第11話 ゆりゆり
「さあさ、大したものは出せませんが、どうぞ召し上がれ」
差し出されたのは木の器に木のスプーン、中身は野菜がトロトロに溶けたスープと保存食のようなパンだった。当時としては一般的な食事なのだろう。
「まったく、なんで逃げるのよ! ちょっとって声をかけたじゃない」
食事をしながら、彼女はわたしに話しかける。
「それは……さっき全く似たようなシチュエーションが起きたもので」
「まあまあメルロー、この人達は苗木を急いで届けようとしてくれてたんだから」
「もう、カベルネがそう言うならしょうがないわねぇ」
なんだこの夫婦感。
カベルネと呼ばれた先程の赤髪の優しい女性とは対照的に、メルローと呼ばれた女性の方は紫がかった青髪が印象的で、鬼のような形相で追いかけてきた面影はどこにもない。
「シショー」
「ん?」
マナちゃんがやや小声で話しかける。
「この二人は結婚してるんスか?」
「「ぶーっ!」」
カベルネとメルローの二人が同時に吹き出す。
「い、いやいや、何言ってるのこの子はっ!」
「そうよ、流石にわたし達女の子同士は結婚は……ねぇ」
「……」
「メルロー! なんで黙ったままなの!?」
あれだけ恐ろしかったずが顔を真赤にして口をつむぐメルローと、冷静さを欠いて慌てふためくカベルネの二人の対比がやけに面白い。
「そういえば旧約聖書でも既に同性愛は禁止されていたはず。もしかして、ティンカーの正体がこれなのか……?」
「アナタも真面目に考えないでくださいっ!」
カベルネが勢いよくツッコむ。
場が収集つかなくなってきた。
何事もなかったかのように一旦仕切り直すため、空気を読んだ一同はあえて気まずい沈黙の時間を生み出す。
頃合いを見計らい、再びメルローが口を開く。
「まあ追いかけ回したのは悪かったわね、ごめんなさい。ちょっと上手くいかないことがあって、話を聞いてもらいたかったのよ」
うん、さっきと全く同じだ。ウーウァと同じ予感がして逃げたわたしの判断は間違っていなかった。
「そうだ。ねえねえメルロー、聞いて聞いて! これっ、じゃじゃーんっ! お二人がウーウァさんの苗を届けてくれたの!」
鼻歌交じりにカベルネが苗木の入ったひょうたんを取り出す。
「ああ、そういうこと。なんで見ず知らずの人を食事に招いたのかと思えば……。でもこれ、何が育つのかしら?」
「このカゴに入ってる……ええっと、こんな木の実が出来るらしい」
わたしはカゴの中から一つ取り出し二人の前に差し出す。
「へー、でもこれなら私が今作ろうとしているモノとそんなに変わらないような気がするのだけれど……」
「メルローが作ってるのはどんな木の実?」
「これよ」
「まあ、とっても小さな林檎みたいね」
「ええ、リンゴを改良して作ったものなんだけど、全然味が無いの。誰かに意見を聞きたくて探してたところにこの人達が通りかかったから、つい」
つい追いかけ回しちゃったと。
そんな軽いノリで地の果てまで追いかけてくるような真似はしないでいただきたい。
「食べてみてもいい?」
カベルネがメルローの手の平からその果実を取ろうとする。
「あっ、ダメよ」
彼女は手を引っ込めて、カベルネの手は空を掴む。
意外そうな顔をしたカベルネだったが、メルローはその果実を持ち直しその手をカベルネの口元へと伸ばす。
「はい、あーん」
「ちょ、ちょっとメルローっ。そんな子供じゃないんだから」
「いいから、ほらっ」
「も、もうっ。あ、あーん……。あら、確かにあんまり味がしない」
「はぁ……やっぱり」
「メルロー落ち込まないで! これから頑張ればいいじゃない!」
「カベルネ……」
「メルロー……」
「……」
「あのー」
このままいい感じになりそうだったが、いい感じになっても困るので声を掛ける。
「えっと、ごめんなさい。お見苦しいところを」
「全然見苦しくなんかないッス。むしろお花畑ッス」
「?」
「いえ、この子の言うことはサラッと流して大丈夫なんで」
「――そうだ、ねぇ! さっきこの苗木から作ったっていう木の実はどうなの? やっぱりちゃんと味がついているのかしら」
二人の視線がわたしの手元にある果実へと向けられる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます