第二十一話 芝増上寺


 芝増上寺は上野寛永寺と並ぶ徳川将軍家の菩提寺である。

 安国殿に安置されている秘仏黒本尊は徳川家康の念持仏であり、幾多の合戦において勝機勝運をもたらしたといわれている。


 高さ七丈(約21メートル)の雄壮な大門の前には、組み合わせ抽選会に赴く剣士剣客の姿をひと目見んものと多くの見物人が押しかけ、門前市もんぜんいちを成していた。


「すこだま、ひとがおるべや」


 凄い人出だと、大地が感心する。自然とひとの波が左右に別れ、花道をつくり、出場剣士の登場をいまかいまかと待ち構えている。


「今日は庶民は寺のなかには入れないんでさ」


 辰蔵が解説する。天下無双武術会は祖霊に捧げる仏儀でもある。作法礼法に則って厳粛公正な抽選を行うため、関係者以外の余人の立ち入りは認められないのだ。


「試合本戦は自由に観戦できやす。見放題賭け放題で、そのアガリが武蔵屋を介してご公儀の金蔵におさまるっていう仕組みでさ」


 現代ふうにいえば公営ギャンブルの一大イベントである。人気剣士は憧れの存在であるとともに、おのれの懐を潤してくれる福の神でもあるのだ。


「あっ、きやしたぜ!」


 にわかに怒濤のような歓声が沸きあがった。

 紙吹雪が舞いあがり、万雷の拍手に出迎えられて剣士たちが姿をあらわす。


「あれが真桜流奥伝道場しんおうりゅうおうでんどうじょうの三羽ガラスでさ」


 大地は並んで歩く三人の剣士たちをみた。

 真ん中の男こそが松浪剣之介に違いない。

 背が高く色が白い。眉間になにかを背負った憂いを帯びてはいるが、上級旗本の子息らしい気品に満ちている。


「真ん中のおひとが松浪剣之介まつなみ・けんのすけさま。

 その右隣のガタイのいいのが番付第二席の諏訪大三郎すわ・だいざぶろうさま。

 左隣のちょっと小柄なのが第三席の一丸初いちまる・はじめさま。

 真桜流だけで番付の上位三席を独占してるってわけで……えっ?! もっ、もしもし、ちょっと?」


 辰蔵がとめるのも構わず、沿道から大地はひょいと花道の真ん中へと歩き出し、三人の行く手に立ちふさがった。


「おらの名は風巻大地。松浪さあにききてえこどサあるだ」




    第二十二話につづく


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