トゥルーマン・ショー 「解放する」

 「解放する」を代表する作品は「ショーシャンクの空に」などの脱獄ものですが、この作品は日常生活そのものから脱出するという変わった趣向を持っています。同じ趣向を持つ作品には1999年公開の「マトリックス」や「アメリカン・ビューティ」があります。この作品は1998年公開です。前世紀末に同じ趣向の作品が連発した裏には一体何があったんでしょうか。


●プロット概要

1. 「トゥルーマン・ショー」は主人公トゥルーマンの生活をそのまま伝える長寿ドキュメント番組。彼の住む島シーヘヴンは、住民を含め、彼以外のすべてのものが彼のために用意された「作り物」であり、トゥルーマンだけがそれを知らない。番組の総責任者であるクリストフはそれによって一人の人間の人生を可能な限りリアルに視聴者に伝えることができると信じている。


2. 朝、トゥルーマンはいつも通り家を出て、朗らかに隣人に挨拶する。彼は閑静な住宅街の一軒家に妻のメリルと住み、保険会社に勤める善良な市民だ。何不自由ない生活を送る彼にも長い間気がかりになっていることがあった。それは遠くフィージーに住むという、ローレンあるいはシルヴィア・ガーランドという女性のこと。彼はこっそり会社のオフィスから電話帳サービスに電話し、その女性の電話番号を調べるが、見つからないと言われてしまう。


3. 彼は船に乗ったり桟橋を渡ったりすることに恐怖心を抱いていた。その原因は子供の頃、父と二人で乗ったボートが嵐に遭遇し、父を失った体験による。そのせいで彼は島から出たことがない。それでも島の外には何があるのか、彼は知りたいと思っていた。子供の頃からの親友、マーロンは彼の話を親身になって聞いてくれる。一方妻のメリルはお金の問題やトゥルーマンの老いた母親の事を気にして旅には反対だった。


4. 次の日の朝、通勤中に彼は彼の父にそっくりなホームレス老人を見かけた。彼に「パパ?」と声をかけた瞬間、老人は通行人に取り押さえられてしまう。


5. 帰宅後、彼は地下室にしまってあった、思い出の品をしまっておく箱を取り出し、父の写真を眺める。その箱にはローレンが置いていったセーターも入っていた。


6. 回想。学生時代、彼はキャンパスでローレンに一目惚れをした。しかしメリルの強引なアプローチに流され、彼女に近づけない。それでもトゥルーマンはローレンを浜辺に連れ出しキスをする。ローレンは自分の本名がシルヴィアであると明かし、彼が作り物の世界の中で生きていることを暴露する。突然現れた、彼女の父を名乗る男性にシルヴィアは連れ去られる。その時に男性が残した説明が、ローレンは統合失調症で、療養のため家族でフィージーに移住する、というものだった。


7. 次の日の朝、通勤中のカーラジオに、エキストラへの指示無線が混線し、トゥルーマンは不審に思う。彼は会社の隣のビルの中にエキストラの控え室を見つけるが、警備員に追い出される。違和感が確信に変わったのは、メリルとの結婚式で誓いのキスをしている最中、彼女が指をクロス(「なんちゃって」の意味)している写真を見つけたときだった。彼は彼の世界の嘘を暴くため、いろいろな方法を試す。メリルの正体を突き止めるために勤務先の病院に忍び込み、警備員に追い出されたり、旅行代理店でフィージーへの航空機チケットを購入しようとするが満席で買えなかったり、シカゴ行きの高速バスに乗るが、バスが故障してキャンセルになったり、自家用車でシーヘヴンを脱出しようとして、原発事故のため封鎖中の警察に捕まったりと、すべてが失敗に終わる。


8. トゥルーマンはメリルを問い詰めた。彼は仲裁に入ったマーロンに、皆が自分に対して嘘をついているのではないかという悩みを打ち明ける。マーロンは幼い頃から今までの友情を語り、自分だけは違うと言った。それを聞いたトゥルーマンは納得する。


9. 外の世界。公開インタビュー番組に制作者のクリストフが出演する。番組では視聴者からの質問を受け付けており、シルヴィアが人権侵害のことでクリストフを追求すると、彼はトゥルーマンに現実よりも良い世界を与えている、トゥルーマンもその世界を気に入っている、本当に真実を知ろうとするなら止めはしない、と反論する。


