サイキック・スペース
生來 哲学
第1話 浪人生活withスペース・ドリームandサイキック
『先日打ち上げられた二機の中継衛星<サテライトルーター>。これにより、月面とのネットワーク環境が整い、月面の無人探査がより進むことになります』
ニュースキャスターの読み上げる声が午後のファミレスに響く。
実に喜ばしい科学技術の発展を聞きながら俺は仏頂面で問題集と向かい合っていた。
「おや、大好きな宇宙関連のニュースなのに浮かない顔ですね」
向かいの席に座っている男装の後輩が意外そうな顔で訊いてくる。
「嬉しいに決まってるだろ。でもな――また無人探査だよっ! どいつもこいつもふざけてんのかっ! 有人探査しなくなって何年経ってんだよ!! 俺はっ! 宇宙に行きたいのっ! だから今こうして勉強してんだよ! でもアポロ計画から百年近く経ってるのに人類はもう一度月面に降り立つことすら出来てないんだぞっ!」
そう、この俺――新城法助・十八歳には夢がある。あの憧れの宇宙に行くこと。その為にこうして受験勉強をしているのだ。なのに、科学技術の発展はドローンだなんだと無人機ばかり発展させるばかり。
「……なるほど。ちなみにこないだの模試の結果は?」
尋ねる後輩に俺はスマホに結果を表示させて渡した。
「すごいっ! すべてA評価じゃないですか」
声をあげる後輩に俺は肩をすくめる。
「当たり前だ。乗り越えてきた修羅場が違う」
「さっすが先輩。二度目の受験ですからね。異世界転生みたいなもんですし、強くてニューゲームですもんねー」
「……ぐっ」
「えーと、講評『五月のこの時期は受験の直後と言うこともあり浪人生は比較的高い成績を出しやすいです。しかし、慢心から八月にかけて成績を落とし、九月からは部活動を辞めて夏の間に勉強に専念した現役生に追い越されることが多いので油断せず頑張りましょう』ですって」
「はいはい、それくらい分かってるよっ! 言われなくてもっ!」
そう、俺は浪人生である。一部界隈では「なろう転生」などと言われるように二度目の人生をやり直せば前世とは違って上手くいく言説もあるが、浪人生はそうもいかない。受験生としては「周回遅れ」も甚だしいからだ。
「だからこうして今も欠かさず勉強してるんだろうが。邪魔するなら帰れ」
「やだなー、こんなかわいい後輩が応援しに来たんだから歓迎してくださいよー」
にひひっ、と由比は笑う。笑えばなんでも許されるとでも思ってるのだろうか。
我が後輩たる由比智希は男装の麗人である。
身長174cmで、高いところで結んだ黒いポニーテールを垂らし、きりりとした眉と切れ長の目、それでいて女性らしい柔らかなそうな唇を持ち、すらりと長い手足で学校指定の男子制服のブレザーを着こなす、女子からも人気の高い「王子様」な女子高生だ。
確かに彼女が笑えば多くの女子は目をハートにしてその場で気絶するのかもしれない。
「うっせ。だったら店の人のためにも何か注文でもしてろ」
「ああ、それならさっきポテトと飲み物頼みましたよ」
対する俺は根暗そうな目つきの悪い垂れ目でかつ、身長158cmのチビで痩せぎすという痩身短躯な体型である。
まるで正反対な俺達だが、なんやかんやの腐れ縁で先輩として慕われている。おかげで彼女はこうして学校帰りにファミレスで勉強している俺の元へちょいちょい顔を出し、元気づけに来てくれる。
「ほら、ポテトも来たし先輩も食べましょうよ」
そう言って彼女はケチャップをたっぷりつけた棒状のフライドポテトを頬張る。
実に美味しそうに食べるので何か文句を言う気も失せる。美人の特権だろう。
俺もあきらめてフライドポテトをいただくことにする。
「ああ、もらおう」
一人で黙々と受験勉強をしていては気が滅入るので彼女の存在はいい気分転換になる。正直ありがたい存在だ。俺のせいで友達付き合いが疎かになってなければいいが。
『次のニュースです。先週から続く九州の連続通り魔事件ですが――現場付近で緑色に目が光る怪人の目撃情報が多く寄せられ、近年増加傾向にある怪事件の一つではないかと――』
