第12話

 校舎の一階廊下を歩いていた俺は、ふと中庭に人影を見つけて足を止めた。


 よくよくあいつは、雨に濡れるのが好きなんだな。


 こちらに背を向けているが、松岡なのに間違いない。暫く見ていた俺の視線に気付いたのか、クルリと顔だけをこちらに向けた。


 ガラリと窓を開け、雨音に負けないよう声を張り上げる。


「何やってんの、お前」


 体ごと振り返ったその腕には、何かを抱きかかえている。小走りに走って来た松岡が、俺の目の前にその黒い物体を掲げるように差し出した。


「なんだ? 子犬?」


 俺にその泥まみれの子犬を押し付けて、窓をよじ登ってくる。


「窓から出入りするのって、癖なのか? その上お前、上履きで出てたのかよ。泥だらけじゃねーか」


 ビタンッと水を滴らせながら廊下に飛び降りた松岡は、濡れた前髪をかき上げながらハハッと笑った。


「だって、廊下歩いてたら中庭でモゾモゾ何か動いてんだぜ。気になんだろ?」


「……なるかもしれないけどな、どーすんだよ、そんなびしょ濡れで。――…ああ。でもお前は二回目だから平気か」


 呆れ半分でそう言ってる間にも、校舎に五時限目開始のチャイムが鳴り響く。


「なぁ、チャイム鳴ったぞ。この子犬どーすんの?」


「勿論、洗って乾かしてやんだよ」


 俺から子犬を取り上げた松岡は、チャイムなどお構いなしで歩き出しながら、俺を振り返った。


「ところで。お前も付き合ってくれんだよなぁ?」


 仕方なく「そうだな」と答えた俺に、松岡は満足げに頷いた。


「じゃあ、保健室行ってバスタオル借りてきてくれ」


「オッケ」


 松岡とは反対側に歩き出した俺は、ハタッと気がついて足を止めた。振り返り、松岡の後ろ姿を見送りながら、一人呟く。


「五時限目って、地理じゃん。俺も小山に怒られんのかぁ」


 ――まぁ、それはいいにしても。


 今日は窓から飛び降りようとするのだけは、絶対止めないといけないな、と再び廊下を歩き出した。


「二階から飛び降りて擦り傷作るなんて、俺はイヤだし……」

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