第一章 勇者殺しの勇者
第1話 目醒めるソウルメイト
早く起きなくちゃ。
そんな思いで目を開ける。
どうして早く起きる必要があったのか次の瞬間には忘れていた。
頭を起こして周囲を見渡す。見渡したところで周りは暗澹としていて、何も分からない。
真っ暗だ。
背中に預けていた床は氷のように冷たかった。いや、それは言い過ぎか。どうやら石畳のようだ。
なんだ、これ。どんな状況だよ。
少なくとも自分の知っている場所ではないことは明らかだった。
四つん這いになってもう一度周りを見る。
相変わらず何も見えないままで、自分が目を瞑っているような錯覚にも陥る。
聞き耳を立てると微かに誰かの息遣いが聴こえた。
なんか、怖い。
人がいるのは分かるけどそれに声をかける勇気は持ち合わせていなかった。
「えっと、誰かいますかー?」
これは自分の口から出た声ではなかった。声の高さから女性のものと思われる。
「い、いるけど」
これは自分の声だ。
なるほど、こんな声なのか。……ん? 自分の声を忘れるなんて変だな。
いや、声どころじゃなくて、───あれ、何も思い出せない。思い出そうとすると、それがすとんと抜け落ちるようだ。
俺、……───誰だ?
「なんだこれ」「ここどこすか?」「誰か知らないの?」「知らん」「集団誘拐事件、とか……?」「なにそれ」「私、誰……?」「てかいっぱいいるね」
次々と声が聴こえる。ざわざわと騒がしくなってきた。
いやいやいや。何人いるんだよ。多過ぎだろ。
こんな真っ暗な部屋に。周りの発言から、誰も状況を理解している人はいないようだ。
集団誘拐事件、有り得る……のか?
立ち上がって、一方向に向かって歩いてみる。壁があるかも知れない。
「いてっ」
誰かとぶつかった拍子に派手に転ぶ。
「ごめん、大丈夫?」
「ご、ごめんなさい……っ」
「いや、こちらこそ」
顔はこちらからは見えないがかなり怯えているようだ。ちょっと離れないと。俺は今度は後ろに進んだ。暗くて、何も見えないな。なんだよ、これ、ほんとに──って。
「わっ」
「あ」
「ごめんね」
「いや、こっちもごめん」
またしても誰かにぶつかってしまった。
その声は初めに『えっと、誰かいますかー?』と言っていた声だった。声質的に女の子だ。たぶん。闇がとにかく濃くて、真っ暗で相手の顔すら見えない。手を動かしていると、何かに触れた。少し柔らかった。たぶん、ぶつかった人の手だろう。俺は不思議と相手の手の感触を確かめていた。
「えっと…?」
「あっ、すみま……ごめん、温かくて、つい」
「わかる」
相手は小さく笑って、こちらの手を握ってきた。二人してお互いの手を握り合う。あれ? どうしてこうなったんだっけ? そうか、俺が始めたんだった。
すると突然、視界が明るくなり──
「わわっ」
「あ、ごめ」
俺は手を、その子の手から離した。その子は銀髪を携えていた。目線を合わすのが恥ずかしいくらいなんか、その子が可愛くて、俺は目を逸らして、その場から逃げるように離れた。
人と戯れてる場合じゃない。周りを見よう。ここは部屋だ。燭台みたいな、ランプみたいなものが部屋の隅で灯りを放っている。
石畳に切石を積み立てたような石の壁。要するに何の変哲もない石の部屋だ。不思議なことに窓はない。
目が明るさに慣れて部屋の隅々もよく見えるようになってきた。
うわぁ、想像以上に人いるな。30人近くはいるんじゃないか?