不意にファミレスに備え付けられている液晶モニターからのテレビニュースに俺たちの視線が向く。
「……緑目の怪人ですって」
「またかよ、最悪だな」
後輩のやたら色っぽい流し目にそんなんだから勘違いする女子が増えるんだぞ、と思いつつ返事する。
「世界を騒がせる謎の怪人――鬱陶しいことこの上ない」
「やっぱり緑目は嫌いですか」
「俺は受験生だぞ。世間を騒がせ、俺の手間をとらせるやつは緑目かどうか関係なく大っ嫌いだ」
「なるほどもっともな意見ですね。ですが、ここで残念なお知らせです」
そう言って彼女は手元のスマホを取り出し、すすすっと操作をした。すると別の席から茶髪にショートカットの女子高生が一人やってくる。俺の母校の女子用制服を着ているので後輩だと分かる。襟章の色からして一年生だろう。
「紹介します。見ての通り、私達の後輩の一年生、戸野崎沙紀ちゃんです。あだ名はサキサキです」
「初めまして、サキサキです」
――こいつ、あだ名で自己紹介しやがった。
どうでもいいことにひっかかりを覚えつつ、俺も自己紹介をする。
「卒業生の新城だ。このタイミングで俺に引き合わせるということは――」
眉をひそめつつ、俺は由比に視線をやる。彼女は悪びれもせずにひひ、と笑った。
「ええ。事件ですよ、先輩」
こいつは本当に笑っていれば何でも許してもらえると思っているのだろう。
そう思えるくらいには魅力的な笑みを彼女は発していた。
この俺――新城法助は浪人生である。それは紛れもない事実であり、俺の本分に間違いない。だが、それとは別に俺はもう一つの顔を持っている。それは――。
「――下着泥棒捜しとはね」
時刻は午前二時。草木も眠る丑三つ時と言うやつである。
俺は声優がやっている受験英語講座のネットラジオを聞きながらとあるビルの屋上に潜んでいた。例の後輩――本名は忘れたがサキサキちゃんの住むマンションのベランダを監視である。
――くっそ、なんで俺がこんなことを。緑目のやつらめ、許せねぇ。
そんなことを考えるとネットラジオの方でも英語で『あなたは緑目の怪人ではないのですか?』『はい、私は緑目の怪人ではありません』などと聞こえてきてさらにイラッとくる。
『緑目の怪人とは何ですか?』
『世界各地で目撃されている謎の超能力者のことです』
『世界各地で? すごいですね』
『でも、インターネットでは沢山情報があるのに、未だに一度も動画はあがっていません』
『じゃあアーバンミススですね』
そこまで聞いて思わず俺はスマホを取り出して検索した。
――urban myths……都市伝説のことか。受験で出るか分からないが覚えておくか。
スマホの単語帳アプリに登録しつつ、俺はネットラジオを聞き続ける。
『緑目の超能力者の話はよく話されています、去年から』
『何故、緑目と呼ばれるのですか?』
『なぜならば、超能力を使う時、必ず目が緑色に光るからです』
『分かりやすい特徴ですね』
『でも、不思議なことに、いまだに見つから――』
イヤホンを引き抜き、俺は監視対象のマンションの屋上に視線を集中させた。
別のビルから人影がゆうゆうと跳び移ってきたのだ。常人の身体能力ではない。そして何より――。
――サングラス越しでも緑色の光が漏れてるぜ、緑目さんよ。
彼らが超能力を使う際に漏れ出る緑光<サイキックティアー>はあらゆる物体を透過するので目隠しをしようがサングラスをしようが必ず人間の目に見えてしまう。見分けるのは非常に簡単だ。
――とはいえ、計器には一切測定されないし、カメラには一切映らないが。
おかげでこうして俺も夜中に張り込みをして肉眼で確認するしかないのだ。
「さてと――行くか」
俺は荷物を置き、屋上の反対側の隅に移動した後、一気に助走してビルの屋上から跳んだ。
だんっ
力強い踏み込みの音と共に体がぶわりと斜めに五メートルほど上昇する。
ぶわりっと逆風が体を襲うがかまわずそのまま大通りを飛び越えて目的のマンションの屋上へ。着地の寸前に手を叩き、ぱぁんっと言う音と共に体が少し浮き上がった後ゆっくりと足を着く。
