Act3:仲間と復讐と楽しさと
ラルはティキの肩に掴みかかったまま話を切り出した。
「昔は大きくて青い海ってもんがあったらしい。けど俺達はその海を写真でしか知らない。その代わりに俺達にはこの青い空がある。リバティーに乗ってこの空を駆けるとき嫌なこととか全部忘れられるんだ。とっても気持ちが良くて、俺はこの空をリバティーで駆けるのが大好きだった。……今みたいにこいつ等が集まる以前から二人で一緒にこの空を駆けてた奴がいたんだ」
ラルはティキの肩から手を離すと空を見上げた。
「そいつの名前はレイ。いつもそいつと一緒に空を駆けているといつの間にかこんなに仲間が集まって、いつしか人の迷惑も考えずにこいつらと一緒に空を駆けるのが楽しくって仕方がなかった。滅び行くこの星でこんな楽しいことがあるんだって。レイともこいつ等共いつも一緒に笑って楽しんで」
ラルはその心に昔のことを思い出していた。
「レイはリバティー乗りの才能があったんだ。あいつの腕は確かだった。俺達の誰もあいつに勝ったことがなかったんだ。ある時小さい大会だけど他の国で行われてるリバティーのレースに出場することが出来た。期待なんかしてなかったんだけどな。あいつその大会で優勝しやがったんだ。その賞金で宴も開いてすげぇ楽しかった」
ラルは再びティキのほうを見る。
「でもその次の日レイは変わり果てた姿で発見された。そして俺らの仲間の一人が消息を絶ったんだ。レイが得た500万オーラムもの大金と共にな。消えたのはサニエルっていう男だ。俺はあいつを絶対ゆるさねぇ。必ず見つけ出してぶっ殺してやるんだ」
ティキは腕を再び組み目を閉じてなにか考え込んでいるような姿を見せた。
「んーでもなぁ。どんな理由があろうと俺はお前らをここから追い出さなきゃならねぇからな。そうしねぇとあの金も貰えねぇわけだし」
「だからあいつの場所を教えろって。そしたら俺らがここにいる理由もなくなるだろ」
「んーでもクライアントの情報をそう安々とは……」
「さっきからさんざん報酬やらなんやら話てんじゃねぇか」
ティキは手を頭の後ろにしながら笑った。
「あはは、確かに。んー、あ! そうだ。だったらこうしよう」
「あ?」
ティキは自分が乗ってきたリバティーを指す。ラルもティキの指す先を見る。
「お前もリバティー乗りなんだろ? 俺もそうだ。どうだ? リバティーのレースで勝負しよう。俺が勝ったらお前らは大人しくこの場から去る。お前が勝ったらクライアントの居場所を教えてやる。どうだ?」
ラルは眉間にシワをよせてティキのリバティーを見る。
「……わかった。いいだろう勝負だ」
「よぉし、男ならそうこなくっちゃな」
ティキは嬉しそうに笑う。ラルの顔は真剣そのものだった。
ティキもラルも自分のリバティーに乗りエンジンを噴かしながらスタートの合図を待っている。
「ゴールはさっき渡した地図の場所だ。いい勝負をしようぜ。ラル」
ティキは笑顔でラルに話しかけるが、ラルはひたすら前を見ていてティキの声は聞こえていないようだった。
「あら、随分真剣なのね。まぁいいけど」
族の男がスターターをやるようだ。手に持っているタオルが振り下ろされた時がスタートの合図となる。
男がタオルを振り下ろすと同時にハンドルを捻った二機のリバティーが火を噴く。
スタートを先行したのはラルだった。ティキもその後ろからついていく。
「おお、なかなかやるじゃねぇか」
ラルはスタートのスピードを生かすようにそのままさらに加速する。最初の角が見えてくるとほとんどスピードを落とすことなく流れるように角を曲がっていった。ティキはその後ろをついていっている状態だ。
「おほっ、すげぇこいつぁ遊んでたら負けちまうな」
ラルは後ろからついてくるティキをミラーで確認すると、追い抜かれないように自分に出来る最大限のコースを位置取りリバティーを走らせた。
すると次のカーブが見えてきた。ラルは再び体勢を倒しそのカーブを攻めていく。その瞬間ラルは後ろからの巻き込み風を感じた。何事かと横を見るとティキがいたのだ。驚くことに直線ではなくカーブで差を縮めてきたのだ。ティキはそのままラルを抜き前へと出る。
「くっ、なんてヤロウだ」
ラルはティキの背中を見ながら再び前に出るためにタイミングを見計らっていた。だがティキは抜かせない一度前に出たらもう二度と抜かせない。その背中はそう言ってるように見えた。
「なめるな。負けねぇぞ。あいつはレイはこんなもんじゃないんだ。俺は絶対に負けない。負けるわけにはいかねぇぇんだ!」
ラルの気迫がティキを上回ったのかラルが再びティキを抜いた。
「へぇ。マジでやるな。おもしれぇ、おもしれぇじゃねぇか。いくぜぇぇぇえ!」
