ある魔法使いの苦悩74 魔法のカスタマイズ
アメリア君の指導が続いている。
サラと対面で座り、ヒートハンドのカスタマイズを一緒になって考えている。
魔法のカスタマイズは効果の程度により難易度は激変する。一番簡単なのが発動速度の改善で、秒単位で短くするのでちょっと縮めるだけなら構造式をほんの少しいじるだけでいい。この構造式をいじれるのがカスタマイズ能力で、この能力をまったく持っていない人では理解できない。カスタマイズには専用の能力が必要とされているのはそのためだ。
理解ができるのであれば、あとはどこをどう変えれば効果が変化するかを総当りするだけだ。一度発動時間の短縮の構造がわかれば、あとはより効果が大きくなる変更を加えていけばより上位のカスタマイズとなる。ベテランともなれば、すべての魔法を一瞬で発動させることができるカスタマイズを加えることができる。
ただし、魔法は特有の造りをしているのでカスタマイズには限界がある。あまりいじると別の魔法になるか、魔法としての構造を維持できなくなる。先の例でも時短をしすぎると、爆裂魔法だったはずがロウソクの火くらいに威力が落ちる可能性もある。やりすぎれば瞬きくらいで火であることすらわからないとかいう失敗カスタムもある。
ヒートハンドを元とするなら、可能なカスタムは威力アップと維持魔力の低減か。長期戦ともなると同じ魔法を維持し続けるだけでも相当の魔力を消耗する。青龍救助のときにアメリア君が使ってくれた筋力増強魔法は基本的には発動後は効果時間が切れるまで維持されるものだが、魔力の供給を行っていれば永続にすることもできる。効果が切れるたびに何回も発動するべきか、維持に魔力を使うべきかは発動した魔法の種類もよるが。
「サラちゃんは威力と効果時間と維持時間だったらどこをいじりたい?」
「うーん……むずかしいね」
「サラちゃんは魔力がとても多いから、あんまり節約系のカスタムは要らないかもしれないわね」
「じゃあ、威力アップ?」
「そうね。それがいいかな。威力アップのカスタマイズはかなり難しいほうなんだけど、まずはサラちゃんがカスタマイズに適性があるかどうかを確認してみようか」
アメリア君は両手を広げ手のひらを上に向けた。軽く目を閉じるとアメリア君の手のひらに魔力が集まる。すぐに両手が赤く発光する。
「まずは基本のヒートハンドね。サラちゃんもやってみて。技名言う?」
「うん! ヒートハンド!!」
いっぽうのサラはアメリア君とは随分と異なり轟々と両手が燃えている。サラは火属性特化だから問題ないのかもしれないけど、あれじゃアメリア君が熱いんじゃないか。
「サラちゃん、それだとさすがに魔力がもったいないから、ファーレンさんに教わったように出力を抑えてみて」
「うん」
サラは両手のひらをじっと見て、静まれー、と呟いた。炎の勢いが見る間に落ち着いていく。
「発動中の魔法の威力コントロールはできるみたいだから、構造式が見えれば威力の増減カスタムはできるかもね」
「構造式ってどうやって見るの?」
「魔法を発動する前に魔力を集中するでしょ? そのときに集めた魔力を使いたい魔法に変換することになるんだけど、変換する前に別のイメージを上書きするのよ。炎の魔法であればそれが弱火だったら強火にしてみるとか。そのイメージをする段階で魔力に色のようなものが見えるのね。その色が魔法を構成する構造式になっているのよ」
「……むずかしそう」
「言葉で言うとね。要は魔法はイメージに左右されるのよ。だから、バラバラにならないように呪文という形で効果をある程度固定するんだけどね。集まりかけた魔力を一度バラして、それぞれの割合を変えてもう一回集めるの。そうすれば威力を高めたり、色を変えたり、大きさを変えたりできるのよ」
「一度バラバラにして、大きさを変えて、もう一回集める……」
「そうそう。理解はそれでいいわ。あとは実際にやってみてできるかできないかね」
魔法の構造式はバランス感覚が必要になる。私が失敗しまくっていたのはそこにセンスがあまりなかったからだ。今はようやく安定した結果を出せるようになったが、ちょっと崩れるだけでうまくいかない。求めている結果に近づけるには精度と練度が必要になる。
サラはぶつぶつとアメリア君に言われたことを繰り返しながらずっと手のひらを見つめている。サラの手のひらの上で小さな炎がゆらゆらと揺れていた。
「じゃあ、一度魔法を消して試してみよっか」
「うん」
サラはヒートハンドの維持を終了した。炎に覆われた手からスッと炎が消える。
「じゃあ、もう一度ヒートハンドを発動してみて。ただし、あくまで発動する直前までね。技名も言っちゃダメよ」
サラが大きく頷いた。自分の手のひらをじっと見つめ続ける。
しばらく無言の時間が続いた。
サラはずっと集中しているし、アメリア君はそんなサラの魔力の動きを観察している。私も同じだ。
「…………これかなぁ?」
やがて、サラが顔を上げてアメリア君を見た。
「構造式が見えたの?」
「これが構造式かわからないんだけど、わたしの手に宿る炎の温度が高まったイメージが持てたの」
「サラ、そのまま魔法を発動してみてくれないか?」
「うん、わかった」
サラが自分の手のひらに集中を戻す。標準のヒートハンドならすぐに発現するのがなかなか具現化しない。イメージの上書きはうまくいくだろうか。
「もうちょっと……」
サラの手のひらが次第に熱を帯びてくる。魔力が集まる量が今までよりもだいぶ多い。消費魔力がかなり増えているが、カスタマイズは成功しつつありそうだ。
「……できた!」
ボワッとサラの手のひらが大きな炎で包まれた。その見た目はサラのヒートハンドと変わらないが、あきらかに熱い。少し離れたところから見ていた私でも感じるほど温度が高くなっている。
さすがにアメリア君も魔法の発動に合わせて距離を取っていた。
「すごいすごい! ちゃんとできてるよ!」
「うん! なんだかすごく疲れたけど、今までよりもやれそうな気がしてきた」
サラは手のひらをグッと握り込む。ぼうぼうと燃えていた炎が拳を握ることによって収縮される。無駄に炎として存在させず、高温に変換するヒートハンド特有のテクニックだ。
「今の感覚を忘れないでね。構造式が見えたのなら、あとは練習あるのみだから」
「うん、わかった!」
サラは威力の増したヒートハンドで素振りを繰り返している。今までおとなしい感じだったけど、この魔法を使えるようになってから随分とやんちゃな感じになってきたな。
楽しそうに素振りを繰り返すサラを、私とアメリア君は同じような表情で見ていた。
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