「よう、新人類<ルーキー>」
突然斜向かいのビルから降ってきた俺に戸惑う緑目に声をかける。
――やっぱジーサンか。
近くで見た緑目の怪人はサングラスをかけた初老の男性だった。今は能力を使ってないために目が光ってないが間違いない。
「……なんだね君は? こんな夜更けにこんなところに現れて――」
「変な誤魔化しはすんなよ。あんたが緑目だってのは分かってんだ。さっき能力を使うの見てたからな」
俺が子供と見るや年長者として叱ろうとして来たのを強引に遮る。
「……ったく、この国は老人の超能力者が多くて困るぜ」
緑目の超能力が発現する条件は不明だ。今のところ老若男女を問わず誰でも発現する可能性がある。そして、二十一世紀半ばの現在、日本の人口の半分は老人なので、緑目の怪人に出会った場合、二分の一の確率で老人の能力者だ。
「しかし、新しい力に目覚めてやることが下着泥棒とはね。せこいことこの上ない」
俺は愚痴りつつ、懐から銃を取り出し相手に突きつけた。
「拳銃っ! ……貴様、緑目狩り<ハンター>か!」
「そんな呼び方されてるのか? 俺はなんて言うか……ただのバイトなんだけどな」
そう。俺の本業は受験生だ。緑目を狩るのはあくまで副業である。そこを間違ってはいけない。この老人には関係ないことだが。
「バイトだと?」
「あんたらみたいな間抜けな超能力者を捕まえたら政府から金が貰えるんだよ。
これでも苦学生でね、生活費を稼ぐのに忙しいんだ」
とはいえ、日本では所持を禁じられている銃の所持が許されてるのだからかなり特権持ちの裏家業なのは確かなのだが。
「言うことを欠いて政府の狗か。舐めおって。人類の革新である我らを愚弄するか」
「そんな新人類思想を持ちながら下着泥棒って恥ずかしくないのか?」
「違う。俺は断じてそんなことをしていない」
生真面目そうな老人の言にふうむ、と眉をひそめる。
なんとなく嘘は言ってなさそうだ。
俺がサキサキちゃんから依頼されたのは最近緑目の化け物っぽいものがよく現れ下着を盗んでいくので退治してほしいというものだったのだが。
「……どうでもいいや。下着泥棒じゃないとしたらあんたこんな夜更けに何してるんだ?」
銃口をくいくいっと振って答えを促す。
――下着泥棒だろうが、そうでなかろうが関係ない。緑目はすべからく政府へ連行だ。
「ガキが知る必要はない」
「じゃあここでお別れだ」
続けざまに二度、引き金を引く。サイレンサーのおかげで銃声はほぼない。放たれた二発の銃弾は老人の脚部へ。二人の距離はおおよそ七メートル。この距離で俺が外すことはない。だが、銃弾は老人に届くことはなかった。
サングラスから緑光<サイキック・ティアー>が溢れ、中空で二つの銃弾が静止した後、地面へとかつんかつんと落ちていった。
「ぐぅぅぅ、ガキがっ!」
相手はなかなかの強者のようだった。
真正面から銃弾を制止できる時点で超能力者としてレベルが高い。生半可な能力者なら最初に足を撃たれた時点で決着がついてる。
「さすが、新人類。パワーがあるね」
そのまま俺はさらに二発の引き金を引き、三発の引き金を引いた。それらを老超能力者はそれらをすべて受け止める。
「さて、あと何発耐えられる?」
俺は涼しい顔で尋ねる。対する老人の顔は険しいものだった。幾ら超常の力を手に入れたと言ってもおそらく元はただの一般人。銃口を突きつけられるというのは極度の緊張状態を強いられるし、飛んでくるのが銃弾ならなおさらだ。訓練された軍人やテロリストならばいざ知らず、ただの人間ならば今の数度の射撃によって精神状態はかなり逼迫していることだろう。
「ガキがなめた口を。俺は新たな時代を作る<ニュータイプ>だぞ。敬い、跪かないかっ!」
「新しい力に目覚めた奴はすぐ選民思想に走る。やだねえ」
さらに銃弾を二発。今度は額に向けて放つがそれも止められる。
かなりの集中力。力も制御も維持されている。
「何発でも打ってくるがいいっ! 幾らでも止めてくれてやらぁっ!
