第十七話 人間学者ジーダ


    *    *    *



商人ギルド幹部サランドロ・ギュスタムを失脚させる方法――。


不正や犯罪の痕跡を見つけることは容易い、なにせ隠そうとすらしていないのだから。

問題は、告発したところで誰も彼を裁いてはくれないという現実だ。


劇作家ジオ・チンチン伯こと、ドワーフ娘ジーダは切羽詰まっていた。


商人ギルド主催の演劇コンテストが開催されてしまえば、参加した団体はメジャー、それ以外はマイナーにカテゴライズされる。


以後、多くがそれに追随し演劇のスタンダードモデルとなるだろう。


――そうなってしまえば、再浮上は絶望的だ。


なぜなら、ジーダの立場は他の作家たちとは違う。サランドロの方針がドワーフの排斥である以上、業界からの抹殺は確定と言わざるを得ない。


しばらくは実績を語られることもあるだろうが、人々は彼女が活動の機会を奪われていることにすら気づかず才能が枯渇したと判断し、いずれは忘れ去っていくだろう。


ふと、ジーダの脳裏を昔の思い出がよぎる。


半世紀前、オークション会場で『伝説の剣』をたたき折ったグンガとカガム、二人のドワーフのことだ。


あの時はひどい目にあったと、助太刀したことをしばらく後悔したものだった。


――ああ、彼らみたいにできたらいいのに。


コンテストに合わせて無視できないクオリティの公演を開催し、実力差を見せつけてやれたらと思い描く。


しかし、条例と商人ギルドによる劇場の独占からそれは難しい。


ドワーフ追放が直接的なものであれば種族の問題として同胞を頼るところだが、『人間のコンテストであり異種族の参加を認めない』という正論を種族への攻撃と断定するのは難しい。