10. 次の日の朝、トゥルーマンはすっかりいつも通りに戻っていた。普通に振る舞っていたが、夜中に家を抜け出し、行方不明になった。クリストフの指示で住民総出で彼を捜索する。いつもの朗らかさとは打って変わって、彼らの様子は脱走した囚人を追いかける看守そのものだった。


11. クリストフはヨットに乗るトゥルーマンを発見した。人工的に嵐を起こして妨害するも、彼は耐え抜き、ついにシーヘヴンと外界を隔てる壁にたどり着く。不安をあおるクリストフの警告にもくじけず、彼は恐る恐る非常口を開け、勇気を出して外への一歩を踏み出した。


●「解放する」

 「解放する」に必要な要素は、外に出たいという強い動機や欲求とそれを邪魔する障害です。まずは障害の方から見てゆきます。障害は4から最後までわかりやすく提示されています。障害とそれを打ち破ろうとする主人公の努力の描写には網羅性が重要です。つまりやれることはすべてやった、と享受者が思えるようにするということです。この作品では7で集中的に描かれています。


 次は外に出たいという動機や欲求について考えてみましょう。「ショーシャンクの空に」のような脱獄ものであれば、主人公が牢屋に閉じ込められていることを自覚し、しかも冤罪であるということであれば動機として十分でしょう。「マトリックス」では、お前は偽りの世界に閉じ込められている、と告げ、本当の世界を知りたいか、と決断を迫る「賢者」を登場させることによってこれをクリアしています。


 「トゥルーマン・ショー」にもローレンという「賢者」に相当するキャラが登場します(6)。しかしクリストフ側の妨害により、賢者の役割を果たせませんでした。トゥルーマンに残された動機は二つ。外の世界を見てみたいという憧れとローレンへの未練です。彼が現在持っている家族・親友・快適な生活に比べると弱すぎる動機と言えるでしょう。


 それではどのように強い動機や欲求を実現しているのでしょうか。それはプロットではなく演出にこめられています。トゥルーマンを取り巻く衆人環視の視線。スナイパースコープの視界のような四隅の黒い盗み撮り映像。登場人物がいきなりスポンサー商品のコマーシャルを始めるという異様さ。トゥルーマンはほとんどの場合それらを自覚することはありませんが、すべてを見ている私たちは違います。私たちがそれによって、ここは嫌だ、息苦しいと感じてきたところでトゥルーマンが「外の世界を見てみたい」と言えば、ふんわりとした動機でも疑問を抱くどころか彼への感情移入が促進されます。なぜなら私たち自身がシーヘヴンから出たいと思っているからです。


 「解放する」の記事では、主人公が解放されるだけでは満足感が低いと書きました。「ショーシャンクの空に」では冤罪を晴らす(「取り戻す」)、「マトリックス」では敵を倒すことに「面白さ」が移ってゆきますが、この作品の場合はトゥルーマンがシーヘヴンを出ることがそのままクリストフの信念の破壊、つまり「敵を倒す」になっています。


●哲学について

 「面白さ」には関係ないのですが、この作品は哲学が興味深いのでそのことについて書いてみたいと思います。


 プロット概要では省きましたが、「トゥルーマン・ショー」を観る「外の世界の人々」はクリストフが提供する「理想郷」に憧れを抱いています。シルヴィアのような人権派は少数であるということが9で述べられていますし、テレビに映るトゥルーマンの寝顔を見ながら一緒に寝るおじさんや、仕事をそっちのけでテレビに釘付けになっている警備員など、クリストフを含め、「トゥルーマン・ショー」の世界に依存してしまっている人々の描写がされています。


 それにもかかわらず、11でシーヘヴンを脱出しようとするトゥルーマンを見ると、彼ら(クリストフを除く)は一転して応援し始めるのです。改心してシルヴィアのように考え始めた、という描写は全くありません。自分が依存している世界の終焉を望むなんておかしいと思いませんか? 彼らは脱出に成功したトゥルーマンに喝采を送ります。自分たちは「理想郷」に依存しているくせに、そこを抜け出して理不尽がまかり通るリアルな世界にトゥルーマンが出て行くことがそんなに喜ばしいことなのでしょうか。相克する二つの価値観が、解決されることなくそのまま提示されていることがとても興味深いです。


●まとめ

 哲学はさておき、この作品で学べることは、主人公の動機付けが弱くても享受者に直接訴えかけて、動機を補強することができるということです。もちろん主人公の動機付けをしっかりと行い、その上で演出の力を借りるのがベストですが、この作品のように設定上無理がある場合は検討してみてもいいと思います。

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