忍のちよこれいと

影宮

第1話 ちよこれいと!

 ばれんたいん、という日が近付いて来た。

 それがどんなものなのか、よくわからないけれど、色々周りを見てたら日ノ本のばれんたいんは女の子が好きな男の子にちよこれいとを渡すっていう日らしくて。

 慣れないけれど、ちょっと憧れる。

 人間様の色んなものが楽しそうで。

 ちよこれいと、じゃなくてチョコが正しいのかな?

 勿論、渡す相手は才造以外にいないんだけど、義理チョコ友チョコ逆チョコとか色々あるんだって。

「逆チョコって何……?」

 逆、なんだから……いやいや、何が逆なの。

 チョコが?

 人間様が?

「まぁ、いいや。普通でいいや、普通で」

 けど、才造は甘いものはあまり好きじゃないし、苦い方がいいよね。

 ブラックチョコ、ミルクチョコ、ホワイトチョコ。

 かじってみる。

「才造はブラックだね」

 鼻歌を歌いながら、チョコを溶かしていく。

 ただ、気配を感じてドアに鍵をかけたのは言うまでもない。

 いや、忍がチョコの甘ったるい匂いに気付かないわけがない。

 バレて当然。

 だよね?

「夜影」

「入ったら殺す」

「物騒だな。入れんが」

「どったの?」

「何だ?この、」

「気付いたら殺す!」

「無茶言うな」

 ドアにそんな意味不明なことをぶつけながら、得意の料理の腕は鈍らなかった。

 溶かしたチョコを型に入れる。

 でも、これだけじゃ駄目。

 だから、チョコケーキも焼くつもり。

 それとね、チョコよりも甘いモノだって考えてるんだから。

 だから、気付いて欲しくないんだ。

 驚かせたいから。

 忍って不便だ。

 小さな音も、微かな匂いも、気付いちゃう。

 人間様なら、少しくらい気付かないのに。

「才造の馬鹿」

「どうした?」

「馬鹿」

「わかった。離れる」

 たったこれだけでも察してくれる。

 けど、離れて欲しくはない。

 そんなワガママな気持ちが浮かんで、首を振る。

 冷やしたら、型を外す。

 それと、それと。

 明日までに、全部完成させるんだ。

 それで、美味しいって言ってくれるまで食べてもらう。

 失敗しても、怒らないでね。

 人間様は、こういう時どうするの?

 忍には、特にこちとらには、血濡れたことしかないのに。

 怖い。

 怖いんだ。

 開けないドアに凭れて、そこに居ない気配が欲しくて。

「才造」

「なんだ?」

「なんでもない」

「そうか」

 たったこれだけの会話が好きだから。

 ちょっとだけ、ちょっとだけの。

 なんでだろう?

 何が怖くて、何が不安なんだろう?

「夜影、熱があるのか?」

「なんで?」

「終わったら来い」

 それだけしか答えてくれなくて。

 熱?

 そうかもしれない。

 いつもより、なんか、変だ。

 そう思うとちょっと笑えてくる。

 出来たら、明日まで隠して、明日になったら、才造にあげる。

 それだけ。

 それだけだけど、ドキドキするような気がする。

 忍だって、こんなこと、したっていいよね?

 だってもう、あんな時代じゃないもの。

 ちょっとくらい、憧れて、ちょっとくらいやったって。

 許してね。

「好きって言わせて」

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