『演劇ができなくなる』と言われたところでドワーフたちにはピンとはこないだろう。

種族の中ではジーダこそが異端であり、演劇くらいのことで『鉄の国』は動かないに違いなかった。



「ただいま戻りました」


ジーダが帰宅するとユンナがだらしない姿でゴロゴロと過ごしていて、「んー」とやる気のない返事が返ってきた。


体力のありあまる子供に隠遁生活を強いるのは酷だが、影でいろいろと嗅ぎ回っていることをサランドロ側に察知されないよう、ジーダはユンナの外出を禁じていた。


「掃除くらいしてくれてもいいんですよ?」


家主にそう指摘されると、ユンナはしばし考えてから答える。


「どこから手をつけていいかわからないのよ」


研究者であるジーダの部屋にはたしかに手をつけられて困るものも多いが、ユンナはその経歴から掃除洗濯などはお手の物のはずだった。


匿ってもらっているにもかかわらずふてくされた態度が抜けないのは、ギュムベルトがダミーの死体と自分を見間違えたことでいまだにへそを曲げているからだ。


「――ごめんね!」


「まったくと言っていいほど、反省しているようにみえないんですけど……」


さんざん愚痴られたことでこの少女が同僚の少年に片思いをし、まったく相手にされていないことをジーダは把握している。


――かわいそうに。


とは思うが、ドワーフにとって外出すれば敵だらけの異種族の町で、帰宅してまでキレちらかされては堪らない。


「あなたは魅力的です。特定の人物に固執しなくても、きっと良い相手が見つかりますよ」


慰めを口にしながらジーダはその発言が軽率だったことに気づいた、恋をしている人間には言っても仕方のない言葉だったからだ。


「適当なこと言わないで、ほかの相手になんて興味ないわよ!」


「ですよね……」


事実を伝えて方向転換できるほど人間は謙虚ではない、損得の話で説かなくてはならなかった。


ユンナはジーダに八つ当たりする。


「そんなことも分からないで、よく作家が務まるわね!」


人の心もわからずに、という意味だ。それは売れっ子作家に対する明確な侮辱だった。


――ムッ、このワたしに対してよくもそんな暴言を。


ジーダは軽くヒートアップする。


「だいたい、生物のオスとメスが発情しあうのは子孫繁栄のための本能でしょう。大丈夫、未練たらしく執着しなくても必ず代わりの相手が現れます」


仕返しとばかりに嫌みを言ってやった。すぐに他の異性に目移りすると決めつけて、少女の恋を矮小化したのだ。


「わたし、そんな節操ない女じゃないもん。清楚系売春婦だもん」


「節操がなくてなにが悪いんです。合意を得られない相手に粘着し続けるより、すっぱりと適切な相手を探すことの方がはるかに爽やかで健康的でしょう」


これは嫌みではなくアドバイスだ。


片思いをするのは自然。しかし、相手に気がないと知って身を引けないのはただの身勝手だ。

拒絶されてそれでもしつこく追い続けるとしたら、それはもう『自分の思い通りにならないことが許せない』というだけのエゴでしかない。


それを恋愛だとか、愛を冠する言葉で飾り立てるだけでもおこがましい。


ムカムカする。とか、ムラムラする。とか、『片思い』を表現する言葉にはそれくらいが適切だと作家ジーダは考えた。


「あんたの戯曲でも、船乗りに恋したヒロインが冒険について行くじゃない」


「創作と現実をごっちゃにするな!」


片思いに意味はない、なぜなら『運命の人』は出会うものではないから。


『運命の人』はきっかけではなく結果だ。パートナーと添い遂げた結果に対して与えられる称号なのだ。

それを結ばれてもいない段階で、彼じゃなきゃダメ、だなんて思いこむのは錯覚だ。


どんな人物にだって代わりはいる――。


ポっと出の異性が自分を幸せにしてくれる可能性を疑う必要はないし、振り向かない相手に無理を強いるよりもはるかに可能性が高いはずなのだ。


「――現実の片思いはみっともなくて、陰湿で、ダサい! 執拗なつきまといをともなう片想いはただの迷惑行為ですよ!」


創作は願望の具現化。現実とかけ離れていて当然であり、現実で実行しようとするのは救いようのない馬鹿である。


恋愛を美化してはいけない。


悪に立ち向かってはいけない。


人助けをしてはいけない。


多くの人々は分別がついているはずだが、ときおり創作に感化された馬鹿が暴走してはその身を破滅させていく。


ユンナを助けたジーダ自身が、たったいまそれを実感している最中だ。


「――なにか反論はありますか、どうぞ、なんでも答えますよ?」


作家である自分が口論で後れを取るわけにはいかない、正論と理屈の力で完膚なきまでに論破してやる。


居住まいを正し、議論の体制を整えたジーダに対する少女の返答は六文字。


「うるせーブス!」


「なっ…………」


ゴブリンに発情されなくても人のプライドが傷つかないように、美的感覚の異なる異種族に容姿をバカにされてもドワーフは気にもとめない。


