第二十三話 怒りの風



「若槻一馬のことサききてえだ。

 その日、一馬になにがあっただ?」


 その日とは暫定順位決定戦の試合のことである。大地は直接対峙した松浪の口から真実を知りたかった。


「知らぬ。のものの事情など、わたしにはわからぬ」


 怜悧な表情を崩さず、松浪はそっけなく返した。


「一馬はそだなやつじゃねえはずだ。

 突然、意味なぐ狂ったというだか?!」


 大地は食い下がる。だとするのならば、そんな人間を宿敵と思い定めて修行してきたこの十年間はなんだったのか?


「あのものは、にわかに乱心した。わたしが語れる真実はそれだけだ」


「へば、その乱心者の頭サ砕いたのなしてだ? 

 なして自分の名前もわからなくなるほど、打ち据えただ?」


 番付第一席の業前を誇るのならば、軽くあしらうこともできたはずだ。

 頭でなくてもいい、肩でも腕でも一馬の抵抗力を奪う一打の選択は無限にある。

 松浪は確実に一馬の命を奪いにいったとみて間違いない。


「……………」


 松浪が押し黙った。

 感情の揺れはない。力強い眼差しで大地を見据えている。


「こたえてくれるまで、おらはここを一歩も動かねえだ」


 大地は持っていた大ぶりの扇子をパッと開いた。

『風』と太く墨書された扇面が夏の陽差しに照り映える。




(うわあ、大地さん、怒ってるよ)

 ざわめく人混みに埋もれるようにして辰蔵は成り行きを見守っていた。

 留書帖とめがきちょうに走らす筆が思わず止まっている。


「なんや、めっちゃおもろうなってきとるやないか」


 聞き覚えのある声が後ろから響いてきた。

 振り返るまでもない。声の主は太牙虎之介だ。


「あいつ、この場で第一席、いただく気やで」




   第二十四話につづく


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