第67話「再会の二人」

「じゃあ、どこへ行こうか。案内するよ――」

「それでその会いたい奴が、清久なんだけどさ」


 切り出した。

 長谷川なら、知っているはずだ。校内の有名人

 途端に、長谷川は、顔をしかめた。

 瞬間、胸がざわめいた。今まで、おおらかだった長谷川の顔が、みるみる曇る。

 なにかありそうなのが、わかった。


「会いに……来たっていうの?」

「ああ、そうだ」

「やめたほうがいいよ、真琴」


 長谷川は穏やかな口調だが、はっきりと言い切った。


「なんでだよ!」


「真琴には真琴の生活が、あるんだろう? この学校を出て、他校の女子として生活を始めて、こんなに良い友達もできて……本当によくやってるよ」


 長谷川の視線は、明美に向けられる。

 思わぬ高評価を受けた明美は、表情を変えなかったが、視線をオレの方へ一端向けた後、別の方へ向いた。

 照れくさいのかもしらない。


「私は思うんだ。あいつらが、しでかしたことのせいであいつらが、その報いを受けるのは仕方ない。でも……」


 長谷川の顔は、悔恨。自分もその責任があるという自責の念があった。


「真琴が、そのツケを払うことはない」

「長谷川、これはオレの中で決めたことなんだ。あいつがどうなろうと、この目で確かめる。自分がどうして、何の為にオレは今ここにいるのか。これからどうなるのか――色んな人にあった。色んな奴と過ごした」


 マミ姉――ミキさん、神社の子供達、春香、明美、第一高校の奴ら。それに、清久。


「あいつにまた会いたい。……そのために今日まで、オレはやってきて……その答えがようやくみつかりそうなんだ」


 それがオレの気持ち。素直な気持ちを長谷川に伝えた。


「教えてくれ、あいつは、どうなっているんだ? 今どこにいるんだ」


 問いかけに、一瞬躊躇する様子を見せたが、やがてゆっくり口を開いた。


「人形になっっちゃったのさ――壊れた人形に……」

「にん……ぎょう?」


 ほぼ同じ瞬間だった。


「――!?」


 同時に悲鳴が校舎内のどこからか響いてきた。


「な、何だ?」


 それも一人や二人ではない。

 犯されそうになった女が絞り出すような引き裂く悲鳴が。

 とんでもないものと遭遇した。

 化け物でもみたかのような、そんな悲鳴が、離れたところから聞こえてきた。

 おそらく天聖館高校の生徒の声だろう。というかそれ以外には考えられない。


「何?」


 明美がやはり叫んだ時にはオレは走り出していた。


「真琴!」


 ひたひたと、後ろから着いてくる音。

 明美もついてくる。

 もう一つ別の足音も聞こえる。長谷川も、おそらくついてきているだろう。

 一番近い階段を上がる。

 この学校の校内の構造は知っている。

 クラス毎の教室が立ち並ぶ教室。

 そこの廊下の奥には、さらに空中の渡り廊下があり、その先に、別の校舎がある。

 一回りメインの校舎とは別の小さい校舎だが、化学実験室、生物室、音楽室などの教室が入っている。

 そこにの三階に……生徒会室と会議室、物置などがあった。

 オレにとって一番近づきたくない場所、近づきたくない奴らがいる場所だ。


「あ――真琴」

「あれ? 第一高校の子?」


 悲鳴に驚いて、廊下で立ちすくんでいた女子生徒たちがオレに気がついたようだが、気に留めなかった。

 同じように、明美も気にしない。

 突き当たったところ。


「何? あの人だかり」


 明美が叫んだ。

 既に黒山の人だかりになっていた。

 悲鳴まじりの声が聞こえてくる。

 明らかに様子がおかしかった。

 人だかりは、そこの中心に何か強い斥力でも働くかのように、空間ができていて、徐々に移動していく。

 その移動にあわせて黒山も移動する。

 中には一端は人だかりに、物見遊山で加わったが、逃げ出す女子生徒もいた。

 その黒山に追いついた途端、


「おい! ちょっとどいてくれ!」


 人の群をかき分け、進んでいく。


「きゃっすいません――」


 後ろで明美も黒山に入ってきているようだった。

 ようやく壁のようになっていた人の群を抜けた。

 そして――

 オレはあいつと再び――再会した。


   ☆   ☆   ☆


 同じ刻――

 山の中腹。

 天聖館高校に隣接する公園に、一人の男がベンチに座っていた。

 公園と言っても、滑り台とブランコ、砂場ぐらいしか遊具がない。

 小さな公園だった。

 昼過ぎから、怪しくなった雲行きは、夕方に差し掛かっていよいよ荒れていた。

 風は強く、空は暗くなり、時折びゅうっと冷気を増した風が吹く。

 身を刺すような寒さに、家へ帰ったのか、公園には、子供達の声も聞こえなかった。

 この小さな町にやってくる厳しい冬の到来を告げようとしていた。

 もう間もなく白い世界に覆われる――。

 その凍える寒さの公園に男が一人。

 男は白髪、日に焼けた顔。既に中年も大分過ぎた気配を感じさせる。

 公園からは、町並みが見下ろせた。

 ただ広がる景色を眺め、物思いに浸っていた。

 ガサッ

 人の足音が微かに男の耳に聞こえた。


「君か……」


 男は振り向かず、ベンチに座ったまま呟いた。


「その花は君のものだな……そこにいるんだろう?」


 そのまま、横を向いた。そこには、小さな祠があった。

 かつてあった神社の名残からか――祠がいくつも、そこらにあった。

 この公園内にある祠も、その一つだ。

 滑り台の横にひっそりと祀られている小さな祠に、青い花が一輪備えてあった。


「久しぶりだ。もうあれは40年も前か……長かったようであっという間だった」


 いつのまにか、中年の男の傍らに、少女が立っていた。


「君はまったく変わってないんだろうな。あの時からまったく――体だけじゃない、その瞳も、どこまでもずっと無垢なまま……」


 少女と男は、近づきつつも、隣同士で寄り添おうとはしなかった。

 二人の間に、なお大きく隔たれた、境界が存在するように……。


「全て、君が起こしたのだろう。君が双葉(あの少女)を呼び出した」


 男は祠を見つめたまま。

 少女は中年の男に悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「まったく、君にも困ったもんだ。あそこまで事を大きくせずとも、良かったはずなのに……。いや……あそこまでやる必要があると君は考えたんだな。君は皆を解き放つことを企んでるんだろう。うちの子、君の娘、神社の少女たちも、そして過去に囚われている君とわたしも――」


 男は視線を合わさずなおも囁いた。


「それにしても……私たちは親子で、どこまでも双葉(あの少女)には嫌われる運命のようだ――いや……」


 ふいに中年は、言葉を一端止めた。そして、自分の言葉を打ち消した。


「いや、運命じゃないな。あの学校に行きたいと言ったのもあの子だし、君の娘を見初めたのも、あの子の意志だった」


 静かな時間が二人の間を過ぎていく。


「最後まで見守ろう。あの子たちが、どういう答えを出すか――」


 寒々しい雲の合間から花びらのように白いものがひらひらと降り注ぎ始めた。


「雪か……」


 街に、初雪がちらつき始めていた。

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