しかし、口論においていくら積み重ねても無駄という事実はジーダを落胆させた。


「――ここまでの会話はいったいなんだったんです、ワたしの独り言?」


べつに少女が憎くて言い負かそうとした訳ではない。


異なる価値観との遭遇によって知見を得ることこそが進化だとジーダは確信しており、深みを得るためには人、場所、仕事、ひとつでも多くを経験すべきだと考えている。


役者としての将来を期待していればなおさらだ。



「あーっ、もーっ! いつまでこんな狭いところに閉じこもってなきゃいけないの!」


しかし、ユンナは分が悪くなると一方的に話題を変えてしまうのだった。


「せま……。そうですね、商人ギルド幹部サランドロ・ギュスタムを失脚させるか、彼主催の演劇コンテストが開催されるまでですかね」


自分とサランドロの勝敗が決するまで、という意味だ。


彼から権力を奪うことができればコソコソする必要はなくなるし、コンテストが開催されれば自分たちは彼にとって取るに足らない敗北者になる。


それによって報復や痛がらせの一切がなくなる保証はないが、ユンナを一生閉じ込めておく訳にもいかず解放するしかなくなるだろう。


「そんな悪党、さっさとやっつけちゃってよ」


「部屋に出たゴキブリみたいに言わないでくださいよ……」


悪党と周知されている人物ならばどれだけ楽か、サランドロはどちらかといえば英雄に分類される人物だ。


それも権力に頼っただけのものではない。


帝国が領土を拡大した影響で東端の港町には雑多な民族が流れ着き、彼もその難民の一人だった。


帝国民でも先住民でもないサランドロは雑多な民族が衝突するこの町で、その才覚を持って同胞たちを結束させると現在の地位を手に入れるまでに至った。


人間学者のジーダは目立つ存在だった彼をつぶさに観察してきたが、昔の彼はけして狡猾なだけの若者ではなかった。


ギュムベルトのような熱血漢で、仲間のために行動を惜しまない真っすぐな若者だった。


「郊外に住んでるのが怪しいよ、絶対なにかを隠してる。そうに決まってる」


ユンナは役に立とうと思いつきを口にした。


「……悪事をあばいても勝てないって話はしましたよね?」


不便なところに住んでいるな、とはジーダも思っていた。


商談や取引も町を拠点にしたほうがはるかに捗るだろうし、悪事を隠蔽するのが目的ならば本邸にしないほうが都合も良いだろう。


あの屋敷はもともと『鉄の国』で生産した武具をこの港町に運ぶための中継地点だった。

終戦後は需要の低下から国が管理を放棄し、サランドロが自宅として買い取ることで住み着いていた。


「ドワーフとの取引はどうなったの?」


ジーダがサランドロ邸の成り立ちについてユンナに説明すると、少女はふと疑問を口にした。


「そんなの続いているわけが……」


言いかけて、ジーダは違和感を覚えた。


ドワーフの台頭を恐れているサランドロが、ドワーフ製品を市場に流すわけがない――。


実際にそれらしいものを街中で見かけることはなかったし、確認するまでもなく『鉄の国』との流通は途絶えたものだと納得していた。


しかし、人間側の都合で一方的に取引を中止したにしてはドワーフ族ともめたという話はいっさい聞かない。


ジーダも長らく『鉄の国』に帰っていないが、製造技術に絶大な自信を誇るドワーフたちが理不尽に取引を止められて納得するとは思えない。


――まさか、取引は続いているのか?


そうなると品物はどこにいったのだろう。


もしかすると、国外に流しているのかもしれない。海を経由すれば選択肢だって豊富だ。


「――あっ、そういうことか!!」


「え、なに!?」


ジーダが大きな声を出してユンナを驚かせた。


「海といえば、海賊たちですよ!」


帝国として大陸を支配しかけたアシュハ軍に対し、北の小島を縄張りとするダラク戦士はあらゆる面で劣勢な少数民族でしかない。


侵攻するのに困難な地形と蛮勇によって外敵を退けてはきたが、戦力差は歴然のはずである。

それがアシュハの軍艦を撃墜し、ついに中央から正規の軍隊が増員されるまでになっている――。


「鉄の国から買い付けた武器を、サランドロが海賊たちに流しているとは考えられませんか?」


そうすることで、ドワーフの製品を領内の市場に出回らせることなく儲けることができる。


「……それって悪いこと?」


ダラク民族が『鉄の国』から直接、武器や兵器の類を買い付けている可能性も考えられなくはない。


だがしかし、もしサランドロが海賊たちに流しているのだとしたら、彼のせいで海賊たちは手を付けられなくなったということになる。


つまり、サランドロの売った武器で、自国の商人や軍人、果ては外国からの特使を殺しているということになる。


「悪いもなにも、証拠が掴めればサランドロを街から追い出すことができるかもしれませんよ!」


ジーダはサランドロ失脚への足掛かりを得た興奮に両拳を握りしめた。

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