ある魔法使いの苦悩60 魔獣の攻略
「うわぁ、ぜんっぜん効いてないじゃん!」
本来の効果と違っていたのか、メルティが悔しそうな声をあげた。精神の精霊は魔獣の頭をぐいぐいと物理的に締め付けているようだが、明らかに本来の働きじゃない。メルティが無理に物理攻撃に変えているのだろう。いずれにしてもまったく効いている様子はない。
幸い視界を覆っているので、魔獣の攻撃は単調なものからデタラメなものになった。
シンクはその隙を逃さず弓を連射する。精神の精霊にもお構いなく突き刺さっているが、おそらく精霊だからダメージはないと思う。
いくつかの矢の当たりどころが良かったのか、魔獣が苦しむように仰け反る。
「シンク、効いているみたいだ!」
「ああ。だが、私の矢だと思ったよりダメージが入らない。ファーレンは攻撃魔法は使えないのか?」
「……残念だけど私に使える攻撃魔法はない。魔導具で攻撃することはできるけど、今だと煙幕くらいしか役に立ちそうなものがない」
「煙幕じゃボクの精霊より役に立たないでしょ!」
確かに! メルティが召喚した精神の精霊は完全に目隠しになっているので、ここで煙幕を炊いたら私たちが苦しむだけでまったくの無意味だ。この煙幕が使えないとなると私にあるのはこの心もとないナイフ一本だ。
「しっかし、ボクの精霊で気を失わせようと思ったのに効かないんだもんなぁ。そんなことないはずなんだけど」
「やっぱり気配がないのが関係しているのか?」
「たぶんね。こいつ絶対魔獣じゃないよ」
どう見ても魔獣なのに魔獣じゃないのか。私は敏感に気配を察知することもできないので、正直区別は付かない。しかもよく考えると、ここにいるメンバーで気配を察知できないのは私だけじゃないか。あからさまにスペックが足りていない。
「シンク、その魔獣は目で感知しているみたいだからさぁ、さっさとその矢で撃ち抜いちゃってよ」
「……やはりそうか。躊躇っている場合じゃないな」
「なに? シンクってば魔獣を殺すのを躊躇ってたの?」
「いくら魔獣とはいえ生き物を簡単に殺めるのは気が引ける。特に食べるわけでもないならなおさらだ」
「マジメだねー。エルフってみんなそうなの?」
「わからん。少なくとも私がそうだというだけだ」
「ふーん。シンクもファーレンみたいにめんどくさいね」
メルティがまたもや本当にめんどくさそうにそんなことを言う。私にならまだしもシンクに言うのは相当だぞ。私だって無駄に生命を奪うことは賛成しない。冒険者としては致命的かもしれないが、私は戦闘を好まないのだ。
「シンクならもう気づいていると思うけど、そいつ魔獣じゃないから殺したって平気だよ」
「どういう理屈だ。魔獣じゃなくても生き物は生き物だろう」
「だーかーらー、生き物でもないんだって! ……もぅ、しょうがないなぁ。シンクだとなんだかんだ火力が足りなさそうだからボクがやるよ」
怪訝な顔をするシンクを差し置いて、目隠しを食らって当てずっぽうに攻撃を繰り返す魔獣の射程距離から外れた位置で、メルティが右手を魔獣に向ける。
「氷の精霊さん、あいつ貫いちゃってよ」
メルティの右手に青白い光が集約する。それに伴い周囲の気温が下がる。あからさまに寒くなってきた。
私はチラとうしろを振り返りサラの姿を確認した。寒そうに胸を抱いて小さく震えているが、まだ平気そうだ。
向き直ると、メルティの右手の周りに青白い姿をした精霊が漂い浮かんでいる。精霊がグルグルと回るにつれてメルティの右掌につららのようなものが生じてきた。それはあっという間に騎馬兵の使うランスほどの長さになる。巨大な魔獣すらも余裕で貫通できる大きさと長さだ。
「いっけー!!」
