第10話 チーム"エスケア"結成

 振り返った先には一人の野球部員が立っていた。


 

 彼の名前は"隼野秀司はやのしゅうじ"。帽子を脱いだその下には、野球部に似つかわしくない金髪のオールバックをしている。


 秀司は中学の頃から彰人に対して因縁があった。それは野球に関して一度も勝てたことがなかったのだ。秀司も彰人と同じピッチャーで、1対1の一打席勝負を何度も挑んできたが、これまで全敗だ。

 秀司も十分に野球の素質はあるのだが、彰人がいるおかげで中学の頃は常にNO.2だった。しかし、今の野球部の中では3年生を差し置いて一番の実力者と裏で噂されている。


 実力十分な秀司が現在キャプテンになっていないのは野球部の古い伝統にあった。どんなに実力のある下級生がいても、キャプテンは3年生が務めるのが習わしで、それに秀司は不満を抱いていた。

 秀司の性格から誰かの下で野球をするのを好まず、練習には殆ど来ていないらしい。しかしレギュラーだけは実力至上主義の為、一年の頃からレギュラーから外れたことがないようだ。


「なんだお前か」

 彰人があきれたように返事をする。

「久しぶりにきてみれば、なんだか楽しいそうなことやってんじゃん」

 にやにやと嘲笑を浮かべながら俺達に詰め寄る。

「お前には関係ないだろ」

「冷たいこと言うなよな」

 彰人は秀司を適当にあしらう。


 俺は秀司に先程の言葉の意味を尋ねる。

「よう、秀司。それで再戦をしてくれるって本当か」

「蒼太も久しぶりだな。あぁ嘘なんて言わないよ」

「そんなこと秀司が勝手にきめていいことなのか」

 秀司にとって意外な質問だったのか、少し驚いたのち説明口調で答える。

「数カ月後・・・遅くても8月初旬、その頃には世代交代で俺の代になる。その時には俺はキャプテンになり、直々にお前らの相手してやるよ」

「8月の初旬って、そんなに早く終わるのか?」

 彰人が口を挟んだが軽く鼻で笑われる。


「おまえの言いたいこともわかる。確かにうちの野球部はかなりの強豪だ。周りからも大会勝ち抜いていくとだろうと期待されている。だが、それは外面しか知らないやつらの考えだ。実際はお前らも知るようにキャプテンは女遊びで怠惰な生活をしていたり、他の部員も何かと余裕をこいている。強いことは間違いないが、あのままじゃ良くて全国大会一回戦敗退だな」

「そんなにか・・・」

 野球部にしかわからない内情から秀司が考察する。


「俺もレギュラーとして出るが周りがあれじゃだめだな・・・けど俺は今、秘密裏に全国で俺以外の優秀な高校球児を特別な場所で鍛えている。そして時期が来たとき、全員をこの学校に転校させ、最強のチームを作るのさ」

(そういえば秀司ってかなりのボンボンだったな・・・特別な場所で鍛えているのも嘘ではないのだろう。転校させる時も秀司が全ての費用を請け負うみたいだし、かなり本気みたいだな・・・てかボンボンは皆金髪なのか?)

 俺がどうでもいい疑問を抱く。


「8月のそのころまでにはチームの出来も整ってるし、お前たちとの再戦を俺の作り上げた最強チームの記念すべき一戦とし、今後の足掛かりにさせてもらうぜ」

「じゃあその時になればよろしく頼むわ」

「せいぜいボロ雑巾にならない程度には鍛えておけよな」


 二人の言い合いに水を差しつつ、肝心なところを確認する。

「それで彰人、結局いつにするんだ」

「そうだな・・・8月中旬くらいならそっちも引継ぎを終えてチームも馴染んでいるだろう?」

「そうだろうな」

「じゃあそうだな・・・俺達は8月20日がいいな」

「いや俺は一言も・・・」

「あぁ俺もそれでいいぜ」

 俺の発言を待たず彰人は答える。

「決まりだな」

「それまでに楽しいお仲間でも集めて、精々無駄な努力をするんだな。それ以前にお前らが集められる仲間なんてたかが知れるがな!」

 秀司はそう言い残すと、高笑いしながら学校の中に消えていった。



 俺は秀司の背中が小さくなった辺りで彰人に言う。

「彰人、またお前は勝手に決めて・・・」

「まぁなんとかなるだろ」

「なんとかって・・・ああは言ってたけど本当に秀司が約束を守る保障はないよな」

「そこは問題ない」

「・・・?」

「あいつは一度決めたことは決して曲げない馬鹿なんだよ。中学の頃、雨で運動会が延期になった年があっただろ?あの時、あいつは雨の中ずっとグラウンドに居たんだぜ。あいつはそういうやつだから、今回の約束もきっちり果たしてくれる」

「それはまた・・・ちなみに再戦日はどうやって決めたんだ?」

「8月20日の次の日が何の日か覚えてるか?」

「21日?・・・あぁ、彰人の誕生日か」

「そう!16歳最後の日を清々しい気分で迎えたいからな。それだけ」

「はぁ、彰人らしいよ」

 改めて彰人の考えに呆れる。


 すると彰人は突然とんでもないことを言う。

「よし、それじゃあ明日から仲間の勧誘よろしくな!」

「って、俺がやるのかよ!!彰人も手伝ってくれよ!!」

「こっちはこっちで特別な練習をしたり、他にもやることあって手が離せないんだ。だから俺の代わりにしっかりあと7人集めてくれよな。あいつにあんなこと言われたんだし頼むぜ」

