出過ぎた杭は打たれない(肆)
受付の女性の靴音が遠ざかっていった。
ボクは花梨さんと顔を見合わせ、同時に天井を見上げた。
天井からぶら下がっている小さなスピーカーからは、静かなクラシック音楽が流れている。
「あーあ。この学校に入ったら、カリンにはバラ色の学園生活が待っていると思ったんだけど、失敗だったかなぁー」
「あはは。バラ色の学園生活って……でも花梨さんは頭が良いからボクよりもマシだよ。ボクなんか運良く入試の予想問題が的中したから入学できたようなもので……入学初日から場違い感が半端ないもの……」
花梨さんが気弱なことを言うものだから、ボクも釣られてつい本音を言ってしまった。
「ねえショタ君……」
「ん?」
花梨さんはちょこんと座り直して、ボクをまっすぐ見つめてきた。
「カリンは頭が良くてイケメンな男を得るために、この学校に来たんだけど」
「うん知ってる。そこに関しては、花梨さんは清々しいくらいに終始一貫しているよね?」
「ぷぷっ。なにそれー。ショタ君はやっぱ面白いよー!」
お腹に手を当てて、ころころ笑う花梨さんは、いつもとは違って普通の女の子に見えた。
「ふーっ。で、……ショタ君はなんでこの学校に来たんだっけ?」
「えっ」
そういえば、ボクは星埜守高校に来た本当の理由を、花梨さんに話したことがなかった。
それどころか、誰にも言ったことがなかった。
もちろん『勉強するため』とか『良い大学に入るため』などというありきたりな理由で誤魔化すことはできるけど……
個室に女の子と二人きりで、その相手の女の子がぽろっと本音を漏らしたというこの状況で、上辺だけの言葉を返すのは卑怯だと思うんだ。
「ボクは姉を守れるぐらいの一人前の男になるために、星埜守高校ここに来たんだ!」
すっくと立ち上がり、拳を握りながら力強く言った。
「か、かいちょーを守るために?」
「うん!」
「い、一人前の男に?」
「うん!」
ボクは力強く肯定した。
まん丸に目を見開いて、花梨さんはボクを見上げている。
顔が熱くなってきた。
ボクの恥ずかしメーターがレッドゾーンを越えようとしてた、その時――
「いいねいいねー、カリンはその決意を応援するよー!」
「えっ、あ、ありがとう……」
花梨さんは満面の笑みをうかべて、手をパチパチ叩いている。
ボクは照れながら頭をボリボリ掻き、頭をペコペコ下げる。
「じゃあ、ショタ君! 一人前の男になるために、このカツカレーをドーンと食べて、力を付けよっかー!」
「あ、そうか! よーし、食べるぞー!」
勢いよく差し出されたスプーンを鷲掴みにして、ライスとカレーを同時にすくって口に運んだ。
五杯分を一気に口に入れ、もぐもぐと粗食しているうちに――
あれっ?
もしかして、ちょろいのはボクの方だった?
まんまと花梨さんに乗せられてしまったボクは、努めて不機嫌そうな表情をつくり出し、スプーンをハムカツカレーに乗せて花梨さんの前に戻した。
「ふふっ、誘導作戦しっぱーい!」
笑いながら、スプーンを持ってハムカツカレーを食べ始める花梨さん。
ボクはため息をはきつつ、喜多さん特製のお弁当をあける。
「なにそほれ美味しそほいひほう!」
「えっ」
カレースプーンをパクッと口に入れたまま、お弁当の中身を指さしてくる花梨さん。
今日のお弁当は卵とフルーツのサンドイッチだった。
「ねえねえ、シェアしよーよ。カリンのエビフライも一尾あげるから!」
「あ、そっか。そういうことなら良いよ」
そんな簡単な解決方法をなぜ初めから思いつかなかったんだろう。
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