十の学院と略奪者(インターセプター)

悠希遥人

episode0-1

『もしも〜し。こちらαアルファ〜、敵の制圧は完了だよー』


 耳元から快調な声が鳴り響く。


『了解……αアルファは継続してパターン015を実行』


 次に何処までも無機質で淡々とした声が続く。


『も〜、βベータは相変わらずお堅いなぁ。もっと気楽に行こうよ〜今日はそんなに苦戦しないでしょお〜?』


『……口を慎めαアルファ。任務中だぞ』


『はーい……』


 そんな無機質な声の主、βベータが間の抜けた様な何処かお気楽な声の主、αアルファを嗜める。


 何時もの会話だ。


 そう何時もと変わらない。何一つ……


 αアルファβベータというのは本名では無い。

 仕事上での所謂コードネームという奴である。


『全く……では、作戦を続行する。準備はいいか?γガンマ


「ああ」


 自分のコードネームが呼ばれ、それに答える様にβベータへと返事をする。


 寄りかかっていた壁から背中を離し、立て掛けていた一振りの刀を右の腰に携える。

 左側の腰には黒光りする銃が専用のケースに収容されている。

 これが普段の戦闘装備である。


 準備は万端だ。


『よし……ではγガンマ。敵をなるべく迅速に殲滅しろ』


 敵を殲滅。

 それが何を指すのか?

 そんなもの決まっている。

 俺らの任務は……


 ーーー人殺し


 外していた黒い軍手をポッケから取り出し、手にはめる。


 体調は……悪くない。


「了解……これより作戦を開始する」


 歩く度にコツンコツンと足音が響く。

 俺は腰に携える刀を引き抜き、光が射す外へと向かう。


 ーーーさぁ、執行の時間だ。


 タタタッと軽快な音を立てながら俺は飛び出した。





 表に出れば何十人もの武装した集団が青年の存在に気付き、銃口を向けた。武装集団の顔はマスクで隠されており目元しか見ることは出来ない。


「貴様、一体いつからそこに……」


「ふん……よく見ればまだ成人もしてねー餓鬼じゃねぇかよ」


「どのみち此処に来た以上、此奴の死は決定事項だ」


 武装集団は口々にそう言い放ちつつも銃のトリガーに手を掛ける。

 例え目の前にいる者がまだ未成年の青年であろうとも彼らには関係は無い。

 邪魔者は排除するのみ。

 それが彼らの中で定められていたルールだからだ。


 しかし、何十もの銃口をあてがわれ、絶体絶命の窮地に陥っている筈の青年には微塵も焦る様子は感じられなかった。

 彼はその状況を特に気にする様子も無く、彼らに告げる。


「抵抗しなければ殺さない。それでも死ぬまで牢の中で過ごすことになるだろうが……」


「あん?お前今の状況分かってんのか?抵抗しなければ殺さない?んなもんお前を殺せば関係ねぇだろ!」


 青年の物言いに対し、激昂した一人の隊員が間髪入れずに手に持つ銃のトリガーを引く。

 それに連鎖するかのように他の者達も次々に引き金を引いて行く。

 瞬間、十数もの銃口から何百という弾が一斉に青年めがけて突き進んで行く。

 人数の割にそこまで広くないその空間には銃撃の音がけたましく鳴り響いた。


「……なるほど。それが答えなら……あんたらの死は確定事項だ」


 青年と武装集団との距離はおよそ五十メートルほど。

 当然、その程度の距離ならば音速をも超える銃弾は一秒を数える間も無く青年のもとに飛来して行く。


 ドドドドッと激しい音が鳴り響きながら青年いた場所は銃弾の雨霰と化し、砂煙や火花が舞い散った。


「ふん……所詮餓鬼だ。排除にも対して時間はかからんかったな」


「あぁ。しかし、一人相手に何発打ち込んでいるんだ。弾数だって有限なんだぞ」


「まぁ、そう言うな。これが終わればまた補給できる」


 武装集団は構えていた銃を下ろし、未だ砂煙で視界が晴れないその場所を見る。

 彼らは未だ視界が晴れず状況が確認出来ているわけでは無いが青年の死を確信して居た。

 それは当然であろう。

 なにせ銃で撃たれたのである。それも一斉射撃で。

 なればこそ、その状況で普通の人間が死ぬことは必然である。

 そう……普通の人間ならば……。


「それでこれからどうするんだ?拠点がバレていることは彼奴が此処にいることが何よりの証拠だ。それにさっきから別働隊からの連絡が途絶えている」


「あぁ、それは気になっている。あっちには秘密兵器がいた筈だ。そう易々と全滅するわけ……」


「おいどうした?」


 突然会話を区切った仲間に怪訝そうに男は尋ねる。

 しかし、帰ってくる返事は無く代わりにその男の口から出てきたのは


「……嘘だろ…… ︎」


 という、小さな呟きだった。

 男は蒼白とした彼の顔を見て急いで彼が今見ている方向に振り向く。

 そして彼同様に男は絶句した。


「なっ ︎」


 それは有り得ない事だった。


「なんで……」


 しかし現に今起こっている。


「何故だ……?」


 となればこの状況は夢なのか?


「何故お前が……」


 その答えは否である。


「何故お前が未だ無傷でそこに立っている ︎」


 あの時銃で撃たれた筈の青年がその場に仁王立ちしていたのだ。


「……舐められたもんだ。まさかただの人間一人で武装集団相手を相手にすると思ったのか?」


 青年のその言葉はまるで自分はただの人間では無いと言っているようなものだった。

 しかし彼の言葉の真の意味を男はすぐさま理解することができた。


「まさか…… ︎第二世代イレギュネイター ︎」


「!!!」


 男のその言葉に周りから響めきが走る。

 何故なら、もし男のその言葉が本当ならば、いくら彼らが武装したそれも集団であるとはいえ、確実に勝てるとは言い難いからである。

 寧ろ、勝機はないかもしれない。


「はぁ……今更わかったか。だがまぁあんたらはこれから死ぬ。だから関係ないか」


 青年は心底めんどくさそうにそう吐き捨てながら左腰に携えている刀を抜刀する。


「くそっ ︎撃て!撃てぇぇぇ!」


 男は絶叫に近い声で一斉射撃を命ずる。

 再び銃を構えた武装集団は二の句もなく射撃を開始した。

 何百もの銃弾の雨霰が再び青年へと降り注ぐ。

 だが結果は先程とは全く違うものとなった。


「めんどくさいな……ふっ!」


「なっ ︎」


 たった一振り。

 それだけで青年に被弾する筈であった銃弾が真っ二つに切り裂かれ、彼の前にパラパラと落ちていった。

 今度は一弾たりとも青年に当たることはなかった。厳密に言えば先程も当たっていないのだが。


「さぁ、覚悟はいいな?犯罪者共」


 青年の鋭い眼光が武装集団を射抜く。

 彼らは青年のその眼差しがどんな武器よりも恐ろしく見え、蛇に睨まれた蛙のように萎縮して動く事は出来なくなっていた。


「化け物め……」


 彼らの気持ちを代弁したかのように吐かれたその言葉が彼のこの世での最後の言葉だった……。

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