この力、この輝きを持ってすれば政府の狗程度に負けるはずが――」
「そうかい」
――滅び行く古代種としては聴いてて馬鹿らしくなるな。
だんっ、と右足で大きくコンクリートの床をたたく。途端、老人の体はすっ転び、背中をしたたかに床へ叩き付けられた。
「……かはっ」
床を蹴ると同時に俺は駆けだしていた。三歩も歩けば転倒している老人の元へたどり着く。何が起こったか分からず目を見開く老人の視線を無視し、俺は左手に銃を持ち替えつつ、右手で懐から取り出したプッシュ式注射器を首元にぶっ刺して麻酔薬を注入した。
「クソガキャァ――」
老人は怨嗟の声を漏らしつつ、意識を失った。宙に浮いていた銃弾がかつんかつんと地面へと落下していく。
「よし、ざっとこんなもんか」
いかに超常の力を手に入れてもやはり戦闘の素人。制圧は容易だ。後は関係部署へ連絡して回収してもらえば任務完了だ。
別に殺したり実験動物にする訳じゃない。『登録』を受け、みだりに能力を人前で使わないように『誓約』をしてもらうだけだ。それを受け入れてくれれば元の日常に戻ることが出来る。
――ま、こんな感じで秘密裏に強制執行するやり方はどうかと思うがね。
完全に人権無視な非合法手段だが、超能力者という強大な力を持つ存在に対してはこうした超法規的措置も致しかない。
二十一世紀半ば。
新たな力に目覚める人々が増えつつあった。これはその強大すぎる力を手に入れた超能力者を人知れず取り締まる者達の物語である。
――なんてな。
脳裏でテキトーなモノローグを流すが俺の人生の目標はそこじゃない。
俺の人生はあくまでただ一つ。
銃のカートリッジを交換しつつ、空を見上げる。
そこにあるのは満天の月。
――いつか宇宙へ辿り着く。
その為に勉強してるのだ。
――超能力者狩りで生涯を終えてたまるものか。絶対に宇宙飛行士になってあの星の海へ向かってやる。
決意を新たにしつつ、俺はどこへともなくうそぶいた。
「いるよな、もう一人。出てこいよ」
静まりかえった屋上に俺の声が響く。
――やっべ、外したか。
自分の勘違いを疑ったが、顔には出さず反応を待つ。しばらく待ち、もう来ないかと気を抜いた瞬間、不可視の力が俺の体を襲った。気がつけば屋上から吹き飛ばされ、俺の身体は宙を舞う。視界の上下が逆転し、頭上にはビルの横の大通りが見えた。
「そうだよなぁっ! 馬鹿正直に姿を見せる必要はねぇもんなぁっ!」
約三十メートルの自由落下。上下逆さまになって落下するせいで重力加速度が浮遊感を錯覚させるが、その高揚感は死へのカウントダウンだ。
――けど、俺が行くのは宇宙であって地面じゃねえよ。
地面への激突の寸前、ぱぁんっと手をたたくと俺の体はふわりと浮き上がり、くるりとその場で上下逆転した。そのまま自分の足で着地。すぐに屋上へ戻ろうかと上を見上げたが、俺に続いて落下してくる人影を見つけその場に留まった。
着地の寸前、人影は瞳から緑光を放ち、一瞬浮遊した後、着地する。
「あんたはサキサキちゃんの何?」
不機嫌そうな少女の声。現れたのは犬耳付きのキャップ帽を目深にかぶった黒い長髪の少女だった。黒髪に薄いピンクのライン染めをしたおしゃれさんである。
そんな少女が瞳を緑色に輝かせ、こちらをぎりぎり睨んで来る。まるで野生の狼だ。今にもこちらに噛みついてきそうだ。
――まずいな。周りが見えないタイプだ、この子。
超能力者の存在を隠蔽するのが俺のバイト先である政府の方針だ。深夜とはいえこんな大通りでバトルをけしかけられるのはまずい。
「ねえ、あんた。私の話聞いてる?」
低く、唸るように緑目の少女が訊いてくる。
「俺は、あんたを倒せ、て依頼されたんだよ、下着ドロちゃん」
「はぁ? サキサキがそんなこと言う訳ないんですけど? 私達マブダチだし」
がるる、と言わんばかりに凄んでくるが、彼女の上着のポケットから女性物の下着の切れ端が見えているので依頼にあった泥棒は彼女で間違いないだろう。
「そら、まさか犯人が親友だとは思わなかっただろうよ。狩られるのが嫌なら、正直にお前が欲しいと相手に伝えろ」
「はぁぁあ? 出来る訳ないでしょ! サキサキに嫌われたら責任とれんのあんたっ!?」