見たところ若い人しかいないようだ。服装もまたそれぞれ特色があった。ラフな格好をしている人もいればドレスを着ている人もいる。
はたまた全身黒タイツのような服を着ている人もいた。どういうことなの。
因みに俺は暗めのローブに長めのズボン。そして何故か腰には短めの剣を携えていた。ポケットを漁るとハンターケースの懐中時計が入っていた。いいものっぽい。
腰の剣を引き抜くと刃に少し血が付いていたので見なかったことにして鞘に戻した。
「やぁやぁ紳士淑女諸君。御機嫌ようこんにちは、おやすみおはようこんばんは~」
部屋の片隅が妙に明るくなっており、そこで赤と青のコントラストで彩られた奇妙な服を着た男が大きな声を上げる。
怪しすぎる。どこかネジの吹っ飛んだような話し方だった。ウザさしか感じない。
「えーそうだねぇ、いや、そうですね、うん、自己紹介や私の生い立ちについて語るのは時間がないので中略させていただきますが」
話を変な男が続けていると天パの男が彼の胸ぐらを掴んだ。
「おいお前!! お前が犯人か!? 何してんのか分かってんのか! あ゛ぁ!?」
「そりゃあね、もちろんわかってますとも。君たち勇者を召喚させて頂いたんですよ」
『………え?』
何人もの疑問の声がハモった。当然、自分もその輪の中に入っていた。天パ男は既にその手を離していた。勇者ってなんか痛々しいな。そう思ってしまう自分がいた。
「うんうん、いい反応だ。えーっと、静粛にお願いしますね。んっんー。それでは皆様、ご自身の左手の甲をご覧下さいませ。ふふっ」
言われたまま左手の甲を見る。
そこには刺青のようにも見える鈍く光るそれがあった。
丸い円の中に五芒星があり、その角が二つだけ光り、他三つの角は暗くなっている。そんな感じの模様だ。刺青のようにも見えたがその模様は刺青らしからぬ鈍い輝きを放っている。今まで気づかなかったのがおかしいくらいの存在感だった。
じーっ、とそれを見ていると光っていた二つの角も光を失っていった。今は五芒星の外周だけが鈍く光るのみだ。
「それは勇者の証、〈
周りがやり始めたので否応なしに従ってみる。
左手の甲を人差し指で二回触れる。
………?
何も起きないけど。
おかしいと思って何度か試すとようやく
────────────────────────
〈◣◤〉の勇者
名前:ノウト・キ◣◢▄タ◤ン
年齢:◤◥◣
【〈
《
《
《
────────────────────────
な、何だこれ。
表示が色々おかしくなってる。
仕様、じゃないよな。自分が何歳かも分かんないし。名前しか分かんないじゃん、これ。
自分に起きた異変を変な男に主張しようとする。
だがそれは叶わなかった。何故なら俺の口は誰かの手で塞がれたからだ。
恐る恐る後ろを振り向くとそこには、自分と同じくらいの身長の少女が立っていた。
綺麗な顔立ちに透き通るような白い肌。
雪のように真っ白な髪。
その頭には黒く大きな二本の角が生えている。
因みに全裸だった。
(!?)
『ノウト、来たぞ。………その反応、……そうか、やはり記憶が消されているんだな』
なんだこれ、なんだこれ。思考が纏まらない。
意味不明だ。
周りの反応からみんなには見えていないようだ。
言われた通り落ち着こうとする。深呼吸だ。口塞がれてるけど。幻覚、じゃないよな。
角の生えた少女は目をぎゅっと瞑ってから、何かを覚悟したかのように目を見開いた。
『……取り敢えず落ち着け。……いい子だ。よし、周りがしているようにそれを見続けろ。異変がバレてはいけない。そしてこっちは見るんじゃないぞ。余は他の奴らには見えていない。あと喋るな』
俺はこれでもかと言うくらい捲し立てられた。はい。なんかもう、そうするしかないです。
口を塞いでいた手をようやくどかしてくれた。
そして、変な男がもう一度話し出す。
「すると、紋章から〈ステイタス〉が映し出されたと思います。うんうん。それは他の人から見ることは出来ないので盗み見ると言った行為は不可能です。
そしてそこには勇者として必要な情報がざっくりと載っております、えぇ。
して、そのステイタスに記載されている中で一番大事なのが何を司る勇者であるか、という点ですね。はい結構真面目にやってるね私」
もう一度自分のステイタスを見る。
変な男が説明してくれてはいるが頭には入ってこない。自分のステイタスの表示がおかしかったり、背後にいる角の生えた真っ白な全裸の少女がいたりとなにが何やらだった。
さりげなく俺はみんなに自分の異変をなるべくを悟られないように変な男のいる方とは逆の方に移動していた。
また、真っ白な髪の角の生えた少女が話しかけてくる。
