第20話 察しの良い不動産屋さん

「デレッサさんっていいお母さんだよね。私もあぁいうお母さんになりたい」


「どうした急に。やめろ、やめろ。あんなのがこの世に二人も存在したら王都から危険生物対策課か、凄腕のハンターがやってくるぞ」


「はい、これはデレッサさんの分。で、これは私の分」


「いはい、いはい、すいはへんれひた」


「よろしい」


 私が両手を放すと、ジェイドは大げさに両頬を撫でて、うらめしい顔をしてくる。もちろん、そんなに強くつねってないのだからポーズだろう。え、そうだよね?


「昔の泣き虫だったミーナが懐かしいよ……」


「はいはい、たくましくなっちゃってごめんなさいね。さっ、着いたよ」


 小さなお店に着いた。ガラス戸を開く。中にはメガネをかけたおじさんがいる。今の部屋で私もお世話になっている不動産屋さんだ。


「おや、ミーナ先生じゃないか。ん? 隣の君は初めて見るね……。ははぁーん、なるほどなるほど。確かに今の家じゃ二人で住むには狭いだろう。あいや、分かった。とっておきの物件があるんだ。ミーナ先生になら特別に──」


「違います! どうしてみんな二人で歩いているだけでそう見るんだろう……」


 そう見えるのは決してイヤではない。だけど、ここで舞い上がっちゃうと現実とのギャップで少し凹む。なので今はまだ、ただの幼馴染として見られたいと思ってしまう。


「ハハハ、冗談だよ。ミーナ先生にはもっとキリッとした王子様のような人が──おっと、フフフそういうことか、こりゃ失礼。それで用を聞こうか」


 だからと言って、ジェイドを貶されるのには少し腹が立つ。隣に立つジェイドは別に気にしていないようだ。本当にジェイドと再会してからの私はおかしい。大人になってからは、こんなに感情がコントロールできないことはなかったのに。


「彼が住む部屋を探しているんです」


「住む場所、間取りの希望、予算は?」


 バーグさんがようやく真面目に接客をしてくれるみたいだ。聞かれたことに対し、ジェイドは考え込んだ様子だ。そして数十秒して口を開く。


「あー、場所はどこでもいい。間取りは荷物もそんなにないし狭くていい。予算は特に決めていない」


 ジェイドらしいと言ってしまえばそれまでだが、本当にこだわりとかはないようだ。だが、当然これにはバーグさんも難しい顔になる。


「ふぅむ。逆に難しいね。あまりに大雑把すぎる。あっ、そうだ。ミーナ先生の隣の部屋がついこないだ空いたんだった。そこなんかどうだ? ん?」


 バーグさんがとても嬉しそうな顔で私にウィンクをしてくる。私は正直、そうなったら嬉しいと思ってしまったけど、口うるさい私の隣になんてジェイドが住みたいって言うわけがない。


「んじゃ、それで」


「えぇぇぇ!! ジェイドいいの!?」


 だが予想に反してジェイドは呆気なくそこに決めようとしてしまう。私はあまりの衝撃に大声を出してしまった。


「え? いや、一緒に住むわけじゃないんだから問題ないだろ?」


「そ、それはそうだけど……私の隣なんだよ? 部屋の片付けしているかとか、ちゃんと栄養のあるものを食べているかとか、洗濯物溜まっていないかとか、たまにチェックしちゃうよ? きっと……」


 その言葉にジェイドは目を閉じ、唸りながら考え込む。恐らくそんな光景が容易に想像できるのだろう。


「ハッハッハ、だが逆も考えろ。ミーナが寝坊したら起こしてやろう」


「えぇー……」


(そこ? 今、論点はそういうところじゃないと思うんだけど……)


 どうやらジェイドにとっては特別意識することでもないようだ。


「ほい、これ契約書ね。ここに日付と名前と、あんた魔法使える? あぁーならここに魔言で魔力登録しといてくれ。んで、どっか協会には属してる? ん、なら魔法協会の口座をここに書いておいてくれ」


 そして、バーグさんはそんなやり取りの脇でさっさと契約書を用意してジェイドに差し出す。ジェイドはまったく契約内容なんて確認しないままサラサラっとサインと口座を書き、魔言を呟いた。


「はい、毎度。じゃあこれ鍵ね。場所はミーナ先生に連れてってもらってくれ。ハッハッハー、お幸せにぃ」


「どうもー。いや、結婚するわけじゃないんだけどなぁ。なぁミーナ?」


「……うん」


 なんだか普段慎重に生きている自分がバカみたいだ。今の部屋を例にとったって、周りにどういう人が住んでいるか、治安はいいか、水周りはしっかりしているか、そういうことをきちんと調べて、細かい字の契約書を三回も読み直し、ようやく契約に至った。少しだけ、ジェイドの性格がうらやましく思った。


「さて俺は部屋に帰って、教科書や資料を読んだり、明日からの授業の計画とか考えるかな。というわけで、俺のおうちどこ?」


 不動産屋を出るとジェイドが大きく伸びをしたあと、いつものゆるい感じでそんなことを言う。


「……こっち。それとお昼ご飯はどうするの?」


「いや、別に食べな──」


「はぁ……。お隣さんだからお裾分けするね」


「ハハ、早速すまないな」


 と、ここまで言って私はスカーレットさんの言葉を思い出す。うかうかしていると積極的なお姉さんに取られてしまうかも知れないぞ、と。なので──。


「あー、やっぱりジェイドの部屋でご飯作ってもいい?」


「ん? 構わないが?」


「じゃあ、市場に少し寄らせて?」


「あいよ」


 ジェイドの部屋で一番最初に手料理を作ったという小さな女としてのプライドをゲットする作戦を実行するのであった。

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