ノクターン
タウラさんと入れ替わりで虹銀髪が現れた。
すわ家長降臨かと思ったが、表情が優しげな笑みであったこと。髪が長く体つきが明らかに女性であったことから、娘さんだとわかった。
「ノクターンと申します。6番。ノクトとお呼びください」
「……初めまして、ノクトさん」
「判定は鬼です」
にっこりと笑う。
「お父さんそっくりですね」
「でしょう? 私の誇れることは、見目が父様そっくりなことくらいしかございませんから……」
照れ照れとして可愛いが、自己評価が地味に低い人らしい。
「そんなことはさておき。私からも贈り物がございます。手早く参りましょう」
「残り二人ですもんね」
「ええ。可愛い弟妹です」
残る二人は男女二人か。
今まで上から女男女女男女……女性が5人で女性が3人という構成。
女性の方が人数多いんだな。
「私、数学等の専門でして。応援を」
「?」
「父が大学で数学の苦手な生徒さんの面倒を見ていたことがありました。その際、参考書にいくつもの書き込みをして……産物がひーちゃんからあなたに渡ったものなのです」
わかりやすさが頂点に達していた『青ペンさん』の参考書。
そんな経緯で生まれていたとは思わなかった。
「
シュレミアさんの愚痴を思い出せば、参考書に書き込まれていた罵倒の言葉も納得だ。
「ご存知でしたのね」
「まあ、はい」
「氏家さんと仰るのですが、その方、英語の翻訳・通訳関係の会社でお仕事をなさっております」
「すごいじゃないですか」
適した翻訳には国語力と英語力が欠かせない。言葉のエキスパートだ。
なのになぜ虎口に飛び込んだのやら。
「理系学問の翻訳もしたくて、父の研究室へ」
数学的な思考や用語を正しく翻訳するには専門知識が必要とされる。専門家の監修が入るだろうが、事前に知識理解があったほうがより効果的な翻訳ができるだろう。
教えを乞うのが数学の天才ならば申し分ない。
「動機を聞いてからは、父も罵りながら数学を教えておりました」
「そういう事情が……にしたって勇気のある人ですね。必要があったからって、苦手な分野に……しかもかなり高度なところに思い切って飛び込むなんて」
シュレミアさんは基本的に、教え方はわかりやすいが厳しい。
「良くも悪くも真っ直ぐで、思い詰めたら突拍子もないことをなさる女性だそうです。父は『頭の弱いイノシシ』と影で愚痴を言って……」
罵倒が斬新だ。
女性相手でも容赦ないんだな、シュレミアさん。
「あなたにお渡ししたのは基礎数学だと聞きました。応用問題が詰まった問題集でも書き込みが見つかりましたので、持ってきました。どうかお役立てください」
「あ……ありがとうございます!」
親切にしてもらって誠にありがたい。
「義務に近い受験勉強であろうと、数学を学んでくださるのは、いち数学者として嬉しいことです。応援しておりますわ」
「ノクトさんって美人な上に親切で上品ですごいですよね。会えて良かったです!」
心癒される。
「……」
彼女は真っ赤な顔をして、テーブルの上の台や神棚を手に取った。
「も、もう。……とりあえず、説明に移りますね」
「はい」
テープを外して、かこんと台の足を立たせる。
棚を台の奥側に金具で固定して俺に正面を見せた。
「盃は鏡の前に。お供えを置くのなら、盃より手前にお盆を置いて、そこに一人分で出してください」
「じゃあ、どら焼きならどら焼き一個……って感じで大丈夫なんですね」
「もちろん、あなたのお心ひとつですから。美味しいお菓子を頂いたり買ったりした時に、分かち合うような気持ちで」
「それはなんだかいいですねー……」
今は翰川先生とミズリさんが居てよく食事に誘ってくれるが、居なくなれば一人暮らしだ。
佳奈子やばあちゃんとずっと一緒に過ごしているのでもないから、見えない相手とでも分かち合えるのはなんとなく心が温かい。
「あら。意外にも受け入れますのね」
ノクトさんが大きな青い目をぱちぱちする。
「見えなくても、俺の守護霊みたいな人なんですよね? なら、今まで気付かなかった分感謝しようと思いまして」
「……そうですね!」
微妙に目を逸らされたので、守護霊ではないことが判明した。
だがまあ……俺には見えないので気にしないでおこう。
「早速、物置に設置しに行きましょう。持ってください」
「はい」
台を受け取って物置に歩き出す。
引き戸を開けた時、面白がるような彼女のセリフが響いた。
「弟妹をよろしくお願いしますね、光太さん」
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