「……いいのか? 大声出せば彼女にバレる可能性が出るぞ」
「――殺す」
低くうめくと同時に彼女の瞳が閃いた。不可視の力が俺の身体に襲いかかったが、今度は耐えてその場に留まる。
「……なっ。この感触、……おかしいっ」
油断しなければ超能力者が俺の精神障壁を突破できる道理はない。
「効かんぞ、そんなもん」
唖然とする彼女に取り出した銃を向け、引き金を引く。銃弾は緑目の少女に到達する前に不可視の力でなぎ払われ、右方向へと吹き飛ばされた。その間に俺は銃のカードリッジを取り替えて装填し直す。
慌てて少女が幾度か不可視の力場を放ってくるが、それらはせいぜい俺の髪の毛をややなびかせるだけで効果を得ない。
「……目が光らない。緑目の超能力者じゃない。なのに、能力が効かない。何者?」
「当ててみな、新人類<ルーキー>っ!」
今度は三度、引き金を引く。いずれも中空でなぎ払われ、その隙に俺は踏み込み、距離を詰めようとする。が、直感とともに左へ跳んだ。先ほどまで俺がいた場所を三つの弾丸が通過する。
少女の開いた瞳孔が狭まり、据わった目になった。
――バレたか。
その場を飛び退くと今度は真上から自転車が降ってきた。粉々に砕けた自転車の破片が周囲に飛び散り、そのうち、ペダル部分が俺の顔に向かって跳ねてきた。とっさに左手でガードをするが、おかげで激痛が俺を襲う。
「……いっ痛ぅぅ」
ひらひらと手を振る俺を超能力の少女が勝ち誇った顔で見つめてくる。実験は成功と言いたげだ。
「理由はさっぱりだけど、あんたは超能力が効かない体質みたい。
けど、効かないのは超能力だけ。
金属に当たれば痛いし、銃弾が当たれば傷がつく……そういうことね。
どう? 当たってる?」
俺は自然と笑みを浮かべた。
普段無愛想な俺が笑みを浮かべるのは処世術だ。
――危険な時にこそ笑え。ピンチは笑って切り抜けろ。
我が母の教えである。
「当たってるな」
超能力少女の勝ち気な目が緑光を強く放ち出す。
バキバキバキと大通りに設置されていた自動販売機が不可視の力で道路から引きはがされ、浮かべられた。あの巨大な質量を叩き付けられたらひとたまりもない。
――けど、それは当てられればの話。
超能力少女へ三度、引き金を引く。放たれた銃弾はなぎ払われ、割いていた力が弱まり浮いていた自動販売機が少し高度を下げる。同時に俺は再び駆けだした。自動販売機がこちらへ向かって飛んでくる。ぶつかる直前、俺は力一杯地面を蹴った。
だんっ、と言う音共に俺の身体は跳ね上がり、自動販売機の上に着地する。
「……なにそれっ!」
「時代遅れの魔法だよっ」
浮遊する自動販売機の上で満点の月を背負いながら銃口を能力者の少女へ向ける。
「ああもうっ!」
自動販売機ごと不可視の力でなぎ払われるが、自動販売機だけが吹き飛び、俺の身体は念動力の影響を受けず、空中に取り残される。
自由落下しつつ、引き金を二度引き、と同時に両足の踵をぶつけてだんっ、と音を立てた。
銃弾をなぎ払って防いだ超能力少女は俺の魔術を受け、突然転倒する。
どぉぉぉおおおっ
一拍遅れ、背後で自動販売機がビルの壁面と激突した音が響く。
その時には既に勝敗は決していた。
着地した俺は超能力少女へすぐさま近寄り、彼女の首元に麻酔を打ち込み終わっている。
がしゃぁああぁぁぁん
ビルの壁面から落ちた自動販売機が再び轟音を立てた。
――ちっ、とっととこの場を離れないと。
だんっ、と足裏で地面をたたくとふわりと気絶した少女の身体が浮かぶ。俺はそれを掴むとそそくさとその場から離れた。逃走しつつ、スマホの非常回線で連絡をかける。
「もしもし、関さん? モニターしてただろ?
俺と捕まえた緑目の回収と警察への工作依頼よろしく」
『十四日未明に起きた爆発事件ですが、付近の住民から緑目の怪人を見たという証言もあり――』
ファミレスでいつも通り受験勉強をしていたらニュースキャスターの声が流れてくる。
「あーあ、派手にやってしまいましたね」
後輩の由比がどこか呆れた顔で言う。
「派手にやったのは向こうだ。俺は何も悪くねーよ」
――というか、工作全然上手くいってないな。警察を情報封鎖できても一般人の口を防げてない。こんな調子で大丈夫か?
