第4話



「もう行ってしまうのかい?」


「はは、本当なら昨日のうちに出発する予定だったんですけどね、たくさんおもてなししていただいて、これ以上お世話になってしまうと冒険者になるという決意が揺らいでしまいそうになります」


 昨日はあの後もすっかり話し込んでしまって、リノと一緒に使用人さん一人一人に挨拶をしていくうちに日が暮れてしまっていた。

 これでは出発できないだろうとヨハンさんが僕をデルダルク家の夕食に招待してくれたくれた。

 夕食の場で、僕が騎士の制服以外持っていないことをリノが愚痴るように話すと、アマリアさんにおしゃれだが丈夫な服を数着プレゼントされ、ヨハンさんが高級なワインを開けると、そのままの流れでその夜はデルダルク家の屋敷に泊まることになった。


「引き留めてしまうと、リノだけでなく僕までこの家を離れたくなくなってしまいますよ?」


「いや、それはこちらとしても願ったりかなったりなんだがね」


「ははは、ヨハンさんも冗談が上手いですね」


「冗談ではないのだがね……」


 冗談でもそんなことを言ってくれるのは嬉しい。

 僕の居場所がもう一つ増えたような気になる。

 少しの間ヨハンさんと談笑していると、屋敷の前にずらっと並んだ使用人さんたちと旅立ちの前最後の言葉を交わしていたリノがアマリアさんと一緒に戻ってきた。


「先輩! お待たせしました。すみません、心配性な人たちが多くて……引き留められたりはしませんでしたが、安心してもらうのに少し長引いてしまいました」


 そういうリノは少し困ったような顔をしながらも、どこかうれしそうな雰囲気だった。


「いい人たちなんだね、リノもそれだけ慕われてるってことなんだよ」


 そうでなきゃ、使用人さんとのあれだけ近い関係は築けないと思う。

 僕も昨日リノと一緒に話をさせていただいたが、全員がリノの心配だけでなく、足を失った僕のことまで気にかけてくれる優しい人たちだった。


「はい! 我が家自慢の使用人たちですから!」


 聞こえましたか? デルダルク家につかえる皆さん!

 あっ、感極まって泣いてる人も結構いる。

 ヨハンさんとアマリアさんも優しい目でリノを見ていた。

 うんうん、旅立ちの前にしては最高のシチュエーションだな。


「よし、それじゃあ行くとしようか、ヨハンさん昨日は僕を夕食に招待してくれてありがとうございました。アマリアさんも、こんなにいい服を贈ってくれてありがとうございました」


 心からの感謝の気持ちを込めて、僕は二人に礼をする。

 顔を上げるとヨハンさんが、にいっと笑っていた。


「まさか君への、いや、君達への贈り物があの程度だと思ったのかい?」


「へ? それはどういう……」


「例の物を!!」


 ヨハンさんが凛々しい声でそう言うと、使用人さんたちの列の真ん中が割れ、二頭立ての馬車がこちらに移動してきた。

 ……うん、馬だ。

 馬は僕の目の前で止まると、黒い馬がベロンと、僕の顔をなめた。


「えええええええええええええええ!!!??」


「ちょ、お父さん! 私もこれは聞いてませんよ?!」


「言ってしまったらサプライズにならないからなぁ、なあ、アマリア」


「ええそうね、言ってしまったらつまらないもの。ほら、ゼロ君も固まっちゃってるわ、この反応が見たかったの」


 立派な黒馬と、珍しい赤い毛の馬、これって……


「もしかして、僕たちの髪の色ですか?」


「その通り! 赤い毛の馬は元々娘の馬でね、名前はリステラ。そして、この黒い毛並みの馬は私が馬を取り扱っている商人から譲り受けたんだよ。普段は文字通りのじゃじゃ馬だがね、君のことは気に入ったようだ」


 贈り物に馬、馬って……


「それだけじゃないぞ? この馬車の中にはリュックとロープ、ランプ、皿や包丁、金串に五徳にフライパンといった調理器具、やかんに水筒、毛布、裁縫道具、塩、堅焼きパンと燻製肉、油、小麦粉……数えればキリがないけど、馬車に詰める分は詰めておいたよ、少し幌馬車が狭くなってしまったから、二人仲良く座って旅をするといい」


「お父さん! もうっ、最後のが無ければ本当に最高のお父さんだったのに……でも、ありがとうお父さん」


 呟くようなリノの感謝の言葉はどうやらちゃんとヨハンさんの耳に届いていたらしい。

 ヨハンさんは満足そうに頷いていた。


「僕も本当になんとお礼を言ったらいいか……」


「お礼何て良いんだよ、忘れたかい? 私たちが君に頼んで、娘を連れて行ってもらえるんだ。むしろこのくらいは当然さ」


「それでも、ありがとうございます」


 深く、深く礼をした。

 昨日初めて会ったばかりの僕に対してこんなにしてもらえるなんて、あっ、やばい、涙が出てしまいそうだ。

 ばれないようにさっと目元をこすってから顔を上げる。

 アマリアさんが自分の目を指さしていたから、どうやらバレてしまったらしい。

 恥ずかしいな。


「あと、これは使用人一同からだそうだ」


 ヨハンさんがそういうと、メイド長さんと執事長さんが前に出てきた。


「これは私達からゼロ様への贈り物です」


「これを身に着けてご自身の命と、お嬢様の身をお守りください」


 そういって渡されたのは革の鎧と、鉄製のハチガネだった。


「ありがとうございます。リノのことは僕に任せて下さい。騎士ではなくなった僕ですが、ゼロ・ディヴァインの名に懸けて、彼女を守り抜くことを誓いましょう」


 胸に手を当て、自らの名前で行う宣誓は二番目に序列が高い騎士の宣誓だ。

 剣を用いた宣誓でもよかったけど、早朝から外でやるには少々物々しい。

 しかし、執事長さんたちは満足してくれたようだった。


 さて、革の鎧とハチガネを新たに身に着け、いざ、出発!


