄いな」


 ノウトは内心非常に複雑な心境だった。

 ミカエルが助かって嬉しさもあったが勇者が一人死ぬという好機も失ったのだ。

 それにあの状態からミカエルを生き返らすことの出来るリアの能力。


 勇者を全滅させるという命令に従うならば一番の強敵じゃないか。


 ああ、だめだ。


 俺はどうすれば、どうすればいいんだろうか。


 割り切れない。

 それもそうだ。

 人殺しを簡単に出来る人間なんてこの世にそう簡単にいるはずがない。

 リアやミカエルが悪い奴だったら振り切れたかもしれない。


 だけど、みんな良い奴なんだ。

 記憶が無くて、何もかもが意味不明で、明日のこともこれからのことも分からないのに、今日初めて顔を合わせたお互いのことを信頼してパーティを組んで意気投合して。


 ヴェロアを信じるか、勇者たちを信じるか。


 ノウトの心は、揺らいでいた。


「勇者様!」


 突如雑踏の中から一人女性が現れてリアの手を掴んですがり付く。


「私の息子が長い眠りから眼を覚まさないのです……! どうか息子を救けて下さい!」


 その女性をきっかけにリアの周りは救けを乞う人々で集まって人混みが出来ていた。リアは困った顔をしていたが、しばらくしてから決心の固まった顔で、


「……ご、ごめんなさい! この力は他の勇者にしか効かないの! だから、だから!」


「という訳だ。すまないな」


 ノウトはその群衆を散らせるように割って入った。

 そしてリアの手を掴んで走り出す。

 後ろの方でミカエルが「ありがとおおおおお!!」とめちゃくちゃ大きな声で叫んでいたがリアが振り返ることはなかった。

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