第5話 十六年後のミーナ
「ヒッ!!」
ミーナさんは笑顔であったが怒っていた。何故だろうか、とても美しい笑顔だが怒気が滲み出ているのが分かってしまった。なので俺はすぐさま──。
「すみませんっ! 気分を害されたようで! すぐ立ち去りま──」
謝りながら立ち上がった。だが、そこまで言ったところでミーナさんに袖を掴まれ、座らされた。
「え? あ、あの? 何かしましたでしょうか?」
「どうした? ミーナ、お前が怒るなんて珍しいな。しかも初対面の相手に。私には特別失礼をしたようには見えなかったが?」
困惑する俺。赤髪の美人さんも不思議そうな様子だ。どうやらミーナさんは普段は見た目どおり温厚そうな人のようだ。
「あー、ジェイド? なんで私が怒ってるか分からない?」
「ひっ!! 申し訳ありません!! 皆目検討も──って、どうして名前を……?」
「ふふ、本当に忘れちゃったんだね? あれかな? 魔法の勉強をしすぎて他の記憶を失くしちゃったのかな?」
「いえっ! 思い出します! ……あー、すみません。俺の知り合いにはミーナという人は一人だけしかいなくて、それもこんな小さい女の子で──」
俺は焦りながらも必死で思い出す。ダメだ、浮かんでくるのは俺の腰あたりまでの背丈の元気でやんちゃな女の子。
「それは何年前のミーナかな?」
「えぇと、かれこれ十六年前の知り合いなので、あっ、今会ったら大きく──って、うぇぇぇぇぇぇええ!? ミ、ミ、ミーナ!? お前、あのミーナか!?」
「うん、そうだね。これが十六年後のミーナです」
そう言われて改めて隣を見る。状況に頭が追いつかないため、なんだかまるで芝居を遠くから眺めているような感覚だ。
「ほげぇー……。い、いや、その、とても綺麗になられてまるで別人のようですね、はい」
だが、どうやらミーナさんは俺の田舎の幼馴染であったミーナのようだ。そう言われれば、髪の色や顔の面影はある。しかし最後に見たのは八歳のとき。当時俺は十三歳である。十六年振りに会えば分からないのも無理はないだろう。いや、どうやらミーナはすぐに俺だと分かったみたいだが……。
「なんだ、なんだ。ミーナの知り合いだったのか?」
「はい、そうです。まぁ忘れられるような知り合いですけども」
「うぐっ。す、すまない。えぇ、と改めましてジェイドと申します。パージ村出身でミーナとは幼馴染です」
「ほぅ、君があの幼馴染く──」
「スカーレットさん?」
「はは、すまない。なんでもないよ。私はスカーレットだ。ミーナと同じ職場で働いている。よろしく頼むよ」
スカーレットさんはそう言って手を伸ばした。そして挨拶が済めば、すぐにミーナが──。
「で? なんでここにいるのかな?」
笑顔で問い詰めてきた。当然俺はしどろもどろだ。
「えぇと、いや、その……」
「おいおい、ミーナ。その前に彼にも注文くらいさせてあげたらどうだ?」
「……そうですね」
「ありがとうございます。すみませーん! えぇと、じゃあこれとこれと──」
俺は今の状況で再会を喜び、料理を楽しむ余裕なんか当然なかった。なのですぐに給仕の女性を呼び、メニューを見ながら適当に注文をする。飲み物は二人とも酒を飲んでいるようなので俺もそれにならった。すぐに木製のゴブレットに入ったエールが運ばれてくる。
スカーレットさんが音頭を取り、ひとまず乾杯だ。
「では、新たな出会いと幼馴染の再会に──」
「「「乾杯」」」
杯を合わせ、酒を煽る。とてもよく冷えており、朝から何も口にしていなかった体に染み渡った。
「それで?」
だが、後味の余韻を楽しむ余裕はない。隣に座るミーナはずっと怒っているようなのだ。
「あー、えぇと。田舎に帰る途中でして──」
「魔法局に入れなかったの?」
「いや、入れた。でも、ちょっとしたトラブルでクビになっちゃいまして、ハハハ」
「ハハハじゃないよ。十六年間何をしてたか全然知らなかったんだからね? ジェイドはちっともこっちに帰ってこないし、手紙も寄越さないし」
「ん? そんなこと言うならミーナ、お前だって手紙くれたことないだろ?」
「私はジェイドの邪魔をしちゃいけないと思ったから出さなかったんだよ。魔法局に入るためにすごく頑張らなきゃって言ってたから」
「んぐ。あぁ、そうだな。いや、王都で魔法師学校に入って、卒業するまで魔法の研究と訓練をしていただろ。で、魔法局に入って、魔法の研究と訓練と仕事をしていたな。んで、クビ。ハッハッハ、十六年を僅かこれだけに費やしてたのに最後はクビなんだから笑っちゃうよな」
「笑っちゃうよな、じゃないよ! ずっと心配してたんだからね!」
俺は重い空気にならないようおどけて話すが、幼馴染はずっと真剣だ。
(うぅ、昔っからミーナは俺のことになるとムキになるからなぁ。しかも原因が俺のことなのに理由を教えてくれないからどうしようもないという……)
と、俺がどう取り繕っていいか分からず、困り果て視線を泳がせているとスカーレットさんと目が合った。
「まぁまぁ、ミーナ落ち着け。今更そう言っても仕方あるまい。それにパージ村から王都魔法師学校に入り、魔法局に勤める? それこそお前の言うとおり
スカーレットさんは怒るミーナを宥め、話しを別の方向へ持っていってくれた。無職の彼という言葉にほんの少しばかり傷つきはしたが、何も言い返せない。事実なのだから。
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