第11話
翌朝、目を覚ましたリノが父さんと母さんを見た瞬間に混乱し、再び気絶しかけるというトラブルがあったが、何とか落ち着いてもらうことができた。
「先輩の御両親がこれほど有名だなんて想像もしてませんでしたよ?!次からはちゃんと事前に説明して下さいね?」とお小言をもらってしまったが、まあ、僕に非があることは確かだし、甘んじて受け入れた。
ここで、僕もリノと同じような体験をしたんだけど……なんてことは言ってはいけない。目だけで訴えても、「規模スケールが違いますが?」的なジト目で見られてしまっては反論できない。
もうリノを驚かせることなんて無いと思うから、いらない心配だと思うけど、一応肝に銘じておこう。
「鍛冶屋ですか?」
「うん、昨日、門でスミレスさんの話をしただろう? その人に会いに行くんだ」
僕とリノは早朝から鍛冶屋に向かっていた。
一人で良いと思ったんだけど、母さんからリノに村の様子を見せてあげたらと言われ、リノも見たいと言ったからついて来てもらった。
ようやく朝日が昇るような時間だが、これは仕方ない。リノも、僕が何も言わなくても察してくれている。
この時間は、よほど早起きするような人でなければ、まず起きていることは無い。つまり、昨日のように囲まれて質問責めに合うという心配もない! ましてや、今日はただでさえリノと一緒にいるんだ。ウザさは倍増だろうし、あと純粋に邪魔されたくない。
そろそろ、本当は良い人たちってだけではフォローしきれなくなるからな。
「先輩の剣を打った人ですよね?」
「そうだよ、凄く良い剣を打つ人なんだ。この剣も僕の為に打ってくれた、この世に二つと無い名剣なんだけど……ついに限界が来たらしい」
僕は腰にさした剣を抜き、リノに渡す。
「わ、刃がノコギリみたいになってます……でも、丁寧に手入れされてることもわかります。なるほど、先輩が限界と言った意味がわかる気がします」
「大事に使って来たつもりだけど、結構無理したこともあったからね。これから旅に出る前に直して貰おうと思ったんだ」
リノから剣を返してもらい、ゆっくりと丁寧に納刀する。
チン!という聞き慣れた音が心地良い。
「新しい剣にするって訳では無いんですね」
「うん、この剣には思い入れがあるし……スミレスさんは、良い素材さえ提供すれば剣を直すどころか、もっと良い剣に進化させてしまうんだ」
「素材って、先輩が手に持ってる袋が関係してますよね? でも、そんなに良い素材なんて持ってましたっけ?」
「ああ、リノも知っていると思う。ヒントは……三年前、かな」
「三年前? 三年……三年……えっと、先輩と始めて会ったのが四年前だから、騎士になって一年経った頃……」
リノが、すぐに答えを教えて欲しいと言われたら教えるつもりだったけど、思いのほか真剣に悩んでいる。
顎に指を当てて真剣に考えているリノの横顔を、何度かチラチラと横目で見ているうちに、僕達は鍛冶屋に着いていた。
「(時間を忘れるほど、好きな女の子の顔見てるとか……僕、ただのヤバい奴だろ)」
だがそれは、リノも同じみたいだ。
「あ、あれ? もう着いたんですか? う〜ん、まさかとは思うんですが……でも『アレ』しか……」
結論は出てるみたいだけど、確証は持ててないって感じかな。
まあ、三年前の大きな出来事と言ったらあれしか無いんだけどね。
「時間切れだな。答え合わせは、多分すぐにできるよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! まさか、本当に?!」
ごめんな、リノ。僕今、すごくワクワクしてるんだよね。
あの人が、僕の持つこの素材を見たらどんな反応をするか……そして、どんな剣になるのか……
僕は自分の感情に従い、鍛冶屋のドアを開けた。
「来たか、ゼロ坊。話はアインスから聞いてるぜ、それで、素材は持って来たんだろうなあ?」
身長は僕の腰程しか無い、ドワーフの職人。
でも、身長なんて関係無く、この人の経験と実績に裏打ちされた溢れ出る自信が、この人を大きく見せている。
口を開けば剣か、素材の話しかしないこの人が、どんな反応をするか……楽しみで仕方がない。
「勿論、きっと満足してもらえると思いますよ」
「へ、言うじゃねぇか。五年前は鼻垂れ坊主だったガキがよぉ! 良い顔するようになりやがって……ほら、さっさと素材を渡しな! お前の剣を最高にしてやるからよ!」
言葉は荒っぽいが、その内容は僕を褒めてくれてるし、嬉しいことを言ってくれている。
スミレスさんは職人として自分なりの拘りを貫いているだけで、実は、この村で一、二を争うほどに優しい人だ。
認めた人にしか剣を打たないが、その目で父さん並みに人の心を見抜く。
スミレスさんにとって剣の技量は判断材料としては2番目……最も重要なのは覚悟だ。
自分が打った剣で何かを成し遂げようとする覚悟があり、善人であれば、スミレスさんはその人のために剣を打つ。
だから、夢を諦め、なにも成し遂げられなかった僕に、もう一度最高の剣を打ってくれるというスミレスさんの言葉は……どうしよう、凄く嬉しい。
この恩に報いるためにも、まずは小さな所から、期待に応えていくことにしよう。
「どうぞ、これで、僕の剣を最高にして下さい」
「素材次第だが、俺の技術に関しては出し惜しみしたりしねぇよ」
その言葉に安心して、僕は袋の中身をカウンターに出す。
その中身を見た瞬間、スミレスさんは息を呑んだ。
「お、おい……こ、こ、こりゃあ、ま、ま、まさか……」
「せ、せ、先輩? や、やっぱり、で、でもなんで?」
「ああ、答え合わせをしてなかったね。じゃあ、今しよう。僕が用意した素材はーーードラゴンだ」
三年前、僕が生まれて初めて対峙した、はるか格上の魔物の素材。
それが、騎士団の命令違反を犯してまで戦い得た、ドラゴンの鱗と牙だった。
「ゼロ……さっきは素材次第だと言ったが……任せな。必ず……俺の一世一代、最高傑作にしてやる」
僕の肩を掴み、武者震いをしているスミレスさんの目には職人としての熱がこもっていた。
この目を見て、職人が必ずと言ったのなら、僕が何かを言う必要は無い。
僕は黙って頷いた。
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