episode9

 先に仕掛けたのは厚木だった。


「まずはお手並み拝見と行こうか。これくらいでくたばったら興醒めだよ!」


「っーーー⁉︎」


 厚木が右手を突き出す。

 すると、手の甲に付いている金属具、神装魔機那が怪しく光った直後、悠人は腹部に鈍い衝撃を感じる。

 そしてそのまま後方へと飛ばされて壁に激突した。


 かなりの威力があったのだろう。競技場の壁には亀裂が入り、かけらがわずかに欠落ちる。


「悠人!」


 勝斗が声を上げて悠人の名を叫ぶ。咄嗟のことでつい腰が浮いてしまう。

 悠人は立ち上がり、右手を掲げて勝斗に問題ないことを明示する。

 勝斗は悠人の無事を確認し、肩を撫で下ろしながら着席した。


「ほう……今のをまともに喰らったくせに存外元気そうじゃないか」


「手加減したんだろ?ならばこのぐらいは受け切れるさ」


「チッ……減らず口を……直ぐにその澄ました顔を歪ませてやる」


 厚木は面白くなさそうに舌打ちをするとまた右手を突き出し先程の攻撃を開始する。


「っ……」


 ドドドッと今度は三発撃ち込まれたのか壁に三度衝撃が走る。

 悠人はその場にいることに危険を感じ、即座に退避して攻撃から免れた。


(やはり見えないな……)


 厚木の繰り出す不可視の攻撃。

 悠人はその攻撃がなんであるか未だつかめていない。


 そもそも第二世代通しがぶつかり合う場合、最も注意しなければならないのは相手の異能である。

 敵の異能がなんであるか分からない以上、迂闊攻めるのは得策ではない。


 そしてそれは今悠人が置かれている状況にも繋がる。

 悠人には厚木の異能が分からない。

 故に不用意に近接する事が出来ないのだ。


(さっきの衝撃からして……空気か?)


 ある程度は検討を付いている。

 が、情報が少ない。これではまだ不十分だ。


「どうしたっ!逃げてるだけか?まだ始まったばっかだぞ!」


 ドンドンドン!


 次々に繰り出される衝撃を悠人はギリギリのところで躱していく。先程よりも一発、二発、と厚木は数を増やして攻撃を繰り出していた。

 だが、


(成る程。そういうことか)



 防戦一方、それが徐々に瓦解し始めることになる。


「っ……くそ!何故当たらない……」



 一体何発撃ち込んだだろう、厚木の攻撃は悠人に当たることは最初を除いて無かった。

 厚木は徐々に冷静さを欠きはじめ、怒りを露わにする。


 冷静で無くなれば無くなるほどに攻撃はやがて雑になる。

 悠人に迫る不可視の攻撃は徐々に狙いがそれ見当違いの所に繰り出され始める。


 悠人はその隙を逃さなかった。

 厚木に大きな隙が出来たタイミングで悠人は打って変わって攻撃に転じた。


 悠人は地面を力強く蹴ると一気に厚木との距離を詰める。


「っーーー⁉︎はやっ……⁉︎」


 厚木が思わずそう呟くほどに悠人の迫るスピードが速かった。


 まるで疾風の如く競技場を駆け抜ける。

 そしてあっという間に悠人は攻撃の間合いに入る。


「これで終わりだ」


 悠人は右手を振り上げ厚木の鳩尾目掛けて拳を振るう。


「しまっ……」


 厚木は慌てて防御態勢を取ろうと構えるが、悠人の拳の方が速い。

 見事に厚木の鳩尾に悠人の拳がクリンヒットする。


「がはっ……⁉︎」


 厚木は悠人の拳を受けて肺から空気を吐き出す。

 そして悠人の拳の勢いをそのまま身に任せて後ろへ吹き飛ばされた。


「やった!」


「まじか!」


 一部始終を見ていた沙耶と勝斗が嬉しそうな声を上げる。

 今の一撃は間違いなく決定打となっていた。

 そう彼らは確信していたのだ。


 だが、厚木もそう簡単には倒れなかった。


「ぐっ……きさ…ま!よくも……」


「嘘でしょ……?」


「そんな……悠人さんの身体強化の加わった攻撃を受けて立ち上がるなんて……」


「まじかよ……」


 厚木はよろよろと身を起こすと悠人を射殺すような眼で睨みつける。

 沙耶、香織、勝斗の三人は厚木が立ち上がったことに驚きの声を上げていた。


(今ので倒れないか……流石はAクラスといったところか)


 かく言う悠人も厚木が立ち上がれた事には素直に驚いていた。


「はぁ……はぁ……この俺を傷つけたんだ……オメェだけはゆるさねぇ……!」


 厚木がまた同じ攻撃を繰り出そうと構える。

 何度やろうと同じ結果だと悠人は思ったが、ふと厚木の顔を見てそうはならない事を感じ取る。


(笑った……?何か他に……)


 厚木は口角を吊り上げて不気味な笑みを浮かべていた。

 その理由は分からないが良くないことだけは確かーーー


「タダでは済まさねぇ……生きていればラッキーと思いな!」


「ッーーー⁉︎なんだ?」


 刹那、物凄い風が競技場で吹き荒れる。

 それと同時に厚木の付けているブレスレットからビーッ、ビーッ!と警告音が鳴り始めた。


「ダメっ!厚木くん。それ以上は……」


 いち早く異変に気付いた姫百合が厚木に静止を呼びかける。


「もう遅い!こいつには死んでもらう必要があるからなぁ!」


 突風は地面の砂を巻き上げて行き、やがて直径十五メートルはあるであろう巨大な砂の球を作り上げた。


「なっ⁉︎」


 誰かが驚きの声を上げる。

 これ程の威力、これをまともに受ければここにいる生徒すら無事であるかも危うい。


(流石にこれをまともに受けるわけにはいかないな……ここにいる人達には露呈する事になるけど……やむを得ない)


「死ねぇぇぇぇ!!!」


 厚木の咆哮と共に砂の球は悠人目掛けて落下する。


「「「「悠人くん(さん)!」」」」


 姫百合、勝斗、香織、沙耶の四人の声が重なる。

 それは悲鳴にも近い声だった。


(やるしかないな)


 刹那、悠人の漆黒のの瞳が黄金色に変わる。

 そして左手から蒼い焔がボッと湧き上がる瞬間―――


「そこまでだ」


 何者かの声が鳴り響いた後、競技場の気温が急激に下がる。

 そして今もなお悠人目掛けて落下してくる砂の球が突如凍りつき、その場で砕け散った。


「なっ……⁉︎」


 余りにも突然の事で理解が追いついていないように惚けた声を上げる厚木。

 他の面々も同じように驚愕していた。悠人以外は何が起きたか分からない様子だった。


「この決闘、生徒会の名において引き分けとします」

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