「えー? 相手がかわいい女の子だったから手を抜いちゃったんじゃないです?」
「アホか。かわいさで言ったらお前の方が上だよ。相手にならん」
適当に言葉を投げかけただけだったが、由比は大きく目を見開いて黙り込んだ後、耳まで顔が真っ赤に染まる。
「ずるいですよ。不意打ちなんて」
「事実を言っただけだ」
仏頂面で答えると普段は尊大な態度をとる後輩が萎縮して黙り込んでしまった。美人なので容姿はよく褒められると言ってたくせに意外と照れ屋なとこもあるらしい。
「おい、おい、おい、ちょっと、マジで照れないでくれ。俺の方も恥ずかしくなってくるだろ」
こいつと俺はただの先輩後輩で、それ以上のものではないはずだ。
「……そう言えば、ララさんからお仕事の報告書届いてましたね」
変な空気を誤魔化すように話題を戻す後輩。
「そうだったか。受験勉強が忙しくて気づかなかったな」
「まあ、重要案件は必ず電話してきますもんね、ララさん」
ララさんというのは俺の直属の雇い主というか、上司の役人だ。
「なんて書いてた?」
「色々と複雑ですが、端的に言うと、最近よく目撃されてた緑目の怪人は最初に捕まえた老人で、下着泥棒はまた別の一般人だったそうですね」
「お? じゃあ二人目の緑目の子は?」
「彼女はサキサキちゃんの相談に乗ってたただの友人ですね。犯人を捕まえるために個人的に動いてたらしく。しかも、たまたま彼女本人も緑目だった……という訳です。
サキサキちゃんの下着を盗んだのはその場の衝動的な犯行のようで」
「どうでもいい偶然が重なりすぎだ」
まあ今回は緑目を二人確保して政府に突き出したし、報酬もそれなりに弾んで貰えるだろう。そうでなければやってられない。
「やれやれ。こんなこといつまでやってんだろうな」
思わずつぶやいた言葉に由比は怪訝な顔をする。
「いつも言ってるだろ。とっとと超能力者の存在を公表すればいい。世間に隠す意味はない」
「役人は役人ですからね。上は本気で『世間の混乱をさけるため』とこれが正しいと信じて動いているのでしょう」
国会議員も役人も、この国の偉い人間はほとんどは老人ばかりだ。いや、別にえらい人間が年を食ってるのは日本だけに限ったことではないのだが、少子化が進む日本ではそれがより顕著なところがある。
――おかげで変化を嫌う傾向がより顕著……な気がする。
「捕まえた爺さんの言葉が気になるな。そのうち、徒党を組んだ思想家連中が出てくるかもしれん」
「その時、先輩はどうするんです?」
「知らん。宇宙に行く邪魔ならつぶす。そうでなければ好きにすればいい」
別に俺は世界を変えたい訳ではない。俺はあの宇宙<そら>に行きたいだけだ。
「ブレないですね。流石です」
「馬鹿にしてるのか?」
「褒めてるんです! 今の言葉でなんでキレるんですか!」
――こいつまた同じこと言ってる、と馬鹿にされた気がするんだよ。
とは思うものの、さすがに気にしすぎだと思うので黙っておくことにする。
店内にレトロな平成ミュージックが流れる。2000年代の曲など生まれる前のものなのでまるで知らなかったのだが、浪人してからここでよく聴くのですっかり覚えてしまった。
「……今日はこれくらいで帰るか」
「よかったら晩飯一緒に食べません? 今回の報酬入ったからおごれるでしょう?」
「なんでだよ?」
「緑目の話を持ってきたの私じゃないですか」
「おかげで俺の貴重な受験勉強の時間削られたじゃねーか」
「ひどい!」
「……じゃあラーメン一杯だけな」
「半チャーハンもつけてくださいよ」
「お前もよく食うよなー」
かくて俺たちの日常は続いていく。
俺には使命がある。
あの宇宙へいつかきっと辿り着くのだと。
それが古代種にして『魔女』の末裔たる俺の使命。
けれども、世界は変わろうとしている。
そこかしこで緑目の新人類が生まれようとしている。
その変化が何をもたらすのかをこの時の俺はまだ知らない――。
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