物語修復機構

いずも

シューベルト 『魔王』 篇

第00話 おまゆう

 ――夜の風を切り馬で駆け抜けるのは誰か。

 ――それは一組の男女であった。

 ――女は男の腰に手を回し、離れぬようしがみついていた。


「息子よ、どうして顔を隠す?」

「息子じゃないッス。娘ッス。男の子に見えるッスか」

「うんそうだね、ごめんね。そもそも親子じゃないよね。でも今はこの世界観のために、物語を終わらせるために息子を演じてくれると嬉しいかな」

「よくわかんないけど、りょーかいッス」

 背中越しに活きの良い返事が響く。

「よし、それじゃあ、後ろには何が見える?」

「ええーっとぉ、なんスかあれ。ウナギイヌみたいな、ウサギイヌみたいな白い尻尾のある生物ッス」

「……ん?」

 これシューベルトの『魔王』のはずなんだけどな。

 魔王って、そんな未確認動物みたいな見た目なのか。

 ……まあ、いっか。魔王だし。


「可愛いお嬢ちゃん。

 一緒においで。

 ほら遊ぼう。

 綺麗な花も、黄金の衣装もある」


 魔王? の巧みな誘導が始まる。

「ええっ!? 黄金の衣装ッスか?」

「誘惑されないのっ! しかも今お嬢ちゃんって言った! 魔王のくせに物語に順応してるのかよ」

「あれ、声が聞こえるんスか?」

 おっと、父親役のわたしには声が聞こえちゃいけないんだった。

 流石だなこの子、実は物語を理解している。

「落ち着くんだ。枯葉が風で揺れているだけだよ」

 相手に向かってというより、半分自分に対して言っているような心持ちだった。

「いやぁ衣装と聞くとちょっと気になるッス。衣装替えがとにかく好きなんスよ」

 そう言って布を翻すように彼女が左手を振り上げると、わたし達の服装はまるで騎士と貴族の娘のような衣装に一新された。

「馬に乗ったままなのに!? なんで!?」

 とんでもない特技だぞこれ。まあ、あまり深く考えてはいけないのかもしれない。

「さながらドン・キホーテとロシナンテみたいッスね」

「それなら君は貴婦人のドルシネアだね」

「ええ~、褒めたって献上品のライオンくらいしか出せないッスよ」

「やっぱりドン・キホーテかよ」

 王様への献上品に戦いを挑むほど馬鹿じゃないし。

 そもそもライオンの騎士なんて称号要らないんだよ。


「素敵な青年よ。

 一緒においで。

 私の娘が君の面倒を見よう。

 歌や踊りでもてなすから」


 魔王、まさかの父親側を誘惑。

 魔王の声が聞こえちゃマズイだろうに。

「なんか暗がりの向こうに見えるッス。娘さんッスかねー」

 緊張感のない声がこだまする。

「いやいや、あれは灰色の古い柳だ」

「でも柳の下には幽霊がいるっていうじゃないッスか」

「幽霊の正体見たり枯れ尾花っていうでしょ!」

「ほらほら、見えるッスよ。首チョンパの少女の霊が」

「足じゃなくて首なのっ!? 怖っ!」

 デュラハンかよっと突っ込みたくなったが、怪談みたく「それはお前だー!」と言われそうな雰囲気なのであえて黙っておく。今は馬に乗っているし、騎士っぽい格好なので尚の事それっぽい。


「お前が大好きだ。

 可愛いその姿が。

 いやがるのなら、力ずくで連れて行くぞ」


 いやどっちだよ。どっちが誘われてるんだよこれ。

 どっちにしても怖いけどな。

 これが最後。ここを乗り切れば魔王は去っていくのだ。

「力ずくって言われたって、はいそうですかと従う奴がどこにいる!」

 わたしは馬の手綱を強く握り直し、さらにスピードを上げる。


「えっと、じぁあ。

 あなたのことが嫌いです」


「ツンデレ!? まさかのツンデレッスか!?」

 どっちというとデレツン……まあ細かいことはいいか。


「失礼。噛みました」


「違う。わざとだ」


「噛みマミった」


「わざとじゃないっ!?」

 どんな魔王だ。

 某オーディオコメンタリーでは魔王級のモンスター的な扱いだけど。

「どちらにしても連れ去ることは無理ッスけどね」

 落ち着いた調子で彼女が言う。

「それはどうして?」

「だって、ドルシネアはドン・キホーテの妄想上の存在ッスから。有りもしない存在を連れ去ることはできないッス」

「……なるほど」

 白い霧の手は後方で、わたし達に掴みかかろうと大きく手のひらを広げ、飛びかかってきたが空振りに終わった。

 そのまま魔王の姿も雲散霧消してしまった。


…………

……


「――というのが二人の馴れ初めッス」

 鼻息荒く、マナちゃんが力説する。

「へぇー、魔王が二人を結びつけたなんて、感動的なお話だこと」

 起きているのか眠っているのかよくわからない半目のまま、コーハイが相槌を打つ。

「いや待って、違うよ。全然違うよ。全く関係ないよ。確かに魔王の物語にも行ったよ。物語が改変されていたから直しに向かったさ。『ティンカー』の正体は酒場で親父が飲んだくれていて出番を忘れてたっていうくだらないオチだったさ」

「飲んでたのは焼酎ッスね、魔王だけに」

 ドヤ顔で言うマナちゃんを全力で無視するのが今のわたしにできる最善である。

「しかも魔王の正体ってそんなへんてこな動物だったっけ……」

「なんかそいつ『僕と契約して魔法少女になってよ』とか言いそう」

「魔王よりタチが悪い!」

 宇宙規模のバケモノだよ。

 世界崩壊エンドしか見えてこない絶望感。

 いや、そんなことより。

「そもそもお前も知ってるだろ、マナちゃんがどこからやってきたのか」

「ええ、もちろん覚えていますよ。誰でも魔法少女になれる国でしたっけ? 女の子でも、男の子でも誰でも」

 どこの女児向けアニメだよ。

「シショー、そろそろ規定の文字数に達しそうッス」

 なんというメタ発言。

「まだまだ余白はあるのに、大人の都合ってやつッスね」

「流石マナちゃん理解が早い」

「勘のいいガキは嫌われるッス」


 さて、パロディを悪ふざけと揶揄されぬうちにプロローグは終わらせるのが吉。

 これより物語の幕が上がる。

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