第44話 ジェイド先生怒られる

「ヘヘッ。でき──」


 魔法陣はガタガタでよくこんな陣で発動したなと思わせるものであったが、確かに風が吹いた。まさか一番最初に成功させるのがレオだとは──。


 しかし、それと同時に気が緩んだのであろう。レオは俺の右手を強く握ったまま意識が途切れたようで崩れ落ちる。


「……お疲れさん。よくやったな、レオ。さて、俺はレオを保健室に連れてくから、魔法を使わずに待っているように」


「まさかレオに先を越されるとは驚きですね……。先生、次は僕に内魔力操作をお願いします」


「その次俺ねー」


「バカタレ。お前らは内魔力操作できてるだろうが。それにレオはきちんと魔法陣の構成を覚えていたぞ?」


 そう、意外にもレオは魔言の指向性を意識していた。それは即ち完成後の魔法陣が頭に入っていたということ。内魔力が操作できなくても努力を続けていたということであろう。


「というわけで、このままだとレオにどんどん離されるぞ? ほれ、さっさと魔法陣覚えてこい。あ、ヒューリッツは焦るなよ? お前は肩の力を抜け。下地は一番出来上がってるのはお前なんだ」


「……はい」


 ヒューリッツの表情は変わらないが、レオが成功して焦ってるのではないかと心配になった。ヒューリッツの場合は追い詰めても良い結果にはならなさそうだ。言った通り下地はできているため、あとは適度なリラックスである。


(……にしても、初日の授業で二人保健室送りか……。これ大丈夫なんだろうか)


 俺は腕の中でスヤスヤと眠るレオを見下ろしながら少しだけ気が重くなるのであった。




 そして授業が終わる。結局、初日に魔法が使えるようになったのはレオだけであった。と言ってもあれは使えただけであって、行使できているわけではない。即ち自分の意思である程度コントロールできるようになって初めてその魔法を習得したと言えるのだ。


「あー、で、授業中にも言ったが今度の休みに王都にある王立魔法研究所に行くことにする。俺とミコが行くのだが、他に行きたい者はいるか?」


 別に二人である必要はない。むしろ何かしらの刺激になるかも知れないので、できるだけ多くの生徒を連れて行きたかった。だが──。


「アマネだけ、か。他にはいないか?」


 意外にも手を挙げたのはアマネであった。そして、その他はあまり乗り気じゃないようだ。ヒューリッツあたりは参加すると思ったのだが──。


「ヒューリッツはどうだ?」


「すみません。休みの日は家を手伝わなければならないので」


 なるほど。実家を離れ、好き勝手魔法の勉強に明け暮れていた俺には想像できない理由であった。実に立派である。


「キースとケルヴィンも──」


「えぇ、休みは家の手伝いです」


「でーす。でもレオは行ってきたらいいじゃん」


 二人も実家の手伝いらしい。そしてレオはどうやら休みの日は空いているようだ。


「……レオはどうだ?」


「…………」


 魔法の授業では反抗的な態度はなりをひそめていたが保健室から戻ったら、またこれである。まぁ、レオくらいの年頃だと急に素直にはなれないんだろう。だが、レオにはそんなところを補ってくれる友人がいた。


「レオ? アゼル様に会いたいから王都に行きたいっていつも言ってたじゃないか」


「だなー。行ってこいよ」


 キースとケルヴィンだ。レオはその言葉に悩んでいるようだった。だが、最後はやはり渋々と──。


「……じゃあ行く」


 行くことに決めたようだ。さて、最後に彼女にも聞かなければならないだろう。


「サーシャは……」


「行かない」


(ですよねー)


 危うく言いかけたその一言を飲み込み、それで問答は終了だ。難しい。やはり苦手と感じてしまう存在であった。


「じゃあ、次の休みはミコ、レオ、アマネの三人で行くぞ。朝一番の馬車で行く。遅れるなよ。あー、ちなみに旅費は学院で持つから心配するなー」


 その表情にレオがビックリし、そして安堵したようだ。どうやらお金のことなど考えていなかったらしい。


「じゃあ今日はこれで終わりだ。お疲れさん。委員長号令を頼む」


「はい。起立ッ!!」


 こうして、初日の授業が終わり、次の目標が決まったのであった。




(……にしても旅費は学院で持つとか自信満々に言っちゃったし、むしろ勝手に休みに課外授業とかっていいのだろうか)


 扉を出て、職員室に向かう最中にふとそんなことを思う。順番的には学長──つまりベント伯の許可を貰ってから進めるべきであったろう。


(だが、もう言ってしまったんだ。なんとかして許可をとりつけよう)


 しかし、今更生徒たちにやっぱなしとは言えないため、急遽俺は学長室に足を向け直す。善は急げだ。




「学長、ジェイドです。今よろしいでしょうか?」


 俺はノックをした後、自分の名を告げる。中からはどうぞという声が返ってきた。


「失礼します。学長実はですね──」


 それから俺は経緯の説明をし、課外授業の許可を嘆願した。ベント伯の答えは──。


「ダメだ。そもそも親御さんには許可は取ったのかね?」


 否であった。そして厳しい表情でそう追及される。


「……取ってません」


「では、王立魔法研究所への許可は?」


「……取ってません」


「はぁ……。ましてジェイド先生は王都から追放処分のはずだが? これはどうなってるのかね?」


「……解除されてません」


「一日頭を冷やしてきなさい。この件はまた明日にしよう」


「……はい。申し訳ありませんでした。失礼します」


 そして俺は自分の思い描いていた対談にはならず、肩を落とし、すごすごと学長室を後にする。




「…………少しイジメすぎたか? だが、まぁ期待はしているが何をしてもいいというわけではない。ジェイド先生には教師としての線を教えるいい機会になったかな。さて、ブリード君」


 私は一人しかいない部屋で秘書を呼ぶ。その声は決して大きな声ではないのだが、ブリード君はどこからともなく現れた。


「ここに」


「んむ。また仕事だ。急で申し訳ないのだが、これをダーヴィッツ候に頼むよ」


 急ぎ手紙を書き、手渡す。


「はっ。……先ほどのジェイド先生の件でしょうか?」


「そうだ。それで次の休みの日は護衛・・を頼むよ」


「……畏まりました」

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