「まじかよ・・・」

 今後の展望を想像し気持ちが重くのしかかる。


「ごめんな。そうは言っても出来る範囲で手伝うから、後は頼むよ」

「本当にやるしかないみたいだな・・・」

「これも蒼太のためなんだ、わかってくれ」

「はいはい」

(途方もないな・・・けど楽しくないと言えば嘘になるな・・・集めるか)

 渋々と了解し、明日からどうしようか考えていると———



「面白そうなことを考えているね。私も混ぜてほしな」


 俺たちは再び話しかけられた声のする方を見れば、先程屋上で話していた女生徒がいた。

「・・・蒼太の知り合いか?」

「あーえっと、彼女は・・・」

 あの時名前を聞きそびれたことを思い出し、紹介の仕方に困る。


 それを見かねて女生徒は言う。

「私は”矢那瀬空音やなせかのん”。蒼太とはさっきぶりだね」

「そうか・・・ん?さっき・・・?」

「さっき偶然屋上で会って少し話してたんだよ」

「・・・・・・そうか」

 彰人は何かを考えた後、話を戻す。


「それで、さっき混ぜてほしいって聞こえたけど野球知らなそうだしなー。俺たちについてこられるかなー」

 彰人が遠回しに仲間入りを拒んでいるのか、彼女を煽っている。

「誰が野球を知らないって?」

「え?」


 彼女は近くにあったボールを拾い、投球フォームをとる。

「おいおい、俺の真似をしても野球はできないぞー」

 彼女は彰人の煽りを無視し、遠くの壁目がけて大きく振りかぶった後腕を振り下ろす。


 高速で振り下ろされる手から放たれたボールは壁まで一直線に伸び、大きく跳ね返った。



「「・・・・・・・・」」

 俺と彰人は声が出なかった。彰人程ではないが、130km以上ある球を彼女が投げたのだ。


「どう?これで仲間にする気になった?」

「くっ・・・・・・蒼太と俺のバッテリーは譲らないぞ!」

「ああ、私はピッチャーじゃなくていいよ」

「そんないい球投げれるのにもったいないな」

「おい蒼太!」

「本当にいいんだ。私は彼ほど体力が多くないと思うし、正直さっきのような投球は連続して出来ないんだよ」

「そうか・・・」

 流石に彰人程の体力はないだろうし納得をさせられる。


「私は人の真似をするのが得意でね、さっきも彼の投球を真似ただけなんだよ」

「フォームを真似ただけで再現できるなら、皆プロ野球選手になるわ!」

 彰人の言うことは尤もだ。

「確かに野球を何も知らない人間が真似ただけじゃあそこまでの芸当は無理だろう。けど私は全く野球に縁がなかったわけじゃないんだよ。運藤に限らず芸術面でも、昔から人の真似をするのが得意でね、それで野球も昔覚えたんだ。それに体力や筋力、握力等を鍛えてきている。それは、スポーツをする為だけではなく、女性としての魅力を出すためにも必用なステータスだと思ってやってきたんだよ」


「認めるしかないか」

 彰人が折れるところを見るのはかなり珍しかった。

「よし、じゃあこれからよろしく!・・・えーっと」

「空音でいいよ。私も蒼太と呼ばせてもらってるから」

「わかった、それじゃあ改めてよろしく空音」

「よろしくな空音」

「えっと彰人は矢那瀬さんって呼んでほしいな」

「なんでだよ!!!てかちゃっかり俺も呼び捨てじゃねぇか!!」

 彰人が空音に調子を狂わされているの見て、思わず笑ってしまう。


 すると空音は

「それで、チーム名は決まっているの?」

 すかっり忘れていた。しかし、これから仲間を集めていく以上大事な事かもしれない。

「あー、どうしよっか」

「うーん・・・」

 俺達は特に何も思いつかない。


「じゃあ私たち初期メンバーのイニシャルを文字って・・・」

K空音 A彰人 S蒼太(カス)か?」

「彰人それはねぇわ・・・」

「冗談冗談」

「その並びはなしとして他はないかな」

 彰人の発言を却下し、他の並びで考える。


 しばらく3人で再び考え、俺はふと頭に浮かんだ並びを言う。

「SKAでエスケアなんてどうだ?」

「おっいいじゃん。蒼太にしてはいいもの出たな」

「彰人の何倍もましだな。私もそれでいいと思うよ」

「よしそれじゃあ決まりだな」



「それじゃあ今日というチーム結成日及び、再戦の宣戦布告を記念して円陣組むぞ!」

「よし、やるか」

「これからが楽しみだね」

 彰人の号令に合わせて3人は内側を向き、右手を重ねる。

 こうしたことに空音が抵抗がないことに発見の一つだった。 空音も俺達と同じで楽しいことには抵抗がないのかもしれない。


「チームエスケア!絶対勝つぞ!!」

「「「おー!!」」」

 重ねた右手を高く上げ、空を見上げる。



 こうして俺たちのチーム、"エスケア"が結成され、約束の日に向けて始動していくのだった。


 チーム完成まで、あと6人―――

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