ティキはハンドルを思いっきり捻った。その瞬間時速600キロとも言われるティキのリバティーのファルコンが大きく加速した。これが本領だと言わんばかりの加速。そのまま一気にラルを抜くと大きな差を付けて引き離した。
「すげぇ、あいつなんて奴だ」
ラルはティキの背中を見て言う。それと同時にラルの心臓は鼓動を早くしていた。真剣だったラルの顔が少し緩む。
「おもしれぇ。楽しいよレイ。お前にもこいつと勝負させたかったな」
ラルの顔には笑顔が満ちていた。ティキはそんなラルの表情をミラー越しに見ていた。するとティキが突然本来の進路から逸れて行く。
「……? あ、あいつどこに? まさか勝負を放棄する気か? 逃がさねぇぞ」
ラルも進路を逸れたティキの後ろをついていく。ティキは後ろからラルがついてきていることを確認しながら大きく進路を逸れていく。
いくつかの角を曲がり着いたのはルティー……を大きく越えてさらに遠くへ。さらにいくと目の前には男がいた。手にはかばんを持っている。先ほどルティーに依頼にきたサニエルとか言う男だ。
ティキはその男を見つけると大きくクラクションを鳴らした。その音に気がついたサニエルは後ろを振り返る。その瞬間ファルコンがサニエルの顔面にぶつかった。
ぶつかった衝撃でサニエルは吹き飛ばされ尻もちをついた。ティキはリバティーから降りると倒れているサニエルの前に立った。
「よう、どこにいくんだ?」
猛スピードで顔面にリバティーを当てたれたサニエルは鼻から血を流しながらもなんとか意識は保っていた。ティキの存在を知ると少しニヤつきながらティキを見る。
「あ、いや、ちょっと用事を思い出して」
「それは仲間よりも大切な用事かい?」
言葉を発するティキの背後からエンジン音が近づいてくる。それはティキの後ろからついてきていたラルの乗るリバティーのエンジン音だった。ラルはそこに倒れているのがサニエルだとすぐに気がついた。
「サ、サニエル。てめぇ!!」
「ひっ、ラ、ラルさん。ひぇごめんなさい」
ラルはサニエルの言葉などまるで聞いていないかのごとく、眉間にシワをよせ凄い形相でサニエルに向かって行った。しかしそれは途中でティキによって止められた。
「邪魔するなっ! そこをどけっ」
「……こいつをどうするつもりだ? 殺すのか?」
「当たり前だ! そいつは俺の仲間を……レイを殺しやがったんだ」
「お前の気持ちは分からないでもない。けど……こいつを殺したところでレイは帰ってこないんだぞ」
「うるせぇ! お前に大切な仲間を殺された俺の気持ちが分かってたまるかっ!」
「わかるさ……。俺も……俺も昔、大切な仲間を失ったからな」
ティキとラルのやりとりを見ていたサニエルが突然立ち上がりカバンを開ける。そして中のお金を取り出す。
「お、お願いだ。これをやる。だからそいつをやっつけてくれ」
ティキはサニエルのほうを見るとお金を手で受け取る。そしてそのまま札束を握った拳でサニエルの顔面をぶん殴った。殴られたサニエルはそのまま仰向けの姿勢で倒れる。今度は完全に気を失ったようだ。
「いるかよ。この金はお前のもんじゃねぇだろ」
ティキは再びラルのほうを見る。
「復讐なんか止めとけ。憎しみは憎しみを生んでその連鎖は永遠に終わらない」
「そんなこと分かってるさ。けど、けど、こいつは……」
「憎しみが止まらないんだったら、連鎖が止まらないんだったら、第三者を頼れ。その連鎖を打ち切ってくれる第三者をよ。復讐なんか空しいだけだぜ」
「でもそれじゃあ、俺はあいつに会わせる顔がない。死んだあいつにどういう顔で会えばいいんだよ」
ティキは笑顔でラルの後ろを指した。ラルはティキの指したほうを見る。そこにはラルが乗ってきたリバティーがある。
「あるじゃねぇか。そいつがよ」
「え?」
「そいつに乗ってレースをしてるときのお前の顔すげぇ良かったぜ。すげぇ楽しそうだった」
「……俺が?」
「なんだよ。自分で気がついてなかったのか? 顔なんてよ。笑って会えばいいんだよ。大切な仲間が死んじまって、悲しいのも殺した奴が憎いのも分かる。でもそれを理由にいつまでも人生を楽しまねぇのは損だぜ。お前の仲間は死んだけどそいつの魂も死んだのか?」
ラルはリバティーのほうへとむかっていく。そしてリバティーに手を乗せる。
「……いや、レイの魂はここにある。あいつの魂は死んでない」
「だったらそいつと一緒に楽しもうぜ。空を駆けるのが好きなんだろ」
ティキは笑顔で言う。ラルは一瞬笑うとリバティーに乗る。
エンジンを噴かしたリバティーは空中に浮きそして加速する。
風が全身に当たる。それはとても気持ちがいいもの。
ラルが乗っているかつてレイが乗っていたレイの魂が乗り移ったこのリバティーと共に空を駆け抜ける。
ティキはそれを見えなくなるまで笑顔で見送っていた。
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