2.疾風と迅雷編
『疾風の章』
第19話 疾風の朝
白塗りされた一軒家の部屋で、少女は髪を結んでいた。
「シレット。ご飯出来たわよ」
「うん。もう行くよ」
母親の声が廊下から伝わり、シレットは金と緑のヘアゴムを身に付けて下へ降りた。
ダイニングへ向かうと、シレットと同じ顔立ちと髪色をした母のリリーが着席していた。
「パパはもう行ったの?」
「ええ。今日は大事な仕事があるみたい」
トーストとバターの香ばしい匂いがリビング全体に広がっていた。
机に並べられた皿の上にはトマトとレタス、更にベーコンが挟んだサンドウィッチが置かれており、更にスープもあった。二人は席に着くと掌を合わせて今日の食事に感謝をし、サンドウィッチを頬張った。
「美味しい!」
野菜の瑞々しさとベーコンの脂が口の中で広がり、シレットの顔から笑みが零れた。娘の幸せな顔を見たリリーもまた微笑んでいた。
朝食を食べ終えたシレットは、玄関で腰を下ろして、漆塗りされたローファーを履いていた。
「じゃあママ、行ってきます」
「ええ。あんまり遅くならないうちに帰りなさい」
「うん」
リリーに見送られたシレットは、扉を開け、空からの光を身体いっぱいに浴びた。
近所の方々に朝のご挨拶をしながら進んで行くと、街中は紺色のブレザーを纏った男女で賑わっていた。
王立高等学校。今日も多数の生徒が昇降口に集まり、それぞれの教室へ入っていく。
「シレット~!!」
「きゃあ!?」
シレットが靴を履き替えていると、突然自身の胸が何者かに掴まれてしまい、思わず悲鳴を上げた。
「今日も無防備だぞ~ この隠れたボールちゃんが」
「普通に挨拶して!! フラウア!!」
掴まれた手を払い、胸をガッシリ覆いながら怒鳴った先に少女がいた。オレンジ色の髪はウェーブがかかったショートヘアで、身長も胸もシレットとそれ程変わらない。
名前はフラウア・ペコ。
今もにやにやしながら指を動かしている。
「減るもんじゃないんだから~!」
「ちょ、やめ、やあだぁ!」
フラウアが抱き着きながらその手を胸に伸ばすが、シレットも揉まれない様に身体を曲げて抵抗した。
「朝から元気よね。アンタ達」
絡み合う二人の前にまた一人制服を着た少女が現れた。
「あ、おはようテレーズ。今日も眠そうだね」
「まーね」
テレーズ・マリアージュ。背丈はシレットよりも小さく、三つ編みにおでこを出している。だが瞼は鉄の様に、今でも落ちそうだ。
「テレーズ~! 朝のご挨拶の…」
「はあ? 殺すわよ?」
フラウアの伸びる手がビクッと止まった。テレーズの殺気立つ一言を食らい、ニヤニヤした顔も一瞬で消えた。
「じょ、冗談ですよ。冗談」
「たく……」
「あ、よ、夜更かししてると、胸大きくならないんだよ」
その直後、フラウアは頭を抱えながらのたうち回った。その横ではテレーズがフウフウと息を荒くしながら両手の鞄を下ろしており、目を鋭く光らせながら、低い背から少しだけ膨らむ胸を手で囲う様に強調した。
「ぎゃあああああああああああああ」
「大丈夫だから。これぐらい膨らんでれば十分よ……!!」
そんな二人の凄まじいやり取りを見て、シレットは力なく笑った。
「痛った~い。シレット~! テレーズが打った~!!」
「いや、今のはフラウアが悪いよ」
涙を浮かばせながらシレットに訴えるが、当然の様に引き気味で宥められた。
「あ、ねーねー!! 今日終わったらさ、また三人で商店街に行こう~」
先程の激痛はどこへ行ったのか、フラウアは右にシレット、左にテレーズと、二人の二の腕に抱き着いた。
「はあ? 昨日も行ったじゃん?」
「いいじゃん~行こうよ~」
「あーッ! わかったから抱き着かないで」
「やった~!」
二人の腕を振り回しながら駄々をこね始めたフラウアに、テレーズは渋々と承諾。
溜息を付きながらシレットの方へ顔を向けた。
「このバカを相手にすんのも楽じゃないわ。ねえシレット?」
「あ、あはははは……」
呆れたテレーズに、やはりシレットは苦笑いで返し、三人は教室へ向かった。
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