「皆さん本当に……「おっと! 最後にこれだけは渡そうと思っていたものがあったんだった!」


 ありがとうございましたという前に、何かに気づいたヨハンさんが大急ぎで屋敷の中に戻っていった。

 それをみたアマリアさんは「もう、あの人ったら」と少し頬を膨らませていて、リノが軽く怒っているときそっくりだった。

 リノはちょっとクールで、アマリアさんはほのぼのした方だけど、こういう何気ない仕草とかが似ているからやっぱり親子なんだなあと思う。

 それでアマリアさんを見ていたら、リノに頬をつねられた。


「いててて、いたいひょ、りの」


「だって先輩が私のお母さんを食い入るように見つめていたんです。娘として母親の身を守らなければと思いまして」


「あらあら、リノったらヤキモチ?」


「別にお餅は焼いていません! 確かにお餅は好きですけど!」


「ふふ、とぼけちゃって、娘ながらやっぱり可愛いわあ」


 アマリアさん娘を溺愛である。

 モチ? もちって何だろう? 聞いた感じ食べ物っぽいけど、何で今の状況でモチとやらを焼く話がでてくるんだ? 

 まあ、今度聞いてみるか。

 丁度ヨハンさんも帰ってきたことだし……結構息切れてるけど、大丈夫かな。


「はあ、はあ、うっ、久しぶりにあんなに全力で走ったよ。それにしても歳はとりたくないものだね、体力もかなり落ちていたよ……」


 そういって下を向くヨハンさんは、何やら古ぼけた箱を持っていた。


「ヨハンさん、その箱は何ですか?」


「はあ、はあ、ふう、すまない、やっと落ち着いた。まず中身を見てくれ」


 ヨハンさんが箱を開けると、中には金と銀のブレスレットが入っていた。


「これは誓いの腕輪といってね、リノアリアは金色、ゼロ君は銀色の腕輪を付けてみてくれ」


「でも、これすごく高そうですよ?」


「プライスレスさ、値段何て贈り物に気にしちゃいけないぞ」


 確かにその通りなので、素直に受け取ることにした。

 僕は左手に、リノは右手に腕輪を着けた

 理由は無い、ただの直感だけど、別々の腕に着けた方がいいと思った。

 ……何だろう、この感じ……

 リノが


「「いつもより近くに感じられるみたいだ(です)」」


「「えっ!?」」


「驚いたかい? その腕輪は君たちが身に着けている限り、もっと多くの可能性を秘めているんだ。二人が同じことを感じたということは、その腕輪の所有者になったってことだよ」


 多くの可能性か、詳しくヨハンさんに聞くことも出来るけど、今の僕たちには可能性という言葉が合ってるかもしれないな。

 僕は、あえてこの腕輪のことについて深く聞かないことにした。

 リノも同じ考えらしい。胸の前で腕輪を握ってうなずいていた。

 さっきからお礼を言ってばかりだが、言い過ぎて悪いということもないだろう。

 だって、本当に感謝しているんだから。

 過ぎたるは及ばざるがごとし? 今回ばかりは知らない言葉ですね。


「「ありがとうございました!」」


 リノと一緒になってお礼を言った。

 腕輪を着けたからかな? タイミングなんかもばっちりだった。

 僕たちは馬車へと乗り込む。


「「行ってきます!!」」


 僕が手綱を握り馬車を走らせる。

 リノは幌の上に登って最後まで手を振っていた。

 屋敷が見えなくなるまで、ずっと。


 そうして、僕たちはついに王都を後にした。

 頼れる可愛い後輩を隣に、僕たちの冒険がようやく始まった。



◆◆◆


「ふふっ、そうか、近くに感じるか……もうお互いを共有できてるとは……」


 ゼロ達の馬車が見えなくなった後、ヨハンは嬉しそうにつぶやいた。

 ヨハンはゼロのことをいたく気に入っていた。

 理由は多くあげられるが、騎士だったころの王都民の評判からゼロのことを優秀で責任感の強い人物だといううことを見抜いていたし、何より、あまり人と関わらなかった娘がゼロのこととなると嬉しそうに話していたということが大きいだろう。

 さらに、昨日直接会い、会話をしてみることで、少し相手の感情を読み取るのに鈍いところはあるが、誠実で、優しく、心に関しても非常に魅力的な人物だと確信したのだった。


「次に帰ってくるときにはいい報告が聞けるかもしれませんね、あなた」


 アマリアは初めてリノアリアからゼロの話を聞いた時からリノアリアの恋心を見抜いており、娘の遅かった初恋を影ながら応援していた。

 リノアリア自身の人を見る目を信用しており、彼女が好きになった人ならば悪い人ではないと考えていたが、ヨハンと同じく直接会ったことでそれは確信に変わった。


「ああ、問題はゼロ君が少々鈍いことと、リノアリアが一歩を踏み出せないことだな、どっちも奥手というか、ゼロ君は足を失ったこともあってか自己評価が低いし、娘には頑張ってほしいが、何かきっかけが必要かもしれないな」


「でも、それは私たちが手を出すことではありません。多くの人と出会い、別れ、体験し、成功し、失敗し、成長する中で、きっかけは無限に生まれるものだと思っていますよ。私たちがそうだったように」


「そうだね、それじゃあ、若き二人の冒険者の旅立ちを祝福しようか」


「ええ、もちろん。新たな小さき英雄の旅立ちに」


「「世界の加護があらんことを」」

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