『ひとまず落ち着いてくれ、余は怪しい者ではない。お前の味方だ』
いやいやいや、ひたすらに怪しすぎるし、痴女だし。
『痴女ではない! ノウトお前、記憶が無いとはいえそれは酷いぞ。この格好は止むを得ないのだ。……まぁそれはひとまず置いておこう』
彼女は全裸かと思っていたがそういう訳ではなく隠すべき場所はきちんと白い布地で隠されていた。
半裸というか九割九部裸って感じだ。いやもう全裸と違わないよ。
『余───いや、私は……そうだな、ヴェロアだ。改めて宜しく頼む』
(あ、あぁよろしく)
記憶が無くなる前に会ったことがある、ということなのだろう。
俺の名前も俺が言う前に言われたし。かつて仲間だったということも今は信じざるを得ない。
頭で会話出来ているのも随分とおかしな話ではあるが、もう何でもありかなと思い始めていた。
すると、辺りが周りの人達が会話し始めていることに気付く。お互いに情報交換しているのだろうか。まずい。
隣にいる子がこちらを見て話し掛けようとしていた。
「あ、あの、何て書いてありました?」
声を聞いて分かった。さっき真っ暗だった時ぶつかった一人目の人だ。
「えっと、自分の名前と年齢とか色々かな」
「やっぱ、同じですね。……それにしても変な話ですよね。この窓で名前を見るまで自分の名前を忘れてたなんて」
「ほんとだよね。わからないこと尽くしって感じ」
今、会話をしている女の子はピンクのパーカーにハーフパンツといった寝巻きのような格好をしていた。
俺の来ている服とは明らかに何か違う。なんて言うんだろ。時代というか、素材というか。そんなことを考えていると頭が痛くなって来る。
「す、すみません、お名前……教えて貰ってもいいでしょうか」
「ああ、うん。俺はノウト、らしい。宜しく」
「私はセルカ・リーベル、らしいです。なんか変な名前ですよね、あはは……。えっと、こちらこそ宜しくお願いします」
セルカ、か。
彼女には本当にヴェロアが見えていないようだ。俺の横にヴェロアが居るってのに全くそっちを見ようとしない。
自分だけアブノーマルな状況を恐ろしく感じつつもヴェロアが見えて会話が出来るという優越感もあったりしなくもなかった。
「えぇ、それでは皆様。これから幾星霜の旅へとご出立しますがご準備は宜しいでしょうか? いや~楽しくなりそうだ」
変な男が準備を促すが部屋にいる全員が口をぽかーんとしている。
「それではよき旅路を」
そう言い放った直後奇妙な男の姿はぱっと消えて、また直ぐに燭台の火も消える。
またしても部屋に闇が訪れた。
一瞬の静寂が訪れて少し経つと部屋の壁のひとつがゴゴゴ、と音を立てながら動き出し、その先に出口らしき光が見えた。
この部屋から出口まで50メートル近くといった所だろうか。出口までの道は横幅50センチ程しかなく人ひとりが通るのが精一杯だ。
一人一人と自ずとその光に導かれて、部屋から人が出ていくのが分かる。自分もそれに着いていこうと歩き出す。
『好機だ』
ヴェロアが話し始めた。なんだ、高貴?
『目の前に歩いてる奴の背中に触れて〈
スキル……? なんだそれ。もしかして〈ステイタス〉に書かれていたやつか。効果も分からないのに、人に使っていいものなのか。何か嫌な予感がする。〈
『いいから。私の言う通りにするんだ』
ああ、もう。言われるがままに前を歩いていた男の背中に指先を当て、
すると突然、目の前にいた男が声を上げることもなく前方に倒れる。どさりと鈍い音が暗闇に静かに反響した。
安否を確かめようとしゃがんで声を出そうとしたがそれはまたしても冷たいその手で塞がれた。
『そのまま歩き続けろ』
(でも)
『いいから歩け。バレたらお終いだ』
くそ。言われるがままだ。
「わっ、誰か倒れてるよ!?」
「なんか踏んだんだが……?」
後ろから悲鳴が聴こえる。彼は大丈夫だろうか。いや、大丈夫な訳ない。
こんな狭く暗い通路で人に踏まれ続けたら最悪死んでしまうかもしれない。
『大丈夫だ。私に任せろ。私に委ねろ。私がお前を守る。それでいい。お前はそれだけで生きていける』
彼女が甘言をたれる。
逡巡しているうちに外に出ていた。
太陽の眩しさにくらっと来るも何とか立つのを保つ。
自分達の出て来たところを振り返ると限界まで見上げないと、てっぺんまで見えないような城が視界を覆い尽くしていた。
「うわぁ……」
言葉を皆一斉に失っている。
少なくとも記憶が無くなってここに来る前はこんなに大きな城を見たことは無い気がしてならなかった。
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