パヴァーヌ
「お邪魔してます」
神棚を設置してからリビングに戻ると、セプトくんとそっくりな女の子が俺の勉強道具で数学を解いていた。
「わたしで最後。パヴィ。8番。はじめまして」
「初めまして」
「どうぞ」
「ありがとう」
少し時間があるそうなので、りんごジュースをグラスで出してあげた。
「ひーちゃんのため?」
「ん? あー、そうかも」
翰川先生はりんご好きだ。
「知り合い?」
「うん。お友達!」
「おお」
「光太より知り合うの早かったんだよ。わたしが赤ちゃんの時から」
「それは長いねー。仲良しなんだ?」
「うん」
りんごジュースをこくこくと飲む。
幼くとも、気品と礼節は備わっているのがさすがだと思う。
「今日は、お話し相手になってくれて、ありがとうございます。ジュースもごちそうさまです」
べこり。
セプトくんとのギャップもあり、彼女の幼さに和む。
「いえいえ。こちらこそ。きょうだい沢山で楽しそうだね」
「うん。わたしが末っ子だから、みんな構ってくるの……セプトずるいんだよ。わたしより生まれるの5分早かっただけなのにお兄ちゃんぶるの」
「お兄ちゃんだから、パヴィちゃんのために頑張ってるんだよ、きっと」
「んむう……」
悩む姿がどことなく翰川先生に似ている。影響を受けているんだろうな。
「早く大人になりたい。それでね、ひーちゃんとか、ハノンお姉ちゃんみたいなかっこいい美人になりたいの」
大人への憧れが眩しくも懐かしい。
俺も昔はそうだったなあ。
「いやー……シュレミアさんとアネモネさんの血を引いてるんだから、将来はド級の美人だと思うよ」
実際、今すでに端正な顔立ちをしている。きっと、ご家族は成長が楽しみだろう。
「こうたいいひと」
無表情ながら嬉しそうにガッツポーズをする。
「そうだよね。いつかわたしも、ぼんきゅっぼんのナイスバディになれる!」
「……」
ぼんきゅっぼんになりたいのか。願望が純粋なような不純なような。
「ひーちゃんがね、『おっぱいは宇宙だ』って言ってたの」
「翰川先生何教えてんだろうね」
4歳児にそんなこと語るな。
「だから、ぼんきゅっぼんになるのが夢なの」
「そんなの俺に言ったらダメだよ絶対にダメだよ。パヴィちゃんは女の子なんだから、恥じらいを持ってね」
「? 私に恥という感情はない」
「ダメだ今持とう。今この瞬間から所持しよう。じゃないとテロになるから」
将来、周りの同年代の男子に向かって発言してしまえば、ご家族全員が大暴走することだろう。
「おばあさまもぼんきゅっぼんなんだよ」
「そういう事情も喋ったらダメだよ。身内の女性相手だけにしようね!」
俺に伝わったことが知れればおばあちゃんも赤面ものだろう。いや、それ以前にシュレミアさんに俺がボコボコにされるかもしれない。
「ひーちゃんは?」
「お父さんお母さんに聞こう。俺は勝手に言えないから」
「そっかあ」
納得してくれたようだ。
「あとねー。ひーちゃんみたいな研究者になりたい」
ぼんきゅっぼんと将来の夢が同列とは。
「お父さんは?」
「お父さんは研究者じゃなくて、周り振り回してる駄々っ子天才だから。私はお父さんと似ているので、駄々っ子から抜け出したいのです」
ぱーっと両手を広げて宣言する。
「……パヴィちゃんは天才なの?」
「難しい質問」
少し悩んでから、彼女なりの言葉を俺に伝えてくれる。
「抜きん出た才覚を指しているのなら、わたしはそうかもしれない。お父さんに『俺に最も似ている』って言われるから」
「……」
この子はこの子で、知能が子どもらしくないんだな。俺などよりはるかに賢そうだ。
彼女がいじっていた数学問題集を見て聞いてみる。
「パヴィちゃん、そこの数学の問題は解ける?」
寛光の過去問だ。難易度は折り紙つき。
「もう解いちゃった」
「…………。天才だね。紛れもなく」
「お父さんが作った問題、まだまだ簡単。2時間以内に解けるレベルに手加減してるの」
「恐ろしい……」
俺も最終問題に目を通したが、何をすればいいのかさえ全く見当がつかなかった。
「そのプレゼント、セプト?」
「あ……うん」
物置で受け取った箱を指さされて頷く。
「セプト頭いいから。きっと光太の役に立つと思う」
「わかった。パヴィちゃんもありがとね」
こんな得体の知れない奴に構ってくれて。
「どういたしまして」
ぺこり。
可愛いな。
「ん。お姉ちゃんたち来たよ」
「……」
2秒後、インターホンが鳴った。
パヴィちゃんを連れて玄関に出ると、アパートの共用廊下にご兄弟が勢揃いしていた。
「妹の面倒を見てくれてありがとう」
代表してハノンさんが会釈するのに合わせて、ほかのご兄弟も会釈する。
セプトくんはルピネさんの腕の中で眠っていた。
「ごめんなさい。今日はお昼寝しなかったから、眠たかったみたい」
「や、なんか子どもらしいところも見れて、安心しました」
お姉さんに甘えることもあるのだと。
「そう言ってもらえると嬉しいわね」
優しく笑って、弟を撫でる。
「お兄ちゃん、抱っこして」
「うん」
万歳したパヴィちゃんをカノンさんが抱き上げる。
「パヴィ、行くよ。お邪魔しましたーってしようね」
「うん」
きょうだい揃って頭を下げた。
「「「お邪魔しました」」」
壮観とはこの光景を言うのだろう。
「ばいばい、光太」
「うん。バイバイ、パヴィちゃん」
去り際まで可愛い。
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