第1章 魔王融合〈デモンズユナイト〉

いつもと同じ朝

 ジジジジジ……

 遠くの方で何かが鳴る音が聞こえる。


 ブズズズズ……

 頭の上の方から、何かが細かく震えているのが伝わってくる。


「わーーー!」

 そしてソーマはベッドから飛び起きた。

 鳴ってる目覚まし時計を止めて時間を確かめる。


 8時20分。

 完全に寝坊だ。


 枕もとでまだ震えているスマホをのぞき込む。

 ユナからだ。

 

 嵐堂らんどうユナ。

 遅刻大王のソーマを放っておけず、毎朝ソーマに目覚ましコールを入れてくる。

 隣の家に住んでいるソーマの幼馴染だった。


「まずい!」

 ソーマはベットを跳ね上がる。

 寝巻を脱ぎ捨てて、速攻で学校のシャツとブレザーに着替えていく。

 玄関ではユナが待っているはずだ。

 顔を洗って歯を磨いて、朝メシはパスして階段を駆け下りていく。


 ガチャン。


 ソーマは玄関を開けて外に飛び出した。


  #


「あー。眠みー。だりー。課題やってねー」

 中学校への登校途中。

 ソーマはアクビをしながら、グダグダなテンションで地元聖ヶ丘の商店街を歩いていた。


 ここ最近はずっとこんな感じだった。

 父親は研究の仕事が忙しいとかで、ほとんど家にいない。

 母親は、ソーマがモノゴコロがつく頃には、もういなかった。

 母に変わってずっとソーマの面倒を見てくれていた姉のリンネも、今は病気がちで市内の病院で療養中。


 そういうわけで1人暮らしだと、どうしても朝がダメだった。

 昨日もせめて数学の課題は終わらせようと思っていたのに。

 

 その前に少しだけ……と思ってTPS『地球破壊軍EDF5』に手を出したらそれでおしまい。

 血を吐く思いで地球を守りきって、ベッドで気がついたら朝だった。


「もー。少しはシャキッとしなよ。ソーマくん!」

 ソーマと一緒に歩きながら、呆れ顔でそう言う少女がいる。

 ショートレイヤ―の黒髪をはずませたソーマのクラスメート。

 ソーマの隣家に住んでいる幼馴染の嵐堂らんどうユナだった。


 リンとして整った顔立ちは、無表情の時はちょっと冷たくてよそよそしく見えるくらいだ。

 でも笑うと、周りにパッと花が咲いたみたいに明るくなる。

 

 性格は、ソーマに言わせるとおせっかい。

 というかものすごい世話焼きで、ここ最近のユナは毎朝わざわざ御崎家まで彼を迎えにきているのだ。

 遅刻大王のソーマのことを、見ていられないらしい。


「ところでソーマくん。最近リンネさんの調子、どう?」

「べつに。良くなったり悪くなったりだな。姉さんも俺と同じなんだ。アレ・・とはいろいろ体が合わない・・・・んだって……」

 ソーマの顏を覗き込んで、心配そうに姉の事を聞いてくるユナ。

 ソーマは首を振ってそう答えた。


 姉のリンネが病気がちなのはソーマと同じ体質・・が理由らしかった。

 ソーマも自分の体質のせいで、ずいぶんツライ思いをしてきた。


「そう、早く良くなって、またみんなでご飯が食べられといいね……」

 ユナが下を向いて、小さくそう呟いた。

 その時だった。

 

「あー踏切りがぁ……」

 道の向こうを見て、ソーマは絶望の声を上げた。

 通学路の50メートル先で無情に閉まっていく皇急御珠みたま線の踏切の遮断機。


 朝のあの踏切りは、開かずの踏切り。

 1度閉まったら30分は開かない。


 歩道橋まで歩いて行っても10分は回り道になる。

 このままでは、完全に遅刻だった。


「もー。朝からグダグダしているからよ。しょーがないなー……」

 ユナがブツブツ言いながら、ブレザーの胸ポケットから何かを取り出した。

 それは銀色に輝く小さな音叉おんさだった。


 ユナがアレを使う時の、触媒マテリアだ。

 

「コレ使うしかないか。ソーマくん、つかまって!」

「ユナ。わるい……」

 ユナの声に、ソーマはすまなそうに彼女の手を握った。

 ユナは音叉を自分の手首で軽く叩いた。


 リィイイインンン……


 そして澄んだ音色が、かすかにあたりに響いた。

 ユナは音叉を自分の足元に向けてリンとした声で唱えた。


飛翔フライハイ!」

 

 ゴオオオオオオオ……


 ソーマとユナの足元で、風が巻いた。

 強い風がソーマとユナを空に巻き上げていく。


 風はユナの命じるまま。

 踏切りも送電線も高く飛び越して、ソーマとユナの体を学校の方角まで運んでいく。


「ふううううう……」

 音叉を振りながら自由に空を渡るユナを見て。

 ソーマは情けない感じでため息をついた。

 

 いつも、ユナに頼りっぱなしだ。

 俺はこんなこと・・・・・も出来ないのか。


 風に乗りながら、ソーマはあたりを見渡す。

 空を飛んで学校に向かっているのは2人だけではなかった。

 

 クラスメートの戒城コウがいた。山桜ハルがいた。

 後輩1年生同級生2年生も、上級生3年生も、何人も何人も。


 ユナと同じく飛行魔法が得意でAランク以上の免許を持っている生徒は、飛行による通学も許可されていた。

 飛行魔法は風を操るのにものすごい集中力がいるので、家から飛んで来る者はほとんどいないが。


 いや、1人いた。


「よう御崎。今日も委員長にオンブかよ!」

「ふん……うるさい!」

 嫌味ったらしい声が横から聞こえて来た。

 ソーマはイラっとしながらそう答える。


 ユナとソーマの隣を飛んでいるのは、着崩したブレザーの背が高くてガタイのいい男。

 高価な飛翔魔機フライトボードを器用に乗りこなして、2人の周りをグルグル飛びまわっている。


 クラスメートの黒川キリトだ。

 ソーマのことをなにかにつけて馬鹿にしてくる、イヤなヤツだった。


「ちょっと黒川くん。危ないからどいて。飛行中にそういうことはしない!」

「はいはいわかったよ委員長」

 嵐堂ユナも厳しい顔でキリトを注意した。

 だがキリトは真面目に答えるつもりは無いみたいだった。


「ほんとツライな魔法拒絶者マジカリジェクトってのは。俺だったらキツすぎて生きていけねー!」

 キリトがヘラヘラ笑いながら、ソーマとユナから離れていく。

 キリトの飛翔魔機フライトボードが学校の校庭に降下していく。


「グッ……!」

 ソーマはキリトの背中をにらんで、ギュッと唇を噛んだ。

 俺だって、好きでこんなことしてるわけじゃ。

 ユナに頼り切ってるわけじゃ……ない。


 魔法拒絶者マジカリジェクト……どうして俺だけ。


「き、気にすることないよソーマくん」

「あ、ありがとユナ……」

 ユナがソーマの手を強く握り返してきた。

 ソーマも顔を伏せて、小さくそう答える。


「さ、着いた。下りるよ!」

 ユナが音叉を振って風を制御する。

 2人の体が聖ヶ丘中学校の校庭に向かって降下していく。


 どうにか遅刻は避けられたみたいだった。


 トンッ


 校庭に2人の靴が着地した。


「さ。行こうソーマくん。今日も1日がんばろー!」

 ソーマの手を放して、ユナはそう言って笑いかける。

 2人は校舎の昇降口に向かって駆け出した。

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