氷の精霊が氷でできたランスに乗り移るようにすっぽりとその中に姿を消した。瞬間、まるで電撃魔法で射出したような爆発的な加速で、氷のつららがひと息に魔獣の胴体を貫いた。魔獣はいきなりなことに大きな咆哮をあげる。断末魔のような響きを多分に含んだ叫びをあげながら仰け反り、そのままどすんと大きな音を立てて倒れた。
「一撃かよ……」
私はメルティの使ったアイスランスの威力に息を呑む。
あれほどの威力を出すのは高位の魔導師でも簡単にできることではない。しかもメルティが使っているのは精霊魔法だ。精霊魔法はベースとなる精霊の力をどれだけ引き出せるかで差がつく。精霊の気の向くままではしょぼい威力にしかならないが、力量を認められるほどに発揮してくれる力が増す。最高位に及べば下級の精霊で上位魔法に匹敵させる威力を引き出すこともできる。
「精神の精霊くんも氷の精霊さんもありがとう。ゆっくり休んでね。またよろしくー」
メルティが手を振ると二体の精霊は煙のように消え去った。
「どう? ボクってスゴイでしょ?」
フフンと胸を大きく逸らしてドヤ顔を披露する。
「私は戦闘力はないに等しいから正直に驚いたよ。凄いな」
「でしょでしょ!! そうなんだよねー、ボクってスゴイんだよねー」
あまり自慢げにされるとちょっと鬱陶しいな。調子に乗せてはいけないタイプだな。
「メルティ、この魔獣が生き物ではないというのはどういうことだ?」
「あっちを見てごらん」
メルティが魔獣が倒れていた場所を指差す——
…………魔獣が、いない。
「魔獣が消えている……」
「そういうこと。生き物じゃないからね」
「どういうことだ……?」
「よくできた幻影みたいなものかな? 現実に存在しているから攻撃受けたら怪我するし、場合によっては殺されるけど」
メルティの言う通り、魔獣が倒れた痕跡はしっかりと残っている。シンクと戦っていた際に魔獣が放った攻撃の痕跡もだ。魔獣だけがキレイサッパリといなくなっている。
「幻影使いでも近くにいたのか……」
「うーん……どうだろう? ボクは違うと思うけど」
これはメルティにもわからないのか。
「……ねぇ、ファーレン! あっちにトラさんがいるよ」
「白虎だと!? サラ、どっちだ?」
「ほら、あっちを見て」
サラの指差す方向に、果たして白い体躯の虎が優雅に立っていた。ここはまだ大森林の中心ではないはずだが。
「あれは確かに白虎様のようだ。なぜこんなところに……」
明るい琥珀色の瞳でじーっとこちらを見ている。
トレントのときと同じだ。まるで私たちの戦いを観察していたような——もしかして!
「まさか、私たちの力を試しているのか! これは、白虎からの試練なのかもしれない」
「試練だと? ……いや、ありうるな」
「ボクがやっつけちゃったけどいいのかなぁ?」
私とシンクが深刻な顔をしていたものだから、メルティが困ったような顔を浮かべていた。
もし試練だとしたら、白虎は誰かを試していたことになる。トレントのときは私とサラしかいなかったから、おそらくサラが対象だと思う。ただ、サラは魔獣との戦いでは何もしていない。これでは試練にならないのではないか。
メルティが危惧するのもわからないでもない。ただ、白虎の意図がわからない以上は何が正解で何が間違いなのかは結局のところわからない。
「トラさんがどこかへ行っちゃうよ!」
サラが白虎を追い掛けるように駆け寄って行く。
「待ってくれ、サラ!」
私はサラの背中を追い掛ける。
青龍のときもそうだったが、サラはひとりで大きな決断をしてしまうことがある。もうサラを失うかもしれないなんて気持ちは味わいたくない。手の届かないところにひとりで行かないでほしい。
先を走るサラを追い掛けても縮まらない距離に、